リポート

博士号取得を経営に生かす

株式会社浅井農園 代表取締役 浅井 雄一郎

写真:株式会社浅井農園 代表取締役 浅井 雄一郎

2022年11月15日

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■創業101年目の新たな挑戦

1907年創業のあさい農園は、三重県津市において百余年にわたりサツキツツジを主とする花木生産を生業としてきました。花木需要の低迷に苦しんでいた2008年、東京から戻った5代目の私は家業を立て直すため、第二創業としてミニトマトの生産を開始しました。植物を育てるという意味では同じ農業ですが、それまで観賞用の「食べない農業」をしてきた家業にとって、「食べる農業」への転換は容易ではなく、全く異なる業界への新たな挑戦でした。

第二創業から14年が経過し、ミニトマトなどの施設園芸に加え、キウイフルーツなどの果樹園芸の複合経営により、国内トップクラスの農業生産法人に成長しました。社員は単体で120人、グループ合計で500人を超え、家族経営の農業から組織的な企業経営の農業へと大きな変革を遂げました。短期間でここまでの成長を遂げられたのは、農場で一生懸命一緒に汗を流してくれた仲間たちの努力によるものですが、その他の要因としては「テクノロジー」と「地域資源」の活用であったと考えています。

あさい農園は「植物と一歩先の未来へ」をスローガンに、「常に現場を科学する、研究開発型の農業カンパニー」を目指しています。これは2015年に本社隣に研究用の先端農業ハウスを建設し、また同時期に三重大学大学院から最初の博士人財を採用した際に、ゼロ→イチで植物の新たな価値を創出していける会社になっていきたいという思いをスローガンとして言葉にしたものです。その言葉を体現していくために、会社の代表である私自身も三重大学大学院地域イノベーション学研究科においてトマトの育種研究に取り組み、2016年に学位を取得しました。経営者自身が学位を取得し、それを自社の経営にどのように生かせるのかについて考察したいと思います。

■農業経営における科学的思考の重要性

「農業」という仕事は、自然科学領域の極めて科学的思考が重要な仕事であると感じます。気候や土壌など栽培条件が常に変化する中で、農業者は限られた知識や経験をもとに植物生理に基づいて仮説を立てながら、植物にとって最適な生育環境構築や栽培管理を行うための正しい意思決定が必要とされます。また世界人口が急増する中で食糧を増産するため、限られた耕地面積と経営資源の中で、いかに少ないインプットで最大のアウトプットを得るか、生産性の向上に努めなければなりません。

農業の生産性向上を実現するため、あさい農園では新たなテクノロジーの開発や導入を進め、スマート農業の実現に注力しました。農場に様々なセンサーを設置し、栽培環境情報や植物体情報などを自動的に計測してデータとして活用できるようにしました。暗黙知の多かった農業現場を見える化したことによりPDCAサイクルが回せるようになりました。農業現場の様々な情報を徹底的に活用して、生産管理の最適化に取り組むデータドリブンな農業経営に転換すべくDX化を進めています。さらに近年では、トマトの自動収穫ロボットや搬送ロボットの開発などロボティクス技術の活用により自動化の実証試験などを実施しています。

新たなテクノロジーの導入が農業の生産性向上に有効であることが明らかになってきましたが、それらのテクノロジーを使いこなせる人財が少ないことが次の経営課題となりました。そこから、農業現場でサイエンティストとして活躍できるアグロノミスト(農学士)人財の育成に注力するようになりました。自分たちはただの農作業者ではなく、常に現場を科学する研究者、科学者でもあることを意識付けして、若い社員たちのマインドセットを変えたのです。それにより多くの社員が科学的思考を持ち、農業現場の改善活動に積極的になったことで、結果として会社の早期成長につながっていきました。

科学的思考の重要性は、私自身が大学院で研究に取り組む中で習慣化されたものであり、その良い習慣が会社の組織文化として定着し、やがて大きな成果につながっていくことを期待しています。

松阪市・うれし野アグリ株式会社のミニトマト植物工場

■地域資源の活用と地域の未来

持続可能な地域社会の未来を考える上で、エネルギーや肥料など海外からの輸入に依存している資源について、地域に眠っている未利用資源の活用を真剣に検討する必要があります。2013年に三重県松阪市の辻製油株式会社と三井物産株式会社との共同出資により設立した、うれし野アグリ株式会社では、地域の間伐材由来のバイオマスエネルギーと植物油脂を製造する食品工場排熱を活用して農業ハウスの暖房に利用しており、カーボンニュートラルの農業生産システムを確立しています。また2018年より耕作放棄地を活用した果樹園地の開発に着手し、キウイフルーツの生産販売のニュージーランドのゼスプリ(Zespri)との提携により、三重県玉城町においてキウイフルーツの生産を開始しました。この園地では、土壌改良を目的として、松阪牛の堆肥が3,000トン、浦村かきの牡蠣殻石灰が300トン使用されているなど、三重県の特産品由来の様々な地域資源の循環が実現されています。

これらの事例のように地域資源の活用を考える上では、視野の広さと知識の豊富さが重要になります。大学院での研究では、自身の専門分野以外の様々な知識や情報に触れることができ、以前より広い視野で物事を捉えられるようになったと思います。私の場合は、大学院での様々な人との出会いにより視座を高め、研究活動の中で視野を広めることにより、以前は気付かなかったような発想にたどり着くことができるようになったと思います。社会が常に変化していく中で、私たち自身も変化し続けなければならないと常々考えています。経営者自身が大学院で自社の経営課題の解決やリスキリングに取り組み、学位を取得することは知識や情報を得るだけでなく、自身および自社における未来の可能性を大きく広げることができるのではないかと思います。

農業者であり研究者・科学者でもある「アグロノミスト(農学士)」たちを育てていくことで、常に現場を科学し、ゼロイチで新たな価値創造に取り組む研究開発型の農業カンパニーを目指していきます。

玉城町・あさい農園のキウイフルーツオーチャード