特集大学発ベンチャー表彰2022

科学技術振興機構理事長賞
「食べるワクチン」を実現したい
蚕からタンパク質を生み出す九州大学発スタートアップKAICOの挑戦

KAICO 株式会社 代表取締役社長 大和 建太

写真:KAICO 株式会社 代表取締役社長 大和 建太

2022年10月15日

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蚕を利用した経口ワクチン開発などを手掛ける企業である。当社開発の技術・ノウハウと特許をうまく活用しながら展開している点が評価された。また、事業の伸張により蚕のための桑畑を作ることになり、養蚕業復興という地方創生やカーボンクレジットの一つとなり、社会貢献度の高い企業へと成長している点も評価された。

KAICO株式会社(以下、KAICO)は、難発現タンパク質の医薬品・診断薬・試薬を開発することを⽬的に、2018年4⽉に設⽴した九州⼤学発のバイオベンチャーだ。

KAICOのテクノロジーを支えるのは、小さな蚕(かいこ)たち。蚕体内で効率良くタンパク質を作る人工の「バキュロウイルス」を蚕に注射することで組換えタンパク質を発現させ、様々な目的タンパク質を生み出す。この技術によって、医療の目的に合わせたタンパク質のデザイン、加工、製品化を実現している。

KAICOは、九州大学が長年にわたり培ってきた蚕に関する研究とタンパク質工学のノウハウを背景に、様々な医療の課題に挑戦している。

■九州大学発バイオベンチャーKAICO

KAICOは九州大学の技術を基に2018年に創業した。九州大学農学研究院の日下部宜宏教授(昆虫分子遺伝学)が研究を重ねてきた、蚕を利用した組換えタンパク質発現の技術を導入している。

組換えタンパク質発現技術

蚕は大量飼育が可能な唯一の昆虫種であり、一頭一頭の蚕が独立した培養タンクであるため、多種類のタンパク質を生産することが容易だ。さらにロットサイズも頭数を増減させるだけで変更でき、タンク培養のような培養スケール変更に伴う生産条件の最適化も不要である。そしてカイコ-バキュロウイルス発現系は、真核細胞を利用する最も効率の良い発現系として知られており、ヒト−カイコ間では感染症リスクが存在しないことから、蚕で作られたタンパク質はアニマルフリーと見なされている。昆虫を利用した組換えタンパク質の生産は、哺乳類に近い修飾(天然のものに近い活性や機能性を持たせる合成プロセス)を受けたタンパク質を得られる上に発現量が高く、微生物汚染が少なく、生産条件の制御が容易という特長を持っている。

KAICOは「カイコで世界を変えていく」をスローガンに、この九州大学独自のカイコ-バキュロウイルス発現系を用いて、主に医療用の組換えタンパク質の生産・販売事業を行っている。特に、現時点で承認例のないノロウイルス感染症に対する経口ワクチンなど、市場に存在せずかつ他社では商品化困難な試薬・体外診断薬・ワクチンなどの開発を通じて世界を変えていくことを目指している。

■知名度・信頼度がないスタートアップの壁

KAICOは、創業者である大和建太が会社員をしながら通っていた九州大学ビジネススクールで、技術導出元である日下部教授と出会ったことで生まれた会社である。事業化検討時には、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラムの支援を受け、市場調査や顧客候補へのヒアリング調査を重ね、カイコでのタンパク質発現の需要は相応にあると予測。それに伴い、自社単独で医薬品を開発する創薬ベンチャーではなく、カイコに特化したタンパク質生産プラットフォーマーとして、複数の製薬企業とパートナーを組んで収益を上げていくビジネスモデル「カイコ-バキュロウイルス発現系に特化したCDMO(医薬品製剤開発・製造支援事業)」として事業化に至った。

ところが実際に創業してみると、顧客からは興味を示してもらえるものの、知名度が低くほとんど実績のないスタートアップに対して、医薬品関連でのタンパク質発現の受託をいただける機会はほとんどなかった。

■逆境がもたらした二つの転機

創業後3年目に世界を襲った新型コロナウイルスというパンデミック。世の中が大きく変わった一方でKAICOにも大きな転機が訪れた。

その一つが、ヒト用領域への進出である。元々は動物用医薬品までの開発を目指していたが、新型コロナウイルス流行直後の2020年5月に、九州大学日下部先生を中心にCOVID19ワクチン原料となるスパイクタンパク質(S_protein)の発現・生産に成功。開発したS_proteinを活用して2021年9月にCOVID19ワクチンの抗体価を測定できる抗体測定サービスを開始。KAICOにとって初めてのBtoC商品ではあったが、①抗体測定キットを薬局経由で販売、②キット購入者が自身で採血した検体を郵送、③検査会社にて抗体量測定、④測定結果を個人がスマートフォンなどで確認できる一連のビジネスモデルを独自に構築した。発売後半年間で1万個以上の販売となり、自社プロダクト流通により、知名度と信頼度の向上につながった。

もう一つが、経口型プロダクトの開発である。2020年に、開発中であったブタ用のワクチン原料を発現させたカイコ蛹(さなぎ)を、丸ごとマウスに食べさせてみたところ、注射と同じように抗体価が上昇することが確認できた。その後、ノロウイルスワクチン原料でも同様の効果が確認でき、現在KAICOのフラグシップとなっている「経口ワクチン」の開発に着手するきっかけとなった。

■経口ワクチンへの挑戦

経口ワクチンとは口から摂取することで抗体価を上げるワクチンだ。タンパク質は、口から入れてしまうとアミノ酸に分解されてしまうため、ワクチン効果を得ることはできないが、カイコに発現させた一部のタンパク質では抗体価が上がることが確認できている。経口ワクチンは、動物であれば一頭一頭注射しているものを、餌に混ぜて食べさせるだけでよく非常に簡便である。また人であれば病院で注射してもらう必要がなくドライカーゴで運べるため、アフリカの奥地へも届けることができる。

「食べるワクチン」開発を目指す、と決めてからのKAICOは、それまでとは全く異なるスピードで事業展開している。手掛ける開発案件は、創業当初から取り組んできた動物用注射型ワクチンに加え、動物用経口型ワクチンや、その前段階である飼料添加物に広がり、そして次のパンデミックに備えてヒト用の開発も進めている。それに伴い外部との事業連携も加速した。飼料添加物では、大手総合商社との資本提携を行い、海外での2023年度販売開始に向け具体的な準備が進んでいる。

■カイコで世界を変えていく

創業から4年間は研究開発が中心だったが、これから本格的な商業化、量産化が始まる。それに伴い、原料となる蚕が億単位で必要となる。そこでKAICOは、自治体との連携による「養蚕業の復興」と、蚕の餌となる「桑畑の拡大」について計画を進めている。桑畑を増やすことでカーボンニュートラルに寄与すると同時に、養蚕業を復興させ、育てた蚕をKAICOが買い取ることで収益や雇用を生む。地方創生や耕作放棄地・中山間地の活用に貢献しながら、持続的に蚕を調達することができる仕組みを目指している。