特集文理融合・組織連携

総合大学の強みを生かした新潟大学における「日本酒学」の取り組み

新潟大学日本酒学センター 鈴木 一史

写真:新潟大学日本酒学センター 鈴木 一史

2022年8月15日

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■世界初・新潟発の「日本酒学」

新潟は日本を代表する日本酒の銘醸地の一つである。この地にある新潟大学で、世界初・新潟発となる新しい学問「日本酒学」を確立する取り組みがスタートした。新潟県の酒蔵数は全国で最も多い89蔵あり、全てが新潟県酒造組合に加盟している。さらに、新潟県は日本酒を専門とする都道府県立の唯一の研究機関である新潟県醸造試験場を有している。新潟県、新潟県酒造組合、新潟大学の3者は、2017年に日本酒学に係る連携協定を締結したことで、日本酒学の取り組みが本格的に始動した。日本酒学は、醸造学や発酵学などの従来の日本酒関連の学問にとどまらず、広範な学問を網羅する「対象限定・領域横断型」であり、日本文化や伝統に根差した日本酒に対象を絞った学問領域である。日本酒学誕生の経緯、新潟大学日本酒学センターの取り組みや将来展望について述べる。

■日本酒学誕生の経緯

日本酒の学問分野といえば、醸造学や発酵学を思い浮かべるが、これらを学ぶ学部は一般的に農学部(農学系の学部)となる。新潟大学農学部では、新潟県醸造試験場と日本酒関連の共同研究をしている複数の教員がいた。それらの活動をさらに発展させるため、当時の農学部長を含めた関連する教員による、新潟県醸造試験場との連携を強化して活動を可視化していこうという動きが2016年の春にあり、新潟県醸造試験場との協議を進めていた。同時期に、経済科学部(当時は経済学部)の教員から、日本酒を対象とした文理融合的な教育研究を行い、体系的な総合科学としての学問「日本酒学」を立ち上げないかという提案があった。この提案を受けて、両学部の関連する教員による協議が開始された。これにより、日本酒学の講義を立ち上げ、さらには日本酒を対象とした領域横断型の研究を行っていく構想が形作られてきた。新潟大学は、人文社会科学系、自然科学系、医歯学系の10学部(人文、教育、法、経済科学、理、医、歯、工、農、創生)と五つの大学院研究科、二つの附置研究所、医歯学総合病院などからなる、学生数12,000人以上の大規模総合大学である。このように、幅広い領域から構成される総合大学であることが、新潟大学で領域横断型の体系的な日本酒学が始まった背景としては重要な点になる(図1)。日本酒学の取り組みは大学だけでできるものではなく、新潟の酒蔵および新潟県醸造試験場の協力が必要不可欠であった。そこで、新潟県の酒蔵全てが加入している新潟県酒造組合、さらには新潟県に日本酒学の取り組みへの協力を求めた。その結果、新潟県、新潟県酒造組合、新潟大学の3者で2017年5月に日本酒学に係る連携協定を締結し、産官学の強固な連携体制が確立した。これにより、教育と現場との往還が可能な教育および研究体制の構築に向けた動きが大きく前進した。

図1 対象限定・領域横断型の学問である「日本酒学」

■ボルドー大学・ISVV訪問

3者連携の締結により、われわれは日本酒学講義の開講と、日本酒学センターの設立を目標に活動を開始した。ワインの世界では、ワイン学(Oenology)と呼ばれる学問分野がすでにあり、ワインの醸造学を核として、ブドウの栽培・収穫やワインの流通販売などの経済・経営やツーリズム、地球温暖化の影響まで、幅広い領域を視野に入れた学問となっている。われわれは、日本初・新潟発の日本酒学をワイン学に匹敵する学問に育てたいと考えていた。そこで、2018年2月にワインの世界的銘醸地フランス・ボルドーにあるボルドー大学のブドウ・ワイン科学研究所(ISVV)を、新潟県、新潟県酒造組合、新潟大学の3者で訪れる機会を得た。これによってワイン学を学び、同研究所との連携を模索することとした。Alain Blanchard所長をはじめとするISVVの研究者との会談は、非常に意義深いものであった。新潟大学の日本酒学の取り組みは準備段階であるにもかかわらず、強い関心を持ってもらった。特に、日本酒学の取り組みが最初から産官学の3者で連携している点への関心が高かった。加えて、ワインの世界でも日本酒が神秘的であることなどに対する関心が高く、日本酒学の取り組みの手応えを感じて帰国した。その後、同年3月には日本酒学センターの設立と日本酒学講義開講の記者会見を行い、日本酒学の取り組みの開始を広く発信した。また、記者会見の翌日に行われた「にいがた酒の陣」のイベントの中で、日本酒学のセミナーとポスタープレゼンテーションの機会を得た。会場を訪れていた新潟大学の学生や他大学の学生、さらには社会人の方々の、日本酒学の取り組みおよび日本酒学の講義に対しての強い関心を実感することができた。

■日本酒学センターの設立と「日本酒学」講義の立ち上げ

新潟大学日本酒学センターの前身にあたるセンターは、コア・ステーション制度を利用して2018年4月に設置された。これは、既存の学内組織にとらわれない本学の教員により構成されたグループが、高度な大学教育プログラムの開発や卓越した研究拠点の形成を目指して行う教育・研究活動を、申請に基づき学長が認定する制度である。この制度により、全10学部から約50人もの教員が参画して、前身となる日本酒学センターが開設され、3者連携の協定に基づき、日本酒学に関わる教育、研究、情報発信、国際交流の4本柱で活動を開始した。日本酒学センター設立直後から、様々な取り組みを展開し、内外に注目されるセンターとなった。そして、2020年1月には学長直下の組織である全学共同教育研究組織に格上げされた。これにより、5人の専任教員の再配置と5人の特任教員の採用が行われ、コア・ステーションに参画した教員は協力教員として日本酒学センターに参画する形となり、さらに推進室が設置され、日本酒学の取り組みを強力に推進する体制が整った。現在の日本酒学センターは三つの研究ユニットから構成されている。醸造、酒米などを研究する「醸造ユニット」、経済・社会や歴史・文化の領域からアプローチする「社会・文化ユニット」、医学や保健学の領域から日本酒を研究する「健康ユニット」である。これらのユニットに加えて様々な分野の協力教員が加わり、相互に連携していくことで、日本酒に関する領域横断型の研究を深めていく。さらに、日本酒学センターの研究施設の整備、日本酒製造免許の取得などにより、研究推進体制が整った。

教育においては、日本酒学を体系的な学問として創り上げていく第一歩として、日本酒学の基盤となる講義の構成を考え、それを日本酒学Aとして2018年4月から開講した。これは、全10学部の1年生から4年生までの全学部生が対象となる教養科目である。定員200人のところ、予想をはるかに超える820人以上の聴講希望が出され、日本酒学への関心の高さを実感した。そこで、定員を100人増やして300人として日本酒学Aの講義をスタートした。日本酒学Bは、日本酒学Aを学んで期末試験をクリアして単位を取得し、かつ、きき酒実習があるため20歳以上の学生のみが受講資格を有する実践型の講義である。これら日本酒学A、Bの内容を構成するにあたっては、新潟大学の教員だけでなく、新潟県酒造組合、新潟県(新潟県醸造試験場)と幾度も検討を重ねた。その結果、内容は厳選されて日本酒学の基本となる講義内容を固めることができ、しかも各講義は新潟大学の教員のみならず、その分野のエキスパートによる講義となった。さらに、2021年度からは、日本酒学センター所属の特任教員による、日本酒に関する多様な分野の最新研究について学ぶことができる日本酒学Cも開講した。日本酒学Aを聴講希望する学生は年々増加し、現在では毎年1,000人程度となっており、日本酒学は学生に広く認知された人気の講義となっている。

このように、教育・研究の両面から日本酒学という新しい学問にチャレンジしている。

■大学院日本酒学コースの設立

大学院においては、「日本酒学コース」博士前期課程が2022年4月から始まり、博士後期課程が2023年4月に設置されることが決定した。日本酒学のコンセプトに従い、日本酒を共通の軸として、学生自らの専門領域に加え、日本酒の幅広い多様な異なる領域を俯瞰(ふかん)した内容で文理融合型の教育研究を行う。実習では、日本酒製造のための実験室レベルでの実習に加え、新潟県醸造試験場および酒蔵での日本酒製造等の実習を行い、実社会で必要な課題解決・コミュニケーション能力を修得する。このように、産官学の3者連携を生かした教育と現場との往還が可能な体制となっている。

■日本酒学の様々な取り組みと将来に向けて

日本酒学センターを中心に日本酒学の取り組みは国内外に広がっている。ボルドー大学訪問の1年後の2019年には、ボルドー大学と新潟大学の大学間連携協定、ISVVと日本酒学センターの部局間連携協定が締結され交流が始まっている。日本酒学センターで開催している日本酒学シンポジウムでボルドー大学からの招待講演を実施し、2021年度からはワイン学と日本酒学とのサマースクールを開催している。また、学生の留学など、さらなる交流を検討している。さらに、ワインの研究で世界的に有名な米国・カリフォルニア大学デービス校とも2020年に連携協定を締結した。これにより、ワインと日本酒の教育研究の国際的な交流を進めていく。2021年9月には、山梨大学大学院総合研究部附属ワイン科学研究センター、鹿児島大学農学部附属焼酎・発酵学教育研究センター、新潟大学日本酒学センターの3センターで、酒類に係る教育、研究、地域貢献、産学連携および国際交流等の各面にわたって広く協力し、社会にその成果を還元し、わが国の発展、人材の育成に寄与することを目的として連携協定を締結し、その活動の第一弾として、同年11月、第1回日本の酒シンポジウムを開催し、多くの方に参加いただいた。また、文化庁「令和2年度日本博を契機とする文化資源コンテンツ創生事業」の採択を受け、主に外国人を対象とした日本酒学文化体験プログラムを映像コンテンツで展開した。今年度も文化庁から同様に採択を受け、発展型の日本酒学文化体験プログラム構築に向けて取り組んでいる。日本酒学センターが開設された2018年から、上記以外にも様々な取り組みを行っている。クラウドファンディングにもチャレンジして、多くの方々からのご支援で目標を達成した。これらの情報は新潟大学日本酒学センターのホームページを参照いただきたい。

今後も海外の大学との協定拡大、履修証明プログラムの構築、英語による講義の開講や国際インターンシップなどの実現に向けて取り組み、日本酒学の世界的な教育・研究拠点の形成を目指し、「日本酒を体系的に学ぶならば新潟大学」と世界的に認知されるよう教育・研究・情報発信・国際交流を柱に活動を展開していく。