リポート

体育館をリノベーション
おしゃれなコワーキングスペースが大人気に

2023年1月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

九州工業大学の産学官の共創拠点「GYMLABO(ジムラボ)」がオープンから2カ月で利用者1万人を突破しにぎわいを見せている。

■旧体育館をおしゃれにリノベーション

九州工業大学戸畑キャンパス(福岡県北九州市)のGYMLABOは、グローバルな人材やアイデア、シーズなどを有機的に結び付ける交わりの形成拠点として2022年5月にオープン。大学創立110周年記念事業として、2019年から計画を進め、長年親しまれてきた旧体育館をおしゃれにリノベーションしてできたコワーキングスペースだ。

旧体育館入り口

コワーキングスペースは12~13年ほど前から徐々に増え始め、シェアオフィスやレンタルオフィスとは異なり、異業種の人たちとコミュニケーションを図れるオープンスペースが最大の特徴で、仕事のインフラがそろっていながらも低コストで仕事場を確保できることもあり、個人事業者や起業家に加え、コロナ下で在宅勤務が認められた会社員の利用も増え、働く場所に縛りがない人のワークスタイルとして定着しつつある。

近年は、地域や企業などとの連携、起業を取り入れるなど広義の社会連携施策が広がり、キャンパス内施設の有効活用を図るためにもコワーキングスペースを開放する大学も増えてきた。

都心の大学が高層ビル化する一方で地方の大学は、木々や芝生が整備され広大なキャンパスが開放され散策する市民の姿が見られる公園のような役割も担っている。特に国立大学はキャンパスが魅力の一つといえる。

九工大の戸畑キャンパスも恵まれた広大なキャンパスで、GYMLABOは、元体育館だっただけのこともあり天井が高く、余裕たっぷりのレイアウトも魅力的で、その特徴的な構造を最大限に生かした。歴史的な施設や研究棟、従来のお堅い国立大学からは想像できないほど洗練された構造に驚かされる。

■非会員でも1日500円 驚くほどの安さ

中央に配置したコワーキングエリア(会員無料、非会員1日500円)は、イスやテーブルを自由に動かせてフレキシブルな交流が期待でき、この施設の要となっている。通常時は60人まで利用でき、イベント開催時には最大で200人まで収容できる。都心では有り得ないほどの料金設定にも驚く。

会議室(会員1時間500円、非会員1,000円)は、1部屋6~8人の利用が可能で、完全個室の会議室を6部屋用意した。

セミナールーム(会員1時間750円~、非会員1,500円~)は、30~50人収容可能な部屋を2部屋備え、スクール形式にもワークショップ形式にも対応させた。そして全部屋には、大型ディスプレイが完備して利便性を高めた。

シェアオフィスは、1部屋6人用で3部屋を用意。新商品や新ビジネス開発、販路開拓、ベンチャー創業、九工大との共同研究など様々な活用が期待できる。月額の賃料は、九州工業大学産学官連携推進会の「KyuTechコラボ」への入会(年間5万円から)を条件に、15万円と少し高めだが1人当たりの賃料がおよそ2万6000円と考えるとリーズナブルな価格と言えそう。抜群のロケーションからかメディカルネットサービス・スポーツ株式会社(北九州市)、ユニコネクト株式会社(東京都渋谷区)、株式会社マリスcreative design(同中央区)が入居し現在は満室となっている。

リノベーション後のGYMLABO

このほか旧体育館ならではの観客席跡や2階のギャラリー、キャットウォーク跡には、1人用の個室「テレキューブ」やフリースペースも数多く用意され体育館の良さが上手に活用されて目を引く。もちろん高速ワイファイも完備され、細部に利用者目線での拘り(こだわり)が感じられパソコン1台あれば気軽に立ち寄れるのがうれしい。

■工大生がピアノの世界三大メーカーベーゼンドルファーを奏でる日常

国立大学は1949年(昭和24年)の国立学校設置法に基づき、かつては文部科学省に置かれる機関だった。そのため歴史的建造物などが数多く残る。九工大には開学50周年に寄贈されたBösendorfer(ベーゼンドルファー)社製のピアノがあるが老朽化し使われることがなかった。そこで旧体育館のリノベーションを機に、ピアノ再生プロジェクト「復刻ノオト」で高級名器を復活。ベーゼンドルファーは、ウィーンのピアノメーカーでC. Bechstein(ベヒシュタイン)、Steinway & Sons(スタインウェイ・アンド・サンズ)と並ぶ世界三大メーカーで、どこでも修繕できるものではなく、静岡県浜松市で大規模な修繕を敢行した。休憩時間には、音大でもない工大で、希少なベーゼンドルファーを奏でる工大生の姿が日常となりつつある。

2022年7月にはこのピアノを一般開放し、ストリートピアノとして誰でも自由に音楽を楽しむことができるイベント「ピアノDay」も開催。今回は九工大図書館とコラボレーションして、GYMLABOに音楽やピアノに関連する書籍を集めた出張図書館も開館しコーヒーも振る舞われ企画性も広がった。以後、ほぼ毎月機転の利いたイベントを開催し敷居が高いイメージになりがちな施設に花を添えている。

■学部学科を超え他大学の学生も利用

東京都心の総合大学では、満遍なく全国から学生が集まり、近年は国際色も豊かだ。学生同士のコミュニケーションは、部活やサークル、他大学のサークル、研究会、ゼミなどに能動的に参加する必要がある。アルバイトでも他大学の学生と交流を深めることが可能だ。大学では学食や生協、たまに行く図書館が人と会う場所だった。ましてビジネス視点で交流する場などほとんどない。

中央には広々としたコワーキングエリアが

都心の大学に通う学生たちには、「もし今やりたいことが見つからなければ、大学に行く最低限のメリットは、就職(就労)機会を広げることと、地域、文化、考え方などいろんな背景の違う人たちと知り合うだけでも今後の人生にメリットになる」と助言したことがある。そして都心の大学に在学中のZ世代の学生らは、スマートフォンが手放せず、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やオンラインゲーム、オンライン配信、動画視聴に加え、コロナ下世代でもあることからほとんど通学できていない。リアルコミュニケーションは、以前に比べれば限定的でスマホが拍車をかけているようだ。自宅から通学していれば、旧知の地元の友人と付き合う方が楽だから、新しい出会いは広がらず「井の中の蛙」状態と感じる。

大学の様々な拠点、特に九工大のようなコワーキングスペースは、コミュニケーションを広げる上でコアとなる試みで、自身の学生時代と比較しても羨ましいことこの上ない。

最近のGYMLABOは、学部学科を超えた交わりの形成が促され、さらに他大学の学生も利用できるようにするとのことだが、交わりの形成拠点GYMLABOから「G」世代が生まれたら、手本の一つとなりそうだ。

(本誌編集長/大妻女子大学 地域連携・地域貢献プロジェクト専門委員 山口 泰博)