特集イノベーションプランナーの視点

経営学的思考にもとづく産学連携活動のヒントの探索
―地域での水産ICTプロジェクトを事例に―

愛媛大学 社会連携推進機構 准教授/国立研究開発法人科学技術振興機構 イノベーションプランナー 入野 和朗

写真:愛媛大学 社会連携推進機構 准教授/国立研究開発法人科学技術振興機構 イノベーションプランナー 入野 和朗

2023年2月15日

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産学連携従事者として思考し活動する中で、その役割の明確化やプロジェクト成功に少しでも結び付くような活動のヒントがないかと考えている。近年、数人の仲間と議論を進め、三つの経営学の理論が有効ではないかとの一定の仮説に至ったので、自身の活動事例を基に紹介する。

■略歴

愛媛大学大学院連合農学研究科博士課程(高知大学配属)を修了する際に、研究室の教授の紹介で、公益財団法人高知県産業振興センター内のRSP事業推進室(2005年4月)に、高知県内の産学連携プロジェクトの創出・育成の支援担当として着任した。その半年後、当時独立行政法人だった科学技術振興機構(現在は国立研究開発法人、略称JST)の地域事務所であるJSTサテライト高知(2005年10月)の立ち上げに合わせ転職した。四国内の研究シーズの発掘・育成支援が業務であった。

ファウンダーとしての間接的な支援でなく、大学の現場への転職を希望していた頃に、現職である愛媛大学社会連携推進機構の公募があり採用となった。以来、愛媛大学、愛媛県における産学連携プロジェクトの創出支援・運営支援などに携わってきた。2019年7月よりJSTとのクロスアポイントメント*1契約に基づき、イノベーションプランナーとしても務めている。

■産学連携業務とは

産学連携従事者(以下、産連人材)も、大学等では産学連携部門の専任教員、産学連携コーディネーターやリサーチ・アドミニストレーター(URA)、JSTではマッチングプランナーなど、多種多様な職が存在する。いずれも、大学等の研究成果を社会還元するための調整・支援業務に関わっている。現在実施されている共創の場形成支援プログラムや過去の文部科学省地域イノベーションエコシステム形成プログラム、地域イノベーション戦略支援プログラムなどの大型事業においては、特に産連人材が配置されており、研究者だけでは対応し切れないような、水面下での調整・支援業務を行っている。また、学内外において研究に新たな広がりを作るコネクター的な役割も果たしていることもある。

上記以外でも、産学連携プロジェクトは規模の大小にかかわらず、成否が存在する。プロジェクトの成否と産連人材の役割について、何か要因のヒントが得られないか、その要因の一つはヒトなのではないかと疑問を持った産学連携に係る者「西川洋行代表(元県立広島大学)、林里織副代表(山口大学)、荒木寛之上席研究官(文部科学省科学技術学術政策研究所)、入野」で、特定非営利活動法人産学連携学会の下で、「行動経済学・社会システム研究部会」を立ち上げ研究活動を行っている。まだ、仮説段階ではあるがその活動の一端を紹介したい。

■経営学との類似性

産学連携プロジェクトでは、規模にかかわらず、「結局は、ヒトだよね」といった、属人的な結論で終えられるケースが多々見られる。また、表には見えないが、現場から産連人材の存在・貢献が大きかったとの声も多く聞かれる。これらの役割や要因の解明に当たるには、定量的な分析だけでは難しく、定性的な分析も必要と考えられた。何か良いヒントはないかと筆者らが検討する中で、現在は『世界標準の経営理論**1』で紹介されている、イノベーションに係る三つの理論に着目して研究を進めている。

一つ目が、両利きの経営理論である。これは、企業の経営には「知の深化」と「知の探索」との両立が重要であるというものである。「知の深化」は専門分野の知を探求するものであり、一方「知の探索」は様々な知識を探し、つなぎ合わせるというものである。大学での産学連携活動に置き換えると、「知の深化」は研究者による研究活動として考えられた。一方で、「知の探索」は産連人材が担う異種間のマッチング、情報取集活動ではないかと考えられた。「イノベーションは新結合である」というシュンペーターの概念からも、探索者たる産連人材も研究者と同様に重要であると考えられる。

次がセンスメイキングである。入山**1によって「腹落ち(納得)の理論」として紹介されている。複数の人間が一つの共通目標について腹落ちすることで、困難に打ち勝つ能力が得られるというものである。

最後の一つがSECI(セキ)モデルである。これは、個人が持つ暗黙的な知識(暗黙知)は、「共同化」(Socialization)、「表出化」(Externalization)、「連結化」(Combination)、「内面化」(Internalization)という四つの変換プロセスを経ることで集団や組織の共有の知識(形式知)となる考え方で、知と知の衝突が重要であり、形式知と暗黙知の両方を衝突させることでイノベーションが起きるというものである。プロセスとしては、「共同化→表出化→連結化→内面化」の繰り返しであるとされている。以上のような観点から筆者らは検討している。

■事例分析

筆者が関わった水産業のICT化プロジェクトを立ち上げる際に、潮流の解析を専門とする海洋物理学者である武岡英隆・前愛媛大学南予水産研究センター長と、情報通信工学の専門家であり水産業分野に関心を持ち始めた小林真也教授を引き合わせた。全く異なる研究分野の二人が、「海水温データ」を基に、一方は愛媛県の宇和海での養殖業に影響を与える潮流という研究モデルのデータとして、もう一方は情報通信分野の研究素材というデジタルデータとして、それぞれの価値観が相互に認識されたことで、二つの研究・価値観が連結し腹落ちされる中、「総務省・平成28年度二次補正IoTサービス創出支援事業」の採択を受け、プロジェクトが立ち上がった(図1)。結果、多深度の海水温表示システム「You see U-Sea(akashio.jp)」という現在、宇和海の7割以上(推定値)の養殖業者が利用する、地域の水産業に不可欠なシステムが構築・公開された。当初、懐疑的であった関係機関も、地域の中核産業である養殖業振興の柱の一つになる認識が関係者間で腹落ちされ、協力運営体制が構築されている。筆者の地域での水産業振興を主とする産学連携活動が、異なる知の衝突と、地域のステークホルダーとの協力運営体制の構築につながったと考えている。今後、地域の事例分析を積み上げ、要因解析を進め、産学連携活動の一助になるヒントが得られればと考えており、各種学会活動を通じて、逐次、成果を報告していく所存である。

図1 総務省・平成28年度二次補正IoTサービス創出支援事業
*1:
クロスアポイントメントとは、研究者などが複数の大学や公的研究機関や民間企業の間で、それぞれと雇用契約を結び、業務を行うことを可能とする制度である。
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参考文献

**1:
入山章栄.2019. 世界標準の経営理論.ダイヤモンド社.
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