特集立ち向かう国研ベンチャー
微小な水滴を検出・判別
モイスチャーセンサ技術の国研発ベンチャー
国立研究開発法人物質・材料研究機構/合同会社アキューゼ 川喜多 仁

微小な水滴を検出・判別できるモイスチャーセンサについて、研究開発の背景や国研発ベンチャーであるアキューゼの設立を含めた経緯、これまでの主な取り組みや成果、現状の課題や今後の展望について紹介する。
■研究開発の背景や経緯
2012年ごろ、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)の構造材料関連プロジェクトのテーマ分担者より、大気腐食モニタリングセンサ**1の小型化・低コスト化を打診された。そこで、同時に携わっていた次世代半導体デバイス向け材料の研究で用いていた微細加工技術を応用し、シリコンチップ上に異種金属からなる細線(線幅1μm)が、同程度のサイズの間隔を設けて交互に並ぶようにした対向櫛歯状の電極を作成した。電極の上に水滴を滴下して電流応答が得られることを確認する一方、人の息といった微小・微量な水に対しても高感度・高速に応答することに気付き、基本特許を出願**2するとともに、モイスチャーセンサと名付けた。図1に、電極間に水滴が付着した際の顕微鏡写真と、電流応答が得られる動作原理の模式図を示す。また、その当時に市販されていた湿度センサといった環境由来の水を検知する技術では、微小・微量な水滴には対応できないことも分かった。そこで、上記のチップ(以下、センサチップ)からの電流応答を簡便に取り出せる電子回路と表示ソフト(以下、お試しキット)を試作し、NIMSの広報や外部連携のイベントなどで紹介したところ、実に様々な業種から、中には美容師といったこれまでNIMSとは関係が薄かったような方々からも多くの問い合わせを受け、さらには試したいとの要望をいただいた。そこで、センサや計測装置のメーカーに技術移転を打診したが、市場が明確でないことを理由に応じてもらえなかった。その間にも、お試しの要望は増え続けたことから、2017年に国研発ベンチャーとしてアキューゼ(茨城県つくば市)を設立し、お試しキットを提供することで、市場の調査および探索を始めた。さらに、NIMSはセンサチップと電子回路に関する研究開発、アキューゼはそれらを納める筐体(きょうたい)や、電源、通信といったユーザーの要望や環境に合わせたカスタマイズや応用開発といった役割を分担し、民間企業や公的資金による事業を進めている。

■主な成果
微小水滴による電流応答の発見当初から、電流の大小は、センサチップ表面上の水量の多寡によって決まると考えていたが、両者の相関式は不明であった。そこで、センサ表面の温度と水蒸気圧を精密に制御した状態で、センサ表面を観察・分析しながら同時に電流応答を計測することで、電流値から水滴の量を見積もることができるようになった**3。さらに、水滴が生成する前にセンサ表面に吸着する水分子を検知・定量できることも見いだし**4、検出下限が最小サブフェムトリットル、ダイナミックレンジが4桁以上(一般的な高分子容量式の湿度センサよりも10倍以上高感度)であることを明らかにした**5。
センサ性能の向上としては、電極材料の複合化による100倍以上の感度向上**6や、電極間の表面へのポリマーの導入などによる親撥性(親水・撥水性)の制御**7や親水性表面の寿命延伸**8、さらに熱容量制御によるセンサ表面の温度変化速度の制御**9などを達成してきた。これらは、NIMSにおける革新的センサ・アクチュエータ研究開発プロジェクトの成果であるが、いずれもユーザーからのニーズに基づいており、現在ではアキューゼの製品ラインナップやオプションへと発展している。
上述したような微小・微量な水滴を検知するセンサとしての基盤技術の向上・確立を基に、これまで結露の発生を極初期・早期に検知するセンサとしての事業展開を進めてきている。具体的には、民間企業からの短期間での解決ニーズの多い構造物表面での結露発生や成長の検知、および潜在的なニーズのある農作物表面での結露発生・成長の検知であり、これらは内閣府の官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)の支援により開発・実証したセンサデバイスやネットワークシステムを活用し、民間企業や農業事業者への導入を進めている。もう一つの事業の柱にしようとしているのが、蒸発する汗を計測するセンサと得られるセンサデータに基づく体調判定サービスである。これは国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)の助成により収集・分析したデータを基に開発したセンサデバイスを用い、指から蒸発する汗の量や体温といった複数のパラメータを計測することで、熱中症や脱水症のリスク判定を行うことを目指している。図2に、開発したセンサデバイスの写真を示す。

■課題・打開策
課題として、一つ目はセンサデバイスの低コスト化が挙げられる。これについては、センサチップ上の電極配置と電子回路の構成を見直すことにより、10分の1に近いコストダウンと2倍以上の感度向上を同時に解決できる目途(めど)が立ち、現在試作に入っている。二つ目の課題としては、蒸発する汗を計測するセンサと得られるセンサデータに基づく体調判定サービスに向けた統計的有意性の検証である。これについては、様々な実証のプログラムや機会を通じて、データ収集を進めていく予定である。三つ目の課題は、事業の連携先となるパートナーの拡充である。センサデバイスの製造については、ファブレスによる対応を進めてきており、営業・販売についても提携を進めているが、事業規模の拡大に応じて、より多くのパートナーとの連携を進める予定である。
■今後の方針(展望)
ユーザーに満足してもらえるまでの様々なニーズに応えるため、これまでと同様に材料研究をベースにした課題解決を図る。また、既存の事業については、東南アジアを中心として、海外に展開していく予定である。さらに、各種産業での精密センシングによるエネルギーやCO2のさらなる利用効率化や、体調のリアルタイムモニタリングなどを通じて、カーボンニュートラルや健康寿命の延伸といった社会的課題の解決に貢献していきたい。
参考文献
- **1:
- ACM-SENSOR.JP ウェブサイト:JIS Z 2384 大気腐食モニタリングセンサ 解説|ACM-SENSOR.JP
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- **2:
- 川喜多仁ら「高速応答・高感度乾湿応答センサー」特許登録番号6448007号、2018.12.14.
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- **3:
- M. Mekawy et al., “Quantitative Correlation of Droplet on Galvanic-Coupled Arrays with Response Current by Image Processing,” ACS Omega, 6 (2021) 30818.
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- **4:
- M. Mekawy et al., “Quantitative and Qualitative Studies for Real Monitoring of Interfacial Molecular Water,” Journal of Colloid and Interface Science, 613 (2022) 311.
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- **5:
- M. Mekawy et al, “Quantitative Correlation between Adsorbed and Condensed Water Mass with Response Galvanic Current Detected at the Micron Gap of Galvanic-Coupled Arrays,” Chemosensors, 10 (2022) 300.
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- **6:
- R.G. Shrestha et al., “Enhancement of Electrochemical Reaction Rate on Galvanic Arrays in Contact with Condensed Water Molecules,” Journal of The Electrochemical Society, 167 (2020) 167510.
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- **7:
- R. G. Shrestha et al., “Enhancement of Sensitivity and Accuracy of Micro/Nano Water Droplets Detection Using Galvanic-Coupled Arrays,” Sensors, 19 (2019) 4500.
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- **8:
- R.G. Shrestha et al.,”Superhydrophilic polymer modified galvanic array moisture sensor chip with stable/improved lifetime towards enhanced dew condensation detection,” Sensors and Actuators A: Physical, 331 (2021) 113036.
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- **9:
- Y. Kubota et al.,”Control of Heat Capacity of Moisture Sensor by Galvanic Arrays with Micro/Nano Gap toward Accurate Detection of Dew Condensation on Target,” Journal of The Electrochemical Society, 168 (2021) 067522.
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