リポート

おおいた産学金連携コーディネーター認定制度

大分大学 経済学部 社会イノベーション学科 教授 渡邊 博子

写真:大分大学 経済学部 社会イノベーション学科 教授 渡邊 博子

2023年1月15日

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「おおいた産学金連携コーディネーター」に認定するための実践研修が行われた。大分県の中で産学金が連携をして、地域の企業に寄り添い、一緒に問題解決を行う金融機関職員を育成していこうという試みである。ひいては地域の活性化にもつながる。山形大学大学院の小野浩幸教授が長年行っている研修方式(以下、「山形モデル」)をお手本とした。この認定制度に対する取り組みについての状況を紹介するとともに、成果と見えてきた課題をまとめてみた。

■認定制度取り組みのきっかけと「山形モデル」

地場の中小企業が抱える課題を解決するため、地域金融機関に期待される役割は大きくなっている。預金や貸付けといった従来業務のみならず、金融機関ごとに様々に工夫された手法が企業の戦略として実行されていたが、同時に他機関との連携の可能性も模索されていた。

大分県での認定制度取り組みの発端は、2019年の秋にさかのぼる。大分市に本店を置く第二地方銀行の株式会社豊和銀行の権藤淳頭取が、「山形モデル」に共鳴し、大分県でも取り入れられないか、金融機関の垣根を越えた金融人材の強化とともに地方経済の底上げができないかとの思いで、関係機関(大分県、九州財務局大分財務事務所、大分県産業創造機構、大分県保証協会、各地域金融機関、大分大学など)に広く声を掛け始めた。

「山形モデル」**1は、2007年以来、山形大学が事務局機能を果たし、同地域に本支店を置くほぼ全ての金融機関が参加し、地域企業の経営革新支援に取り組んでいる活動の仕組みである。「プラットフォーム」という緩やかな連携体を形成し、互いの学びと実践の「場」の提供を目指してきた。①金融機関が行う企業支援活動をシステムとしてのサポート(大学にある技術と結び付いた新しい製品開発や課題解決による生産性革新、事業承継支援やメニュー開発の手伝いなど)、②金融機関職員を対象とした人材育成研修(企業に赴き、経営者の理念を聞き取り、工場のラインを実際に視察して課題分析と改革提案を作成する)の二つの活動があり、これに産学金連携コーディネーター認定制度を組み合わせたシステムのことである。

特に産学金連携コーディネーターは、山形大学が主催する4日間の事業性評価研修の受講と、受講後1カ月間の実践を基にしたレポートの提出を経て、一定の条件を満たした者に対して称号を認定するが、1年更新制を採用している。また、こうした基本となる研修のほかに、既認定者を対象としたスキルアップ研修も実施している。そして、一定条件を満たせば、「産学金連携シニアコーディネーター」の称号も与えられる。

■認定制度確立に向けての事前準備

手始めに2020年3月に、おおいたスタートアップセンターで小野教授を招いての勉強会が開催された。

その後も豊和銀行を中心に、各金融機関へのアプローチが続き、2021年9月には、第1回大分県産学金連携コーディネーター育成実践研修の意見交換会が開催された。大分県信用保証協会ほか、県内の幾つかの金融機関から集まり、今回の基本コンセプトや目指すゴールのイメージ、研修をするための準備や研修内容、かかる費用などについて説明され、それらを踏まえて意見が出された。全般的に前向きな意見が出たが、機関内外で数多く開催されている研修との違いや本研修の特徴や優位性、費用対効果などについての指摘があった。ここでの内容を整理した上で、あらためて各機関には参加の意向を聞くことになった。

並行して、研修内容の準備も進められた。特に対象となる協力企業は大事で、今回はニシジマ精機株式会社に依頼した。製鉄関連機械の部品加工・組立を主力に、一般産業機械、半導体装置部品、船舶部品の製作を行い、西嶋真由企社長の下で攻めの戦略に徹している優良な企業である。地球低軌道環境観測衛星「てんこう」の開発にも参画した。佐伯市に本社を置き、大分市の下郡工業団地のほかに、2021年からは大分市の流通業務団地にも空調設備を完備した工場を設置している。豊和銀行の権藤頭取他関係者で事前に同社を訪問、趣旨や研修の狙いなどを説明、その後も綿密な打ち合せが何度か続いた。

準備期間を経て、推進母体としての「おおいた産学金連携コーディネーター研修実行委員会」が出来上がり、事務局は、豊和銀行(ソリューション支援部、人事部)とさくらインキュベートデザイン研究所、初回の研修に参加意向を示した大分県信用保証協会が担うことになった。

■実践研修の具体的内容

当初の計画では、「山形モデル」に沿って、研修の開始から認定までを2021年度内で終える予定であった。しかし、コロナ禍の影響で、今回の実施状況は以下の通りとなった。研修には、受講生として豊和銀行の7人および大分県信用保証協会の3人が参加し、各5人ずつの混成チームが2組作られた。山形大学大学院の小野教授らが指導され、5日間の研修(大分県内)と地区研修交流会(山形県)で実施された。

ニシジマ精機での熱心な聞き取り

初回の研修は、2022年1月6日にJ:COMホルトホール大分サテライトキャンパスで行われた。オリエンテーションと小野教授による講義(「地域金融機関にとっての目利きの意義と研修目的」「顧客とのコミュニケーション」)や演習(企業調査準備やグループワークなど)が行われ、次回に向けての課題が出された。

第2~3回は、本来であれば、同月に開催される予定であったが、4カ月後の5月10日および11日に実施された。佐伯市のホテル金水苑での宿泊研修となった。1日目は今回の協力企業であるニシジマ精機の佐伯本社と大分工場をそれぞれ見学した上で、小野教授による講義(商流の把握、業務フローや組織レイアウトの可視化、4C分析やSWOT分析など)と演習(企業分析や協力企業についてのグループワーク)などが行われた。翌日は、演習(グループワークによる企業分析、それにもとづく課題と提案)と講義(提案のエビデンスや具体性、投資対効果、ビジネスモデルなど)を踏まえてプレゼンテーションが行われた。

第4~5回は、1カ月後の6月7日および8日に大分大学経済学部内にて実施された。小野教授による講義(これまでの振り返りと、経営戦略の基礎知識など)と演習(自社事業仕分け、知的資産や市場などからのグループワーク)、ニシジマ精機の西嶋社長との質疑応答などを経て、いよいよ最終日には、グループからの協力企業への提案(プレゼンテーション)が行われた。

最終プレゼンテーションには、ニシジマ精機社長、大分財務事務所長、豊和銀行頭取、大分県信用保証協会長および常務理事、日本政策金融公庫大分支店長などが参加した。2グループは緊張の中で、ニシジマ精機の製造現場を見学したことから感じ取った課題やその解決策を「金属以外の素材加工として炭素繊維強化プラスチック部品の切削加工への進出」、「航空機用タービンブレード部品への進出と脱炭素型経営、組織力の強化」とそれぞれ具体的に提案した。参加者との質疑応答とともに、西嶋社長からのコメント、小野教授からのまとめの後、2組に対する最優秀賞および優秀賞の結果発表があった。

研修終了後、1カ月以内に修了論文を事務局に提出し、認定レベルに達したと判断された研修生に「おおいた産学金連携コーディネーター」の認定証が授与された。その後、「地区研修交流会」が山形市で開催され、山形県、青森県、東京都、大分県の各地区から6組が発表した。大分県からは最優秀賞組が参加し、各地区の代表と交流ができたとのことである。

緊張の最終プレゼンテーション

■成果と見えてきた課題

事務局では、研修生たちにアンケート調査を実施した。研修生全員が多くの成果を得られたこと、この研修を継続していくことで関連企業にも所属金融機関にも良い影響が与えられると思っていることが挙げられていた。また研修内容については、多くの研修生が、現場視察から企業の課題を考え提案を行うことは日頃経験していないことであり、一方で、企業評価や事業性評価には財務諸表では読み取れない、経営トップの思いや現場力、企業特性や歴史などを深く掘り下げていくことが重要だと再認識したとのことである。

さらに、今回の同業他社とのチーム活動は、大いに刺激となり今後のモチベーション向上につながった、チームに貢献し真摯な取り組みができたと認識していたものの、自分で必要と思うレベルにまで達したかどうかについては、相対的に低い評価を付け、また、他者への明確かつ適切な説明の仕方とともに、こうした研修が実践レベルに直結させる方法などについては今後の課題であることが分かった。

一連の研修を終えて、事務局では大きな手応えを感じていた。また、引き続き参加金融機関を増やすことが今後の研修を充実させるには必要なことであり、高度に分業化が進んでいる金融機関職員の仕事の仕方として、一から最後まで自力で作り上げていく手法をどう取り込んでいくか、現場の経験や人とリアルに接触することから得られる機微やアナログ情報の大切さをいかに伝えるか、地域金融機関の職員は概して優秀でポテンシャルが高いのでこうした体験をすることで大いに飛躍するであろうことなどが報告された。

以上に加え、今回は「おおいた産学金連携コーディネーター研修実行委員会」の名の下に修了証書を発行したが、認定そのものについては「山形モデル」内での決定となった。「山形モデル」を大分県に移植し、研修ノウハウの取得と応用を目指し、大分県版の産学金連携コーディネーター認定制度をいかに構築していくか、認定制度の質をどのように保証していくか、今後の展開を含め早急な検討が必要となってくる。

振り返れば、筆者も参加した第1回の講義の冒頭、テレビドラマ化された池井戸潤原作の「陸王」の一部が小野教授から紹介された。そこには寄り添い、伴走する地域金融職員の理想型が描かれていた。目標設定が具体的で、それ以降の研修では企業トップとの真剣勝負の下、研修者たちは気付き、学び、変容し、仲間意識が芽生え、同業他社の垣根を越えたつながりが形成されていった。今後、コーディネーターとして各機関に戻り、周りを巻き込みながら組織は進化し、共通価値を創造し、その結果が地域経済の活性化につながっていくこと、そして研修者自身はさらに立派な目利きとなっていくことが目標である。

参考文献

**1:
小野浩幸「山形大学『産学金連携プラットフォーム』の挑戦~金融機関職員の企業支援活動を地域全体でサポート~」(『金融財政事情』2020.3.2)
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