特集デジタル

ドライブレコーダーのデータ活用

東京農工大学 教授 毛利 宏

写真:東京農工大学 教授 毛利 宏

2022年11月15日

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一般社団法人電子情報技術産業協会統計資料「2021年度ドライブレコーダー国内出荷実績」によると、2021年度のドライブレコーダー(以下、ドラレコ)の総出荷数は5,376,513台であり、国内の新車販売台数を上回る。昨今のあおり運転への防衛策として装着するユーザも多い。また、記録されたデータは事件や事故の参考映像にも利用され、各種メディアに数多く登場している。

ドラレコの基本機能は、事故の証拠をデータとして記録・保存することである。しかし、それにとどまらず、保存された大量のデータを多様な領域で活用して新たな価値を創造する模索も始まっている。一部では既に、データ利用に着目した商品展開も開始されているが、まだ緒に就いたばかりであり、十分な活用段階には至っていない。

ここでは東京農工大学の取り組みを例にして今後の可能性を考える機会としたい。

■ドライブレコーダデータ活用のプロセス

一般的なドラレコデータに含まれる情報を、以下に簡単に紹介する(図1)。

  • ①映像データ(前方)(複数台カメラなどの利用で後方など周囲、ドライバーなど室内映像も取得可能)、音声
  • ②加速度(車両の前後、上下、左右)、車両速度
  • ③位置(GNSS「Global Navigation Satellite System」による緯度・経度)
  • ④ドライバー操作(方向指示器、ブレーキペダルのON/OFF:ただし、一般の市販ドラレコには含まれない)
図1 ドラレコデータの内容

多くのドラレコではデータは常時記録されており、収録メディアの容量を超えると繰り返して上書き保存される。また、大きな加速度の発生情報などでトリガ(物事の起こるタイミング)をかけて、その前後一定時間がイベント記録として保存される。最近では通信を利用して、クラウドに保存される場合も多い。

図2には、活用例の一部を示す。データ活用では、以下の三つの段階を設けると、円滑な処理が可能になる。

  • ①体系的なデータ整理、分類、検索
  • ②データの定量化
  • ③分析、利用、解釈
図2 データ活用の目的例

■ヒヤリハットデータベースの例

東京農工大学では2004年から18年間にわたって、危険度の高いシーンでのドラレコデータを収集し、「ヒヤリハットデータベース」としてユーザに提供してきた。データ数は20万件に上る。データベースの紹介とともに、上記①、②、③がどのように行われているかを記す。

図3に示すように、全国5カ所のタクシー会社の協力の下、約200台のタクシーでデータを収集している。データ記録項目は図1の通りで、1件のデータはトリガ以前10秒、以降5秒の合計15秒間になる。

図3 ヒヤリハットデータベースの構築作業
①体系的なデータ整理、分類、検索

ドラレコデータの活用目的は活用者ごとに異なるが、多くの場合、興味のあるデータに簡単にアクセスできることが求められる。そのため図3に示す手順でデータを収納している。まず、本当に危険なデータ(ヒヤリハットデータ)と、路面不整による振動などで記録されてしまった通常データ(危険事象でないデータ)に分けられる。ここでは機械学習による自動分類アルゴリズムが使われる。その後、ヒヤリハットデータにはオペレータにより識別タグが付けられる。オペレータは映像、車両データを目視確認し、100項目以上についてタグ付け作業をする。

図4に示すviewerから検索条件を入力して検索を行う。検索には前記の識別タグ情報が使われる。また、データベースに確実にデータを収納するために、データベースの構造設計にはオントロジーを用いた**1。これによって、各事例は網羅的・排他的に整理されており、検索はストレスなく行える。また、検索されたデータ群に関するセンサデータは、CSV形式で出力できる。

図4 ヒヤリハットデータベースViewer
②データの定量化

図1に示すようにドラレコの出力データは、映像データと加速度などの自車のセンサデータである。事故の状況証拠として利用するだけならば、映像だけで事足りる場合も多い。しかし、多くのデータ活用者が望むのは、自車と周囲との相対位置や相対速度の情報である。自車や対象物の位置および軌跡を地図上で確認したいという要望もある。

それらのニーズに応えるべく、対象物およびその属性を検出、トラッキングし、相対位置を推定する機能を検討している。相対位置は車両姿勢を考慮して推定される。現状では、距離の推定精度は40m前方で±10%程度であり、参考データの域を出ないが、情報としては有益である。

相対データや自己位置推定には、物体検出、セグメンテーションなどのニューラルネットワークおよびVisual SLAM(自己位置推定)が用いられる。図5に距離推定、図6にセグメンテーション処理映像、図7に車両軌跡推定の結果を示す(データベースとして上記機能の提供はまだ開始していない)。

図5 物体検出、距離推定例
図6 セグメンテーション処理
図7 自車、他車軌跡推定例
③分析、利用、解釈

興味のあるデータ集合を検索・取得し、定量化ができたら、それらを目的に応じて分析する。一つの例として図2中の「自動運転の安全性基準」の検討を取り上げる。国土交通省の安全技術ガイドラインでは安全な自動運転とは、「運行設計領域(ODD)において、自動運転システムが引き起こす人身事故であって合理的に予見される防止可能な事故が生じないこと」とされている。

「合理的に予見」としては、危険が生じてから対応するだけでなく、将来起こり得る危険を想定した「先読み運転」が望ましい。しかし、潜在危険シーンの評価には、相対位置や相対速度、自車速度など数多くの状態量の組み合わせが発生し、それらを用いて「安全」、「危険」のように各シーンを評価・判別することは難しい。そこで、その評価指標としてACA(Acceleration for Collision Avoidance:衝突回避加速度)を提案している**2

ACAは、例えば先行車の急減速や、死角からの歩行者飛び出しなど、「もしも…したら」という場合でも、衝突しないために必要となる加速度(減速度)の計算値である。実世界で起きた危険シーンにおける一般ドライバーのACAを計算し、どの程度の先読みをしているかを調べたり、どの程度の大きさのACAが発生しているかを定量的に検討するためにドラレコデータが用いられている。

本学では、データベース事業を開始して以来、交通安全研究用途にドラレコデータを用いてきた。最近では統計学や機械学習でデータから新たな知識を抽出する技術も身近になってきた。新たなビジネスの開拓など、われわれの想像を超えた使われ方の出現が期待される。

■ドラレコデータ活用の課題

①標準化、汎用化

データ活用はデータが存在して初めて可能になる。それらが同じ形式で保存され、検索、定量化できるように標準化されていれば、大量のデータを効率的に扱える。例えば保険業界では「つながるドラレコ」として利用され、事故処理の迅速化などに貢献している。また、商用車の運行管理や安全教育などにも利用されている。これらは目的を限定してデータ収集、データベース構築をしているが、汎用的に使えるように標準化されれば、様々な目的で多くのデータ活用者が多くのデータにアクセスできるようになる。

②データベース構築の自動化

データベースの構築、維持、管理には人件費などの固定費用がかかる。大量のデータを自動分類し、定量データまで自動出力できればコスト削減が可能になり、よりアフォーダブルなデータ提供が実現できる。

③個人情報の取り扱い

映像には歩行者や車両など、個人を特定可能な情報が含まれる。ヒヤリハットデータベースでは、個人の顔やナンバープレートにマスク処理をしている。しかし、大量データになると全てを匿名化する工数は膨大になる。個人情報保護のデファクトスタンダードの確立やドラレコデータについての柔軟な法規定が望まれる。

参考文献

**1:
赤木康宏,大北由紀子,那住正樹,菅沢深,毛利宏,多様な利用法を受容するためのヒヤリハットデータベースの機能拡張に関する研究,自動車技術会論文集 50(2), 629-635, 2019, DOI: 10.11351/jsaeronbun.50.629
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**2:
Takashi Imaseki, Fukashi Sugasawa, Takuto Kawamura, Hiroshi Mouri, Predicting the severity of Driving Scenario for Rear-End and Cut-In Collisions Using Potential Risk Indicator Extracted from Near-Miss Video Database , SAE Int.J.Trans.Safety 9(2), 2021 DOI: 10.4271/09-09-02-0006, ISSN: 2327-5626, e-ISSN: 2324-5634
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