リポート
低アレルゲン小麦
株式会社メディカル工笑 森田 栄伸

小麦アレルギーの主要アレルゲンは、小麦グルテンタンパク質(蛋白質)中のω(オメガ)5-グリアジンであるとの研究成果に基づき、小麦アレルギーを抑制できるω5-グリアジン欠失小麦系統(しまね夢こむぎ*1)の実用化を目指している。
■小麦アレルギーとは
小麦は特殊な加工特性からパン、麺類、菓子類などに加工され摂食されてきた。小麦製品の摂食により蕁麻疹(じんましん)、血管性浮腫、腹痛、気分不良、ショックなど即時型アレルギー症状を来すことがあり、小麦アレルギーと呼ばれる。小麦アレルギーには、乳幼児期にアトピー性皮膚炎に合併して発症する即時型小麦アレルギー、学童期以降、特に成人に多く発症し、小麦製品摂食後に運動など二次的要因が加わって発症する小麦依存性運動誘発アナフィラキシーがある。乳幼児期に発症する即時型小麦アレルギーは小麦だけではなく卵、ミルク、ナッツ類など他の食物のアレルギーと合併することが多いが、アトピー性皮膚炎が改善し年齢が長じると改善する例が多い。また、小麦を用いた経口免疫療法などにより症状が緩和することも明らかにされている。一方、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーは経年的に持続し、またその根治的な治療法も開発されていない。
■主要小麦アレルゲンω5-グリアジンの同定とリコンビナントω5-グリアジンによる診断法の開発
小麦粉は87〜93%の澱粉(でんぷん)、7〜13%の蛋白質から成る。蛋白質の約85%はグルテンと呼ばれる水不溶性蛋白質で、残りの約15%はアルブミンやグロブリンと呼ばれる水溶性蛋白質である。グルテンはさらに、エタノール可溶性のグリアジンと希釈酸あるいは希釈アルカリに可溶性のグルテニンに分けられる。グリアジンはさらにα/β-、γ-、ω1,2-およびω5-グリアジンに区分され、グルテニンは高分子量および低分子量グルテニンに区分される。
小麦依存性運動誘発アナフィラキシー患者は、グルテンに結合するIgE抗体を保有していることから、筆者らは患者の血清を用いたIgE免疫ブロッティング法によりグルテン中のアレルゲンの解析を行い、患者の約80%がω5-グリアジンに、残りの約20%が高分子量グルテニンに最も強く感作されていることを明らかにした**1。さらにω5-グリアジンおよび高分子量グルテニンのcDNAを基にリコンビナント蛋白質を作製し、それを利用したアレルゲン特異的IgE検査を開発した。小麦依存性運動誘発アナフィラキシー患者における診断精度を検討した結果、ω5-グリアジン特異的IgE検査の診断感度は約80%、高分子量グルテニン特異的IgE検査を組み合わせると約95%の感度で患者を検出できることが明らかになった**2。これらの成果から、ω5-グリアジン特異的IgE検査は小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの診断に世界中で利用されるようになり、国内では2010年保険適用された。その後、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーはω5-グリアジンアレルギーとも呼ばれるようになった。
■食用ω5-グリアジン欠失小麦系統の開発
ω5-グリアジンアレルギーは、経過観察研究からいったん発症すると年余にわたって持続することが示されている**3。また、その根治療法も開発されていないため、重症度の高いω5-グリアジンアレルギー患者は小麦摂取禁止を余儀なくされる。前述のように小麦は種々の食品に加工されて摂取されているため、小麦製品の摂取制限は患者の食生活上のQOLを著しく低下させる。
筆者らは、ω5-グリアジンの遺伝子座が位置する1B染色体短腕が部分欠失した小麦系統1BS-18チャイニーズスプリングを見いだした**4。モルモット経口感作モデルを利用して1BS-18チャイニーズスプリンググルテンのアレルゲン性を市販小麦粉のグルテンと比較評価したところ、1BS-18チャイニーズスプリンググルテンは感作能が著しく低いことが判明した。このことから、ω5-グリアジン遺伝子座が欠失した小麦系統由来の小麦粉はω5-グリアジンへの感作を予防できると考え、1BS-18チャイニーズスプリングを流通小麦系統と交配し、ω5-グリアジン遺伝子座が欠失した食用小麦系統(1BS-18ホクシン、1BS-18ミナミノカオリ、1BS-18ハルユタカ、1BS-18はるきらり、1BS-18春よ恋)を開発した(写真1)。

(遠藤 隆京都大学名誉教授提供)
1BS-18食用小麦系統のグルテンは市販のグルテンと比較してラットにおいても感作能が低いこと、ラットのグルテン感作モデルにおいてアレルギー症状の誘発が見られないことを確認した**5。また、少人数の小麦依存性運動誘発アナフィラキシー患者を対象として、1BS-18食用小麦系統の小麦粉から作成したパンを3カ月継続摂取する臨床試験を行い、患者の多くはアレルギー症状がなく摂取可能であることが示された(未発表)。
■食用ω5-グリアジン欠失小麦系統の実用化

(松本正人メディカル工笑社長提供)
1BS-18食用小麦系統は島根大学から「しまね夢こむぎ」として商標登録し、株式会社メディカル工笑(島根県益田市)で、1BS-18食用小麦系統による小麦製品の実用化を試みている。島根県西部地区の耕作放棄地となった棚田を活用して1BS-18ホクシン、1BS-18ミナミノカオリ、1BS-18ハルユタカ、1BS-18はるきらり、1BS-18春よ恋の種子の維持と栽培を手掛けている(写真2)。また、READYFOR株式会社が運営するクラウドファンディング(棚田百選の地を復活させたい!しまね発の低アレルゲン化小麦栽培:しまね夢こむぎ®プロジェクト、寄付総額10,081千円)の資金を基に、しまね夢こむぎ®専用の小麦製粉プラントを島根県益田市に設置した(写真3)。委託栽培により栽培面積を拡大し、有機栽培した1BS-18食用小麦を全粒粉小麦粉に製粉し、低アレルゲン小麦粉として商品化を目指している。

- *1:
- しまね夢こむぎ:小麦1B染色体短腕に位置するω5-グリアジンの遺伝子座Gli-B1が欠失した1BS-18小麦系統の登録商標
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参考文献
- **1:
- Matsuo H, et al. Specific IgE determination to epitope peptides of omega-5 gliadin and high molecular weight glutenin subunit is a useful tool for diagnosis of wheat-dependent exercise-induced anaphylaxis. J Immunol. 2005; 175: 8116.
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- **2:
- Morita E, et al. Food-dependent exercise-induced anaphylaxis-Importance of omega-5 gliadin and HMW-glutenin as causative antigens for wheat-dependent exercise-induced anaphylaxis- Allergol Int. 2009; 58: 493.
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- **3:
- Hamada Y, et al. Long-term dynamics of omega-5 gliadin-specific IgE levels in patients with adult-onset wheat allergy. J Allergy Clin Immunol Pract. 2020; 8: 1149.
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- **4:
- Kohno K, et al. Characterization of a hypoallergenic wheat line lacking ω-5 gliadin. Allergol Int. 2016; 65: 400.
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- **5:
- Yamada Y, et al. Evaluation of the allergenicity of ω5-gliadin-deficient Hokushin wheat (1BS-18) in a wheat allergy rat model. Biochem Biophys Rep. 2019 Nov 1;20: 100702.
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