特集立ち向かう国研ベンチャー

海洋数値モデルでデータ漁業の実現を目指すJAMSTECベンチャー

株式会社オーシャンアイズ 取締役 笠原 秀一
株式会社オーシャンアイズ 代表取締役 田中 裕介

写真:株式会社オーシャンアイズ 取締役 笠原 秀一 写真:株式会社オーシャンアイズ 代表取締役 田中 裕

2023年1月15日

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株式会社オーシャンアイズ(京都市)は、世界でも数少ない海洋数値モデルを自社で開発運用するディープテックベンチャーである。国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)と京都大学が10年間にわたって研究してきた海況および漁場予測の技術を社会に還元することを目指し、5人の研究者によって2019年に設立された。設立以降、東京都をはじめとする政府・自治体や企業、漁業者といった水産海洋分野の顧客のニーズに応える技術やサービスを提供している。海外展開も視野に入れており、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)の支援を受けて、インドネシアやフィリピンなど東南アジア諸国を中心に、商品・サービスの開発をスタートさせる前に行うPOC検証(Proof of Concept:概念実証)やサービスの現地化を進めている。

■オーシャンアイズ設立の経緯

オーシャンアイズのコア技術の研究開発は、会社設立の10年にさかのぼる。2010年に開始された文部科学省の気候変動適応研究推進プログラム(RECCA)において、JAMSTECを中心とした研究チームが実施した、海況予測データと漁獲量の実績データを用いた漁場予測技術によって、漁業の効率化を図るための研究開発の開始が会社設立の先駆けとなった。RECCAでは、中央北太平洋や三陸沖で操業するアカイカ漁を対象とした漁場予測に関する研究と同時に、予測結果の可視化、漁業者への配信システムの開発も行い、研究開発結果の効果を検証し、漁業者からも一定の評価を得られた。研究プロジェクト終了後は、京都大学の画像解析の研究者が中心となり、RECCAの成果をベースに、さらに機械学習の導入を目指した研究課題を立案した。2016年に、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が実施する戦略的創造研究推進事業(CREST)の人工知能領域において「サステイナブル漁業に向けたデータ指向型リアルタイム解析基盤の開発」が採択された。CRESTでは、RECCAにも参画していた水産研究・教育機構や気象研究所など公的な研究機関に加えて、民間企業も参加することで幅広い研究を行った。本研究プロジェクトでは、沿岸域での海洋数値モデル・データ同化技術の開発に加えて、衛星観測の解析・データ欠損域の復元や、海況パターンからの漁場予測など、オーシャンアイズのコア技術が含まれていた。

CRESTの人工知能領域の研究総括であった大阪大学の栄藤稔教授(当時)は、技術の社会実装を通じたイノベーション創発に熱心で、イノベーションを生むためには、技術は研究開発だけでは完結せず、社会で実際に使われ始めることを極めて重要視していた。こうした環境もあり、人工知能研究領域からは高度技術を基盤とするディープテックベンチャーが複数巣立っていた。サステイナブル漁業チームにおいても、カツオ漁場予測の高精度化の実績ができたことから、2018年ごろに海面漁業者を主要ユーザーと想定して、本格的な事業化の検討を始めた。

当初は、水産・商社といった既存企業に対して、ライセンス契約に基づき研究成果を提供して新規事業を立ち上げるビジネスモデルを考えていた。しかし、さまざまな魚種の不漁の報道により、天然の水産資源の減少に対する関心が高まり、同時に陸上養殖や養殖への人工知能の適応などの事例が注目を集めるようになった時期で、天然資源を獲る海面漁業を対象とした研究成果に興味を寄せる企業とは出会えなかった。一方で、日本国内の水産関連事業の従事者の大部分を占める沿岸漁業を対象とした研究成果は、漁業振興を目指す自治体を中心にニーズが存在することも分かってきた。また、海洋に関する専門的な知見は、漁業分野に限らず海洋に関わる企業や政府自治体に一定程度の需要があり、起業した場合にある程度の収益が見込めることも分かった。

研究参画機関のうち、JAMSTECではベンチャー認定制度、認定ベンチャー向けの設備・データ利用の優遇や支援措置が整備されており、労務管理面での起業支援制度を整えている最中であった。京都大学では、設立前からアーリーステージまで連続的な資金支援を行う制度があるため、設立後数年は少なくとも継続できる経営計画を立てることができた。こうした市場分析と制度の調査結果を踏まえ、2019年4月1日、サステイナブル漁業チームに参画していたJAMSTECと京都大学(当時)の研究者・技術者5人の出資によって株式会社オーシャンアイズは創業された。

■オーシャンアイズの取り組み

オーシャンアイズのコア技術は、海洋数値モデル・データ同化による海況予測技術と漁場予測をはじめとした海況データへの人工知能適用技術である。これらのコア技術を基に、サブスクリプション型の情報サービスと顧客ニーズに合わせた受託開発を展開している。

①サブスクリプション型サービス

海面漁業では、魚が獲れる海域(漁場)の探索に多大な時間・費用がかかっている。漁場の探索は、人工衛星による海面水温の観測結果など、限られた情報から漁業者の勘と経験により決定されている。多くの漁業者が従事する沿岸漁業では、観測機器の制約から漁場の探索に十分な時間・空間的な解像度を持ったデータが提供されていなかった。

オーシャンアイズでは、独自に開発した海洋数値モデルによって、日本周辺の約1.6kmの解像度での海況(水温、塩分、海流)について、毎日1週間程度先までの予測情報を提供している。また毎時取得される気象衛星ひまわりによる海面水温の観測結果から、雲によってデータが欠損した海域の水温を、人工知能を使って推定する技術がある。これらのデータによって漁場探索に必要な情報を提供し、操業の効率化を実現するサービスとして、海況情報のパッケージサービス「漁場ナビ」を提供している(図1)。

図1 海況情報のパッケージサービス「漁場ナビ」
②顧客ニーズに合わせた受託開発

研究成果の事業化の経緯でも述べたように、漁業振興のための自治体からの情報発信に関連して、オーシャンアイズが提供する海況予測データへのニーズは高い。漁業にも、海域の特性や水産に関わる市場の特徴によって操業方式に地域差があるため、各自治体によって重点を置く魚種・漁法が異なる。このようなニーズを満たすために、カスタマイズした海況情報を作成・配信するシステムを開発するサービス SEAoMEを提供しており、東京都をはじめとした具体的な展開が出てきている。

また海洋、あるいは海洋への人工知能の適用に関する専門的知見を持っていることで、高度なデータ解析を必要とする企業や研究機関に対するコンサルティングも行っている。海洋技術に関連する公的研究機関が少なく、民間企業として比較的コンタクトが容易なことも重要な観点だと考えられる。

■オーシャンアイズの今後と課題

オーシャンアイズのコア技術の一つである人工知能による漁場予測には、漁獲データ(漁船が「いつどこで何をどれだけ獲ったか」)という機微なデータが必須である。研究プロジェクトの原資は公的なものであるため、研究開発段階では国内の漁業活動を対象としていた。一方で、遠洋漁業といった大規模漁業は、ヨーロッパや東南アジアを中心に展開されており、海外のポテンシャルの大きな市場への展開は、創業当初からの課題であった。現在は、国内での販売・開発と並行して、東南アジア向けの販路開拓も進めている。JETROの支援などを活用しながら、主にインドネシアとフィリピンで実証実験やサービスの現地化を進めている。

また、より多くの漁獲データを収集するためのユーザーとの連携強化機能も開発を進めている。漁獲データに加えて、海況予測の高精度化に重要な海洋環境の実測データは、特に沿岸域において圧倒的に不足しており、漁船のIoTセンサー化が不可欠である。現在、九州大学を中心とした産学官のコンソーシアムへの参加などをはじめとして、より多くのデータの収集体制の構築を進めている。

海洋と人工知能に関する最新の研究成果の漁業への実装を目的に設立されたオーシャンアイズであるが、創業後は海洋に関係するさまざまな産業界との接点が増えている。海運、洋上風力発電、海洋安全保障、ブルーカーボンなど、海に囲まれた日本ではさまざまな海洋での活動が営まれており、オーシャンアイズのコア技術である海況予測は、天気予報と同等の基幹的な情報としての重要性を持つ。現在、情報収集やPoCなどを通して新たなサービスの創出に取り組んでいる。

経営的には、専門的知見を持った人材の確保が課題となっている。海況予測情報を作り出す海況数値モデルに精通した研究者・技術者は少なく、またその情報をサービス化する海洋に対する知見を持った技術者も少ない。事業の拡大・多角化に対応できる人材確保に関しては、アカデミアとのより緊密な連携が必要であると考える。

オーシャンアイズは国立研究開発法人や大学での研究職との兼業メンバーも多く、最新の研究成果の社会実装をスピーディに進めることができる強みを持つ。一方で、研究成果の適切な取り扱いには課題が多いのが実感である。社会実装の典型例は、特許権のライセンシングであるが、オーシャンアイズのコア技術は研究活動の中で得られたノウハウやデータが中心である。JAMSTECではCRESTの中で、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)の支援の下で、知的財産プロデューサーの派遣を受け、知財の整理や知財戦略の立案を進めてきたが未整理の項目も多い。イノベーションを進めるための研究機関における兼業の在り方、若手研究者のキャリアパスにおける大学生・研究機関発ベンチャーの位置付けなどとともに、研究機関と引き続き連携を取って、仕組みの改善への提言を続けていく必要があると考える。