リポート

もうモノマネとは言わせない
国産スギの間伐材で日本独自の弦楽器を作る行動力
世界遺産五箇山の合掌造り集落発

2022年11月15日

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世界遺産の合掌造り集落の辻四郎ギター工房は、富山県農林水産総合技術センター木材研究所と富山県立大学などと連携し、スギ間伐材を活用してウクレレを製作した。ウクレレに使用した木材は全て富山県産で、さらに富山県の伝統工芸技術をパーツに加飾し和テイストに仕上げるなど、富山県産に拘りぬいた「Made in TOYAMA」。いまなおスギの弱点を克服するための研究を続ける。

■輸入木材の取得が困難に

富山県南砺市の五箇山は、岐阜県高山市・大野郡にまたがる白川郷と並び「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産に登録されている山深い地域だ。辻四郎ギター工房代表の辻四郎さんは、中学卒業後に京都の楽器製造会社で修業を積んだ後、故郷の五箇山に戻り1974年にこの工房を創業。オーダーメードの高級ギターは、海外の有名メーカーにも劣らない品質で、その評価は高く全国に愛好者がいる。四郎さんの長男、隆親さんは、2015年からギター製作技術の継承に励み、新たな挑戦として実現したのが地元の間伐材スギを使ったウクレレ製作だ。

ウクレレやギターのボディは、一般的にマホガニーやハワイアンコア、スプルース、側面は、ローズウッド、メープル、サクラなどが使用される。マホガニーやハワイアンコアなど高級家具や高級楽器に使用される木材は、希少木材でもあるためワシントン条約によって貿易制限も加わり入手が困難になりつつある。

そんな状況に追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、ロシアのウクライナ侵攻といった国際情勢の影響によって輸入用材の安定供給にも影を落としている。また世界的なカーボンニュートラル実現に対する潮流は、サステイナブルな森林保全と相まって、弦楽器の材料となる高密度で高品質な用材入手をより難しくするだろう。日本の弦楽器製作は代替材料の確保が喫緊の課題なのだ。

■モノマネでいいのか

2019年、隆親さんは売れるギターを作りたいと、米国テネシー州の有名なギターショップの経営者の下を訪ねた。そこで「単にアメリカの作り方を取り入れるだけでなく、もっと日本らしさを出したらいいのではないか」と言われたという。日本製の弦楽器は、海外の有名ブランドのコピー。モノマネでは差別化が難しく販売チャネルの拡大は難しい。

帰国後、隆親さんは南砺市商工会や高岡市のデザイン会社を訪れる中、富山県農林水産総合技術センター木材研究所が、富山県産スギ間伐材の用途開発を進めていることを知る。そこで圧縮材を使ってみることにした。しかしプレス機で加工できる圧縮材の大きさは、10cm×40cm程度の制約があるためギターに利用する大きさの用材加工が難しい。そこでまずはギターより小さいウクレレから作るプロジェクトに切り替えた。

プロジェクトを進めるための費用は、公益財団法人富山県新世紀産業機構「産学官オープンイノベーション推進事業」の令和2年度新商品・新事業創出枠の支援を受け、2020年6月からプロジェクトが動き出した。

ギターの製作をする辻隆親さん

ウクレレやギターなどの弦楽器は、ボディにあたるトップ(表面板)が音色と音質を決定すると言われており、トップにどの木材を使用するかでその楽器の優劣が決まる。そのためスギは軟らかく弦楽器の素材に適さない。ハワイアンコアのような密度と堅さを求めるには、切り出してきたスギはそのままでは使えず、細かなひび割れが起きないよう木材研究所の支援の下、プレス機で圧縮処理を何度も施す試験を繰り返し、圧縮率や圧縮時にかける温度の最適値を探した。そして同じ木目が左右対称になるようウクレレのセンターで張り合わせて1枚板にした上でボディ部分全体の板を作り上げることに成功した。

一方で圧縮したスギ材は、マホガニーやハワイアンコアのような音を奏でることができるかどうか分からない。そこで音響評価は、富山県立大学の寺島修准教授(工学部機械システム工学科設計生産工学講座)の指導の下、3~4年生3人の学生が、卒業研究としてではなく、主体的に、自主的に振動音響の評価、透過率などを計測した。一般的な輸入木材で作られたウクレレの音質を基に、最適な圧縮率を探索し、圧縮率70%が最もその音に近いことを導き出した。

ボディの表と裏はスギの圧縮材を使用できたが、スギは、圧縮前は曲げやすいが、圧縮すると繊維が固くなるので曲げにくくなる。そこでウクレレの側面は、ホオノキ(朴の木)を使用。ネックや指板、ヘッドはサクラを用い、全て富山県内産の木材で固めた。

高岡漆器の螺鈿(らでん)細工(夜光貝その他の貝類を彫刻して漆地や木地などにはめ込む技法)でヘッド部にロゴマーク施し、高岡銅器の彫金技法で弦を巻くペグを製作するなど、富山県の伝統工芸技術をふんだんに取り入れることで、地元色を強く押し出した。このほか、木地に生漆(きうるし)と呼ばれる透けた漆を刷り込んで仕上げる拭き漆技法も用い音質に影響のない和テイストのウクレレを完成させた。全て富山県産の木材を使用し、スギの欠点を補うために高密度圧縮成型技術を組み合わせた新しいオリジナルのウクレレの誕生となった。

■森林の現状

日本の低い山や丘の麓(ふもと)には、どこに行ってもスギ林を見ることができ、整然と屹立している人工林がおよそ4割、天然林は6割ほどだ。日本でスギを中心にした人工林が多い理由は、木材需要の急増が要因だ。戦時中、資源の少ない日本では真っすぐ成長するスギは加工が容易なため、また戦後も住宅需要が急増したため、元は広葉樹だった天然林を伐採し、その跡地にスギやヒノキなど針葉樹を植林し、人工林に置き換えてきた歴史がある。しかし近年は、安価な輸入木材が国産木材よりも圧倒的に利用され、林業は衰退し人工林は荒廃していた。

2022年版の林野庁が発信する「森林・林業・⽊材産業の現状と課題」によれば、日本の森林⾯積は、およそ2,500万ha。国⼟の3分の2に当たる。森林蓄積は、⼈⼯林を中⼼に毎年およそ6,000万m³増加し、現在はおよそ54億m³にもなる。⾯積ベースでは、⼈⼯林の半分ほどが50年を越えて成熟し利⽤期を迎えている。豊富な資源を計画的に再造成するためには循環利⽤することが必要だ。

森林は、国⼟の保全、⽔源の涵養(かんよう)、地球温暖化の防⽌、⽣物多様性の保全、⽊材などの林産物供給などの多⾯的機能を持ち、それらを発揮することで私たちに様々な恩恵をもたらす「緑の社会資本」といえる。そんな理由から近年では、⽊材⽣産機能にも再び注⽬が集まり、森林を適正に管理して、林業・⽊材産業の持続性を⾼めながら成⻑と発展を呼び込もうとしている。原⽣的な天然⽣林を適切に保全しつつ、⼭村などにある⾥⼭林は保全管理をしながら利⽤していくのが望ましい森林の姿で、カーボンニュートラル実現に寄与するのだろう。

林野庁は、森林の整備を通じ、⾃然災害の激甚化や頻発化、地球温暖化防⽌などの社会的要請に対応するためには、間伐の着実な実施に加えて、伐って、使って、植える資源の循環利⽤を推進中だ。また森林の循環利⽤とSDGs(持続可能な開発⽬標:Sustainable Development Goals)の関係から森林・林業分野は、⽬標15「陸の豊かさも守ろう」を中⼼に、様々なSDGsに貢献できそうだ。

■世界に認められスタンダードに

手作りで製作するギター工房では、年間25本前後しか作ることはできない。輸入用材を用いた完コピギターではなく、地元にある間伐材の有効活用は大きな一歩だが課題も多い。通常20万円ほどのウクレレは、伝統工芸をふんだんに取り入れることで30万円前後と値段が張る。10万円の価格差はかなり大きい。地元の支援を受けてきたことから、そうならざるを得ないとしたら残念だが、ユーザーが自由に選択できるように、伝統工芸を省いた価格帯の製作販売も容認してほしい。売れなければ話題は一過性のものになるからだ。

弦楽器の側面は、曲げて加工しなくてはならないが、スギを圧縮すると繊維が固くなり曲げにくくなる。隆親さんはこの課題をさらに研究中だ。やむなくホオノキを使用した側面にも、スギの間伐材を使用できれば、ボディ全てを間伐材で製作できることになる。いずれスギの間伐材を用いた弦楽器が、日本オリジナルの弦楽器として世界に認められスタンダードになってほしいものだ。

上段左から、寺島修准教授、辻隆親さん
下段、富山県立大の重さん、西川さん、森崎さん

(本誌編集長/大妻女子大学 地域連携・地域貢献プロジェクト専門委員 山口泰博)