リポート

ブルーカーボンを支えるクローバーウニ陸上養殖の事業化に向けて

宮城大学 研究推進・地域未来共創センター 庄子 真樹

写真:宮城大学 研究推進・地域未来共創センター 庄子 真樹

2023年1月15日

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ブルーカーボンである「藻場(もば)」においてウニなどの食害により「磯焼け」が生じており、その解決に向けてウニを駆除するのみならず、陸上養殖することで国内外の食需要を満たす新しいビジネスモデルの構築が期待されている。宮城大学では、必要な技術開発を行い、幸せを呼ぶ「クローバーウニ」の社会実装を目指しており、その取り組みを紹介する。

■磯焼けの現状と課題

海面下の藻場には多くの種類の海藻が生育し、水生生物にとって豊かな環境を作るとともに、海洋に溶存する炭酸ガスを吸収し堆積することで固定化するブルーカーボンの役割がある。ところが、海洋環境の変化に伴い藻場が減少している。水産庁の報告では、高度成長に伴う沿岸開発により、例えば瀬戸内海では1960年に2万ha以上のアマモ場があったが、30年後の1990年には5千haとなり面積が3割に減少した**1

藻場が減少する原因には、浅場の埋立や農薬など化学物質の影響が挙げられるが、近年、問題となっているのが、地球温暖化により海洋環境が変化したことによる、アイゴやウニなどの植食性動物の摂食圧が高まることで少なくなった海藻が食べつくされ生えにくい状況となっている。この対策のため、宮城県においては2020年に「宮城県藻場ビジョン」を策定した**2。宮城県にはリアス海岸である三陸海岸があり、親潮と黒潮が交わる豊かな漁場である。宮城県藻場ビジョンの調査によると、聞き取りでは1995年に約5千haあった藻場が、2015年の衛星画像では2千haに減少し、さらに2019年では1.1千haまで減少している。なお、2011年に発生した東日本大震災によりアマモ場の大規模な消失があり、その後、アマモ場は回復しているものの、海藻全体としては減少している状況である。宮城県における磯焼けの原因であるウニの食害については、気候変動に伴い親潮が南下せず宮城県からの離岸頻度が高くなったことにより海水温が上昇し、キタムラサキウニが増えるとともに活動範囲が広くなったことが考えられる。また、最近ではアイゴのような暖水性魚種の増加も確認されている**3

ウニの食害による磯焼けは、北海道から沖縄まで全国各地で発生しており、共通する背景にはウニの高密度生息がある。この対策のために、ウニを駆除することが挙げられるが、ウニを駆除するのみでは生産性が低いことからウニを捕獲して養殖する動きがあり、株式会社北三陸ファクトリー(岩手県九戸郡)の「洋野ウニ牧場」のように浅瀬で養殖する事業のほか、ウニノミクス株式会社(東京都江東区)による陸上養殖施設事業や、海藻の代替飼料として、神奈川県ではキャベツを、愛媛県ではミカンを、九州大学ではタケノコを給餌する事例がある。

宮城大学食産業学群の西川正純教授と片山亜優准教授は、海洋生物の養殖飼料に陸上の植物が活用できないか模索し、九州大学農学研究院の栗田准教授との共同研究においてマメ科植物であるクローバーが海洋生物にとって嗜好性(しこうせい)が高い飼料であることを発見した。クローバーはウニにとっても良好な飼料であり、実際に給餌したウニの成長は優れており、養殖に適した飼料であることを認めた。さらに、ウニの可食部の栄養成分を調べたところ、クローバー由来とされるα-リノレン酸が天然ウニに比べ多く含まれていることが分かった。その他、外観の色調は天然のウニに遜色ないことが分かり、マメ科植物を飼料とするウニの飼育または養殖方法として特許を出願した**4。また、四葉のクローバーには「幸運をもたらす」とのイメージが有ることから、幸せを呼ぶ「クローバーウニ」として商標登録を行った**5

■国内外の需要を満たしブルーカーボンにつながるウニの陸上養殖事業

わが国では古来より魚食文化があり、刺し身やすしなど生鮮水産品の消費が多く、マグロ、カニ、ウニなどの高級水産物の需要がある。マグロやカニは冷凍品で賄えることから1年を通じて価格を含め安定供給されているが、ウニは冷凍に不向きであることから板ウニやガゼウニなどの生鮮品が主流となっている。国産の生鮮ウニは漁期が限られており5月から9月が旬となっており、端境期となる10月から3月は輸入品に頼らざるを得ない状況である。そこで、国産ウニを周年で生産・供給できれば、国内需要のみならず海外需要も満たす新しいビジネスモデルとしての展開が期待できると考え、磯焼けを回復するために駆除したウニを陸上で養殖し、マメ科植物、特にクローバーを飼料とすることで、藻場の回復、すなわちブルーカーボンにつながることから事業化を目指した研究開発を行うこととした。

■事業化の課題と対応

陸上で養殖する畜養ウニの事業化に求められることとして、①畜養ウニの食味が天然品と同等であること、②畜養生産のためのウニの入手が容易であること、③飼料が安価で安定的に入手できること、そして④生産コストが天然品と同等であることがある。また、ウニを活ウニとして扱うガゼウニの場合、輸送時の振動などによりダメージを受け脱落する個体も多く、特に海外輸出を考慮した場合の対策が必要である。

事業化の前提である①については、クローバーを給餌した畜養ウニの食味や外観は天然品に比べ遜色ないことを確認している。②に関して、ウニの確保は、自治体や漁協と連携し地元のダイバーの協力を得て行っている。将来的には漁業者がウニを収穫し、養殖事業者へ販売することで漁業者の収益確保につながる仕組みとなれば望ましいと考える。③に関して、クローバーは、牧草地や有休農地などで栽培可能であり、クローバー飼料を周年、全国で利用できるようにするため、クローバー飼料の固形化技術を開発し、西日本に生息するアカウニ、ムラサキウニ、ガンガゼの畜養に本技術を応用展開するところである。最終的に④が非常に重要となるが、陸上養殖において適した水質環境であれば2カ月で十分に成長することが分かっており、ろ過装置による海水の循環利用と温度や酸素濃度などのリアルタイムモニタリングにより水質環境を安定化させ、出荷率と歩留り率(身入り)を向上させることで生産コストの低減を図っている。出荷期間を迎えたクローバーウニは、近赤外線を活用した非破壊検査システムにより身入りを保証後、専用の搬送容器を用いて搬送する。ウニ搬送容器は、容器内側に生きているウニを付着させる部材を備えたものであり、このウニ搬送容器に、生きているウニと海水または食塩水を入れ、付着部材に生きているウニを付着させて搬送するものである**6。このウニ搬送容器を用いることで、生きたまま簡単に搬送でき、搬送したウニの質保証による収益の安定化が図れる。また、近年、どの業界においても人材不足があり、ウニの取扱業界においてもウニの殻を剥(は)ぐ、「剥き子(むきこ)」が不足していることから、ウニの口器を除去し、腑を取り除き、画像解析で身に傷を付けずに殻を2分割するロボットを開発している**7

海水循環利用によるウニ陸上養殖設備
クローバーを摂餌したウニ
ロボットで殻剥きしたクローバーウニ

■今後の展開

現在は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業大学発新産業創出プログラム(START)大学・エコシステム推進型スタートアップ・エコシステム形成支援事業で採択された「みちのくアカデミア発スタートアップ共創プラットフォーム」のみちのくGAPファンドにて、事業化に向けて研究代表者である西川教授が外部のメンターや宮城大学研究推進・地域未来共創センターのハンズオン支援を受けて研究開発に取り組んでいるところである。

本GAPファンドにて上記の技術を確立することで、全国の磯焼けウニをクローバー固形飼料で畜養し、出荷時に非破壊検査で身入りなどの品質を保証し、専用容器を用いて生きたまま搬送し、そして現地ではウニ殻剥きロボットで容易に剥き身加工する一連の流れが可能となる。本システムは、これまでの常識を覆す画期的なものであり、新しいビジネスモデルに成り得ると考えている。宮城県や地域の自治体とも連携を進めており、事業化においては企業への技術移転のほか大学発ベンチャーも含めて検討している。

参考文献

**1:
水産庁HP(藻場の働きと現状:水産庁)より「藻場の働きと現状」
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**2:
宮城県HP 宮城県藻場ビジョン
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**3:
宮城県水産研報「宮城県におけるアイゴの来遊について」,三浦瑠奈,増田義男,宮城水産研究報告,22,2022
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**4:
特開2020-156418「ウニの飼育または養殖方法、ウニ用飼料および飼育または養殖されたウニ」
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**5:
登録6479814 「クローバーウニ」
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**6:
特開2022-145346「ウニ搬送容器およびウニの搬送方法」
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**7:
特開2022-029654「ウニ加工装置及びウニ加工品の製造方法」
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