特集大学発ベンチャー表彰2022

日本ベンチャー学会会長賞
迷走神経を血管内から刺激
心不全パンデミックを抑制するデバイス

株式会社ニューロシューティカルズ 代表取締役社長 三池 信也

写真:株式会社ニューロシューティカルズ 代表取締役社長 三池 信也

2022年10月15日

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迷走神経を刺激するデバイスを開発しているが、デバイス開発のみでなく、収益面では受託等をバランス良く取り入れることで会社の成長に必要な優れた収益・成長モデルを構築している点が評価された。

■大学発ベンチャーとしての起業

当社は九州大学発ベンチャーとして設立された。当初、同大学医学部循環器内科教授であった砂川賢二先生から本開発製品における基礎技術の内容をご教示いただき、今後心臓疾患領域で深刻な課題になると思われる心不全患者の拡大に対処し得るデバイス開発の可能性を感じ、同教室で研究をしていた朔啓太先生と研究を開始した。

米国ではすでにトレンドとなっていたニューロモジュレーション分野では、日本は遅れを取っており、革新的な医療機器となり得る本製品はまさしくベンチャー企業として開発すべきものであると考え、当社の設立に至った。私自身はこれまで日本で内視鏡ベンチャー企業を創業し、国内の上場企業にM&AでEXITに成功している。その後、米国シリコンバレーで超音波医療機器ベンチャー企業に参画し、こちらも米国の大手企業にM&AでEXITした経験を持っている。九州大学を訪問したのは、その後の経済産業省における医工連携事業の活動の中でのことであった。したがってベンチャー企業の立ち上げはこれで3度目となる。

■大学発ベンチャーを成功させる医工商連携

大学発ベンチャーとして成功する、いや、そもそも日本で医療機器ベンチャー企業として成功するにはどうすれば良いかが難しい問題である。基本的に医療機器には「死の谷」と言うものが存在している。これは長い開発期間の資金調達をどのように乗り越えるか、また開発が成功しても医療機器の場合はそこから治験期間、承認申請期間が存在し、その間は製品販売ができない。この間も売り上げが立たないまま企業として存続しなければならず、資金調達は難問である。その「死の谷」を乗り越え、晴れて認可されても医療分野ではすぐには売り上げが上がらないケースもある。この「死の谷」をどう乗り越えるかが医療機器ベンチャー企業として成功させる重要な鍵となる。もちろんほかにも難題は存在するが、これまで多くの医療機器ベンチャー企業が乗り越えられなかった壁はここにもある。これまでの経験から私は二つの事業を組み合わせた。一つは目的となる製品の開発事業、もう一つは同じ領域での既存製品の販売である。同じ領域の製品は顧客となる医療機関側にも開発製品のヒアリングや協力要請で出向くことが可能であるし、市場自体のトレンドも読みやすくなる。同時に販売する製品のプロモーションも可能であるため一石二鳥であった。現在、既存製品の販売で収益を上げ、その収益に加えて金融機関・投資企業・事業会社からの資金調達、政府系支援機関からの補助金などを組み合わせて「死の谷」を乗り越えようとしている。本開発製品はいまだ承認申請前であるにもかかわらず、当社の売り上げは10億円に近付き、しかも黒字経営である。

ここで「医工連携」もしくは「大学発ベンチャー企業の成功への道」について提案がある。大学はアカデミアであり、研究を主体としている機関である。また工学は技術の源泉であり、課題解決の方法論である。私はこの連携にビジネスサイドを加えることが必須であると考えている。ビジネスのアイデア、プロモーション、経営手法、各方面へのネットワークがなければベンチャー企業は開発だけを実行する枠組みとなり、資金がなくなれば終焉(しゅうえん)を迎え、せっかくの良い技術や知見が深い谷の底に沈んでしまう。「医工連携」ではなく、「医工商連携」がわが国には必要である。支援はどのような形でも良いが、ビジネスを推進できる人材、ネットワーク、ビジネス機会を紹介できる機関やサイトがこれからのベンチャー育成には不可欠であると提案したい。

■迷走神経刺激カテーテルで心不全パンデミックの抑制を実現する

ここで当社が開発する迷走神経刺激カテーテルシステムのことについて触れたい。この製品は心筋梗塞後の慢性心不全を劇的に予防することが期待できる。再還流治療の早期化は限界に達しており、心筋梗塞治療の新たな戦略なくして、慢性期の心不全の予防はできない。厚生労働省の統計では、虚血性心疾患患者数は 80万人(急性心筋梗塞による死亡は4万人/年)におよび医療費は年間7,000億円ほどである。一方で、慢性心不全の増加は全世界的な健康問題になっており、2030年までに日本では患者数が130万人に上り、米国でも800万人の患者数増加と300億ドルの医療費増大が予想されている(Circulation 2011)。その予後は極端に悪く、5年生存率は50%に満たず最大の医療問題になっている。心不全の先制的治療は患者を救済するのみならず、心不全にまつわる膨大な医療費の抑制が可能になる。循環器疾患はわが国の総医療費の20%を占め、高齢化に伴う循環器疾患の増加は、医療費の増加に拍車をかけている。本製品よって慢性心不全の発症を先制的治療で抑制することができれば、医療費の増加に抑制がかかり、ひいては多くの患者を救うことができる。このように大きな期待がかかる本製品もようやく治験を開始できるところまでたどり着いた。治験期間を無事に終え、数年後には上市する予定である。

血管内からの迷走神経刺激

■勇気と挑戦 リスクを恐れず、必要な領域に投資する

当社は大学発ベンチャー企業として発足したが、独自で投資ファンドを設立し医療機器ベンチャー企業に投資できるようにしている。加えて社内外のプロジェクトを支援するため個別にベンチャー企業を立ち上げ、その支援も手掛けるようになった。日本の医療機器開発は診断分野では数多くの開発がなされているが、こと治療分野になるとその数は極端に少ない。一方、米国では診断分野は評価が高くなく、ほとんどのベンチャー企業は治療分野での開発を実行している。これは日本企業の文化でもあるがリスクを取ることを恐れ、無難な領域に投資をしているのではないかと考えている。大きな成果を得るためにはリスクを取る必要があり、その見返りとしてリターンが存在する。これを実現するにあたり必要なのは「勇気」と「挑戦」である。ベンチャー企業に求められるのは、このマインドであると信じて疑わない。今後もビジネスの機微をベンチャー企業に移植していくことで、一社でも多く「死の谷」を乗り越え、わが国に成功事例をもたらせるよう邁進(まいしん)して行きたい。