特集文理融合・組織連携

台風科学技術研究センターとタイフーンショット計画

横浜国立大学 先端科学高等研究院 台風科学技術研究センター/教育学部 筆保 弘徳

2022年8月15日

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■台風科学技術研究センターの設立

2021年10月、横浜国立大学先端科学高等研究院に台風専門の研究機関「台風科学技術研究センター」が創設された(写真1)。この研究機関は産官学が一体となっており、大学や研究所の研究者はもちろん、気象庁や産業界からも人材が集まった。台風にはまだ解明されていないメカニズムもあり、台風の予測精度も十分ではない。近年でも、2018年の台風第21号や2019年の台風第15号(令和元年房総半島台風)や第19号(令和元年東日本台風)による大惨事の記憶が新しく、今もなお台風により甚大な被害に遭っている。そこで台風科学技術研究センターでは、台風をとことん研究して、台風被害がゼロになる社会を目指す。さらに、新たな研究成果や技術を直接的に社会に還元できるように推進する。

写真1 台風科学技術研究センターの開所式の様子

台風科学技術研究センターに所属する研究者の専門分野は、気象学にとどまらず、工学、人文学、法学、経済学、経営学など多岐にわたり、台風をキーワードにして文理融合・異分野で連携している。このように、専門性の垣根を越えた研究者が集結して取り組んでいるのは、未来に向けた壮大なミッション「タイフーンショット計画」。このタイフーンショット計画は、「台風の脅威を恵に」を旗印に、2050年までに台風の勢力を人為的に抑える技術と、台風エネルギーの利活用を実現する長期的かつ壮大な計画だ。本稿では、このタイフーンショット計画について紹介する。

■タイフーンショット計画

台風に人為的に介入をして勢力を弱めようという研究は、筆者らが初めて提案したものではない。歴史をひも解くと、米国では1940年代後半からハリケーンの人工制御の研究が始まっている。1969年には、米国海洋大気庁がハリケーンDebbieに対して、その中心付近に航空機からヨウ化銀を散布した。その介入の結果、散布した直後のハリケーンの風速が約30%軽減したという報告がある**1。一方、当時の日本でも、台風制御の研究に乗り出すかどうかの検討が行われていた**2。1961年に施行された災害対策基本法には、「台風に対する人為的調節の実施に努めなければならない」ことが記されている。しかし、台風に人為的介入をしようという取り組みには懸念があり、日本では台風制御研究が行われることはなかった。科学的な課題は、当時は台風のメカニズムそのものもまだ分かっていなかったことであった。そして、台風制御効果の検証、つまり「効果判定」が難しいことも課題であった。ハリケーンDebbieのケースでも、人為的介入後に風速の軽減があったが、介入しなかった場合でも台風の勢力は弱まったのではないか、という疑いがあった。相手が自然現象のために、一度でも台風に介入をしてしまうと、まったく同じ台風は存在しないために介入しなかった場合と比較ができず、人為的介入の効果を定量的に判断するのは非常に難しい。米国によるハリケーン制御の実証実験も、予測技術のさらなる高度化や台風そのもののメカニズム解明が求められて、このDebbieを最後に中断している。

半世紀が過ぎた現在、先人たちの研究により台風のメカニズムは明らかになってきた。さらに、計算機性能や数値シミュレーション技術は格段に上がり、数値シミュレーション上での台風への効果判定が可能になった。すでに科学的なブレイクスルーは起きていて、今こそ、台風の人工制御の研究を進められる条件が整ったと筆者らは考えた。そこで、志を同じにするメンバーとともに「チームタイフーンショット」を結成して、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業ミレニア・プログラムに応募し、台風制御研究がムーンショット型研究開発制度の新たな目標案となるかの調査検討を進めた。半年にわたる調査では、1万人の国民アンケート、約150人の専門家・有識者へのヒアリング、一般向け参加型のシンポジウムにおいて意見を集めた。倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)など解決しなければならない課題はたくさんあるが、まずは数値シミュレーション上で台風制御方法を模索すれば、実現する可能性があることも分かってきた。興味がある方は報告書**3をご覧いただきたい。

図1 令和元年房総半島台風の数値シミュレーション結果。(a)台風の中心気圧と(b) 最大風速の時間変化で、赤色が氷散布という人為的介入をしなかった場合で、青色が人為的介入をした場合の結果

本稿では、筆者自身が行った台風制御の効果判定の例を紹介する。筆者は令和元年房総半島台風を対象に数値シミュレーションを実施した。そして、台風の目の中で約30km四方に上空から氷を大量に複数回散布する数値シミュレーションを行った。散布しなかった場合の数値シミュレーション結果と比べて、台風の中心気圧が約5hPa上昇して最大風速は約3m/s低下した(図1)。この二つの数値シミュレーション結果の差が効果判定である。これはわずかな台風勢力の軽減量に思えるが、被害の観点から見ると実は大きな差となる。現代の科学技術をもってすれば、どの地域にどの程度の風が吹けばその地域にある建物がどのくらい被害に遭うのか、という定量的な被災建物棟数の予測ができる**4。この被災建物予測モデルを用いると、数値シミュレーション上の台風による建物被害は、氷を散布しなかった場合と比べて全体で約30%の建物被害軽減の効果が見積もられた(図2)。もちろん、制御方法としてもまだ検討しなければならないし、気象モデルや建物被害予測モデルの精度も上げなければならない。しかし、半世紀前にはなかった効果判定を示す技術が今はあることと、台風制御による社会的な影響まで見積もれることを示している。今後、台風科学技術研究センターに結集した研究者とともに、世界最速のスパコンや航空機観測や気象衛星など優れた気象観測技術を持つ日本の強みを生かし、台風制御に向けて数値シミュレーションの深化と精度向上を図っていく。

図2 リアルタイム被害予測ウェブサイト「シーマップ(cmap.dev)」と同じ建物被害予測モデルを用いたシミュレーション上での建物被害数。赤色が氷散布という人為的介入をしなかった場合のシミュレーション結果をインプットデータとしたもので、青色がした場合の結果。

タイフーンショット計画では、台風制御で台風からエネルギーを奪うのであれば、そのエネルギーをわれわれが利活用できないか、という野心的なテーマもある。つまり、台風の中で発電しようという試みだ。その一つの案は無人で動く帆船「台風発電帆船」を台風の風によって進ませて、水中のスクリューを回して発電する方法である。図3のように、台風進行方向の左後ろ側であれば、帆船は台風に伴って台風と同じ方向に進み、長時間の発電が可能となる。さらに台風の発達に重要な吹き込みの風を帆船の抵抗によって弱めることで、台風の勢力を弱めることにもつながる。台風は依然として脅威の存在であるが、見方を変えれば自然エネルギーの塊である。その巨大なエネルギーを有効な資源として利活用できれば、脱炭素社会の実現にも貢献できる。台風というネガティブな存在をポジティブに、そして日本を災害大国から再生可能エネルギーに恵まれた国に変えられるかもしれない。タイフーンショット計画は、幾つも越えなければならない壁があるが、実現できれば社会に大きな影響を与える挑戦である。

図3 台風発電帆船が効果的に発電できる台風からの相対位置

■ムーンショットで始まる

2021年9月、内閣府総合科学技術・イノベーション会議有識者議員懇談会において、ムーンショット型研究開発制度の新たな目標案が検討された。そして、ムーンショット型研究開発事業ミレニア・プログラムでチームタイフーンショットが提案するタイフーンショット計画の一部が採用されて、ムーンショット型研究開発事業目標8「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」が正式に決定した。さらに、2022年3月、筆者はJSTムーンショット型研究開発事業目標8で、コア研究「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」のプロジェクトマネージャーに採択された。

台風制御については、かれこれ10年以上にわたり各所で公言してきたが、単なる夢物語にしか受け取られなかった。それだけに、ムーンショット目標やプロジェクトマネージャーに採択されたことは、筆者らにとって大きな一歩となった。支援や評価してくださった皆さま、目標検討から採択にまでご協力くださったJSTには感謝している。もちろん、まだ台風制御研究のスタートをきっただけで、何も成し遂げたわけではない。これから、台風科学技術研究センターに集った仲間とともに、前人未到の研究に着手する。2050年、実はそれほど遠くない未来、台風による被害はゼロであり、台風のエネルギーを利活用する社会になっているだろう。

参考文献

**1:
藤原美幸,1971:台風の人工制御 ストームフューリー計画をめぐって,自然,57-63
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**2:
小元敬男,1971:熱帯性積乱雲の気象調節に関するセミナー報告,天気,605-616.
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**3:
「ムーンショット目標検討に向けた台風制御と台風発電についての研究開発と社会実装に関する調査研究」 調査研究報告書
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**4:
岡崎豪, レブルオリオル(エーオングループジャパン株式会社), 2017:「 ディープラーニングによる建物特性の抽出と台風被害想定の手法」,The 31st Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence
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