特集防災と減災と被災後

災害時にも平常時にも役立つ
「牛ルーメン微生物を用いた雑草メタンガス発電」&
「防災ビール」

石川県立大学 生物資源工学研究所 環境生物工学研究室 馬場 保徳

写真:石川県立大学 生物資源工学研究所 環境生物工学研究室 馬場 保徳

2022年9月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

2021年の夏、「防災ビール(BOSAI BEER)」を発売した。石川県立大学内で栽培されたフレッシュホップを使用した「ヴァイツェン」という種類のビールで、清涼感のあるフルーティーな味わいを特徴としている。幾つかの新聞社および放送局が取り上げてくださり、おかげさまで初回製造分および2回目製造分は完売し、現在3回目の製造を行っている。

「防災ビール」というネーミングだが、賞味期限が特別に長いわけではない。メタン発酵を用いた防災研究を全国の皆さんに知っていただくと同時に、売り上げで防災施設のランニングコストを賄うことはできないだろうか、という思いからチャレンジした。

■東日本大震災での被災生活

筆者は2011年の東日本大震災で被災した。雪の残る東北の3月は本当に寒く、暖房器具が必須だったが、停電のため暖を取ることはできず、布団にくるまり寒さに耐えていた。また、携帯電話のバッテリーは尽き、家族の安否を知ることも、原発の状況を知ることもできなくなった。当時、東北大学に在籍し、食品工場廃棄物からメタンガス(≒都市ガス)を発酵生産する研究をしていた。もし、震災直後もメタン発酵装置を稼働できていたならば、メタンガスで暖かい食べ物の炊き出しを行い、メタン発電により携帯電話を充電し、家族の安否や原発の状況も確認できた。しかし、道路が寸断された状況下、食べるものすら届かないのに、食品工場の廃棄物は手に入るはずがなく、メタン発酵はできなかった。「こんな停電・停ガスの時こそ、身の回りの捨てられているものを発酵し、メタンガスや電気を作ることができたら、皆の助けになれるのに…」と、悔しさを募らせた。避難所から外を見渡すと、雑草や落ち葉だけはたくさんあった。この雑草をメタンガスや電気に変換することができれば、現状を変えられると思った。

■牛の胃の微生物を用いて雑草を都市ガスと電気に変える

震災後ひと月ほどは、共同研究先の有限会社千田清掃(宮城県大崎市)でバイオディーゼル燃料製造の手伝いをさせていただきながら過ごした。仙台の石油コンビナートが火災となり、車の燃料が全く手に入らなかった中、使用済み天ぷら油から生産できるバイオディーゼル燃料は、非常に貴重だった。この燃料をバキュームカーに入れて、市中の浄化槽の汲み取りが進んだ。あの極限の状況下、食べるものを分けてくださり、働く場所を与えてくださった千田社長には今でも感謝の念に堪えない。

その後、研究室に戻ることができた筆者は、さっそく雑草や落ち葉のメタン発酵を始めた。しかし、大きな問題があった。植物細胞は動物細胞と異なりリグノセルロース構造を有する細胞壁が存在する。この細胞壁が、文字通り壁となりメタン発酵を阻む。例えば、あるイネ科植物をメタン発酵したところ、リグノセルロースを構成する一つであるリグニンは、300日間発酵しても、全リグニンの16.9%しかバイオガス化されなかったことが報告されている**1。この植物細胞壁を分解するべく、指導教員の中井裕教授とともに、草を主食とする牛の胃液(=ルーメン液)内の微生物に着目した。実際に牛の胃液を採取し、その中にいるルーメン微生物を使って雑草を溶かした後メタン発酵をしたところ、雑草を直接メタン発酵するよりも多くのメタンガスを生産できた**2, 3。ところが、ルーメン微生物は、牛の胃から取り出されると、24時間ほどで雑草を分解する能力が大幅に低下してしまうことが、実用化に向けた課題であった。石川県立大学に着任後、さらに詳細な研究を続け、ルーメン微生物の雑草を分解する能力を維持したまま発酵装置内で培養し続けることに成功し、雑草からメタンガスと電気を作る技術の実用化に向けて大きく前進できた。さらに、ヤマハモーターパワープロダクツ株式会社(静岡県掛川市)と株式会社アドテック(静岡県浜松市)の協力を賜り、ガソリン用の発電機をメタンガスでも利用できるように改造し、安価で効率良くメタンガスを電気へと変える専用の発電機も開発できた。この発電機の開発に当たり、お世話になった大学の先輩方に、ここに記して謝意をお伝えしたい。

■メタン発酵装置のランニングコストをどうやって賄うか:「ビールを売ろう」

震災から10年の歳月を経て、無事に雑草をメタンガスと電気に変換するシステムを開発できた。ただし、課題があった。しばらく装置を稼働していないと微生物の活性が落ちてしまい、いざというときに迅速にメタンガスを生産することができない。そのために、日頃から雑草などをこの装置に投入し、メタンガスを作り続ける必要があった。作業自体は1日に1時間程度で良いが、その人件費が必要だった。

この人件費を捻出するため、メタンガスを発生させた後の副産物である発酵液を肥料として利用し、生産した農作物の売り上げを人件費に充てることにした。当初、米や野菜を育て販売することを考えたが、大学内で筆者が使用できる限られた農地では、多くの野菜を育てることができず、人件費を捻出するほどの利益が望めないことが分かった。また、野菜などの生鮮食品は日持ちしないため、腐ってしまうと販売すらできなくなることも懸念された。

そこで、日持ちをさせるために、農作物を酒に変えることにした。ビール好きな筆者は、ビールホップを生産した。防災研究から誕生したビールであるため、「防災ビール」と名付けた。製造・販売をお願いした株式会社金澤ブルワリー(石川県金沢市)と相談し、1本売れるごとに一定金額を還元していただけることになった。酒類は、農作物をそのまま販売するよりも販売単価を高めに設定できることから、メタン発酵装置を運転していただく方の人件費も賄える計算が立った。メタン発酵と防災ビールづくりをセットにすることで、ランニングコストも賄える防災施設として、全国に普及できるかもしれない。

■ビールラベルに込めた思い

ビールラベルは、東北大学の先輩にあたる絵本作家に相談し、筆者の夢を1枚の絵で表現していただいた。

男の子が、雑草をもってきて、おじいさんに手渡す。

おじいさんは、その雑草でメタン発酵し、そのメタンガスで調理した温かいカレーライスを男の子にあげる。

おじいさんの左側には、メタンガスを燃料にしたガス灯がともる。

男の子の右側には、メタン発電で作った電気でスマートフォンの充電がされている。

まさに、2011年の震災時に困っていた「温かい食べ物」「夜のあかり」「携帯電話・スマートフォンの充電」を、雑草を発酵させることで達成している夢の絵だ。ビールラベルには、QRコードも掲載し、興味のある方には、さらに詳しい内容をご覧いただけるようにした。

ビールラベルの原画(作画:のむらうこ)

■普段も使える防災施設として導入拡大を目指す

近い将来必ず起こると言われる東南海地震や首都直下型地震等に備え、このメタン発酵装置を、一極集中ではなく各地に分散して置くことで、停電・停ガスを伴う災害時に人々の助けとなりたい。しかし、災害時に役立つだけでは、なかなか普及は進まない。

本メタン発酵装置は、普段から商業施設の光熱費削減に役立てることができる。スーパーマーケットや道の駅など、毎日食品ごみや野菜くずが発生する場所に本装置を設置すれば、それらを原料にしてメタン発酵ができる。得られたメタンガスは、惣菜づくりの調理用ガスとして利用できる。例えば、2,000m2の一般的なスーパーマーケットであれば、毎日50〜60kgの食品ごみが発生し、ここから一般家庭5世帯が毎日暮らせる都市ガス(メタンガス)を得ることができるため、スーパーマーケットの光熱費削減につながる。また、得られたメタンガスで発電すれば、一般家庭1世帯が毎日暮らせる電気もできる。このように、普段から人が集まり災害時に地域の防災拠点にもなるようなスーパーマーケットや道の駅に、このメタン発酵装置を設置し、普段からメタンガスで料理をし、携帯電話を充電していれば、災害時もこのシステムがそのまま生かせる。災害下で食品ごみがなければ、雑草や落ち葉を集めてメタン発酵させることも可能だ(図1)

図1 道の駅・スーパーマーケットへの導入イメージ

雑草や食品ごみを利用して、手軽に電気や都市ガスを作ることができるこのシステムは、循環型社会の実現にもつながっていく。現在、多くの企業、公的機関とディスカッションを重ね、事業化へ向けて進んでいる。2011年に経験した辛い被災生活を、もう誰にも経験してほしくない。

…話の性質上、少し固い読後感になってしまったかもしれない。もしよろしければ、防災ビールをお手に取っていただき、絵本作家さんの描かれた優しいビールラベルを眺めながら、一杯飲んでリラックスしていただけたら嬉しい**4

参考文献

**1:
Benner, R. et al. (1984) Appl. Environ. Microbiol., 47(5): 998-1004.
本文に戻る
**2:
Baba, Y. et al. (2017) J. Biosci. Bioeng., 123(4): 489-496.
本文に戻る
**3:
Baba, Y. et al. (2019) Microbes Environ., 34(4): 421-428.
本文に戻る
**4:
金澤ブルワリーホームページ
本文に戻る