リポート

日本オリジナルビールで海外市場の開拓を目指す!

三重県工業研究所 丸山 裕慎

写真:三重県工業研究所 丸山 裕慎

2022年7月15日

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■クラフトビールの海外市場の可能性

近年、日本でもクラフトビールブームが到来し、年々堅調にシェアを伸ばしている一方で、日本産ビールの海外輸出が注目されている。日本政府は2017年に独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)内に設立した「日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)」を中心に、日本からの農林水産物や食品の輸出額を1兆円にまで引き上げる取り組みを推進しており、その重点品目*1の一つにクラフトビールが選ばれている*2。輸出のターゲット国であるクラフトビール先進国のアメリカでは、クラフトビールだけで年間389万kL消費されている。金額ベースでは、クラフトビールだけで日本の総ビール類と同等以上となっている。加えて、輸入ビールの消費量が年間627万kLあり、アメリカだけでも莫大な市場が広がっていることがうかがえるが、さらに、世界中のクラフトビール市場となると、その10倍の規模といわれ、クラフトビールの海外輸出には大きな可能性が広がっている(図1-A)。

(A)2021年の日本とアメリカのビール市場(出典をもとに算出)
(B)近年の日本酒類の輸出概況
図1 日本とアメリカのビール市場および日本産酒類の輸出概況

■日本産酒類の輸出の現状と課題

日本産酒類の輸出は、現在、国税庁ならびに農林水産省が力を入れており、バックアップ体制が充実している。清酒は、日本産酒類の「地理的名称制度を活用した地域ブランド化」により着実に輸出を伸ばしており、ウイスキーは、「ジャパニーズウイスキー」が世界5大ウイスキーの一つとして認識されている強みを生かし、2020年から清酒を抜き日本産酒類の輸出トップ品目になっている(図1-B)。これら輸出好調の2品目に比べ、ビールの輸出額は伸び悩んでいる。JFOODOによる調査では、輸出用の日本産クラフトビールの重要成功要因に「独自性」を挙げているが、現在の日本の輸出用ビールは、ワサビや茶などを副原料として使用することで日本風のフレーバーの付加を狙っているが、いずれも主原料は海外より輸入した麦芽やビール酵母およびホップであり、「独自性」が非常に弱く、競争力が低いことが課題となっている。

■世界戦略用の國酒「清酒」の技術を活用した日本オリジナルビールの開発

日本産クラフトビールの「独自性」について、日本の文化背景をイメージしやすい魅力的なビールを生み出せることに着目し、國酒(こくしゅ)である「清酒」製造技術の根幹を成す「清酒酵母」を活用することとした。そこで、有限会社二軒茶屋餅角屋本店(三重県伊勢市)と共同研究により三重県清酒酵母をもとにしたビール酵母を開発し、その酵母による新規ビール開発に着手した。清酒酵母はビールの主原料である麦汁の発酵性が著しく弱いため、清酒酵母をそのままビール醸造に応用したとしても、清酒のような華やかな吟醸香を引き出すことができないばかりか、そもそも満足なビールが醸造できない。そこで、麦汁の発酵能を改善した清酒酵母の育種を行うことで、麦汁が発酵し、かつ、清酒の吟醸香の生成が期待できる新規ビール酵母候補株を9株獲得した。これら9株の候補株についてビールの小仕込み試験を実施し、清酒のバナナ様の吟醸香である酢酸イソアミルと、リンゴ様の吟醸香であるカプロン酸エチルの生成量を確認したところ、対照として用いたビール酵母と比較し、酢酸イソアミルでは2.5倍から12倍、カプロン酸エチルでは3.5倍から14倍の生成量を示した(図2)。得られたビールの官能評価結果から、これら吟醸香に由来するような「果実様の香り」に加え、「甘くて瑞々(みずみず)しい」といった呈味特徴がみられ、清酒酵母由来のビールは既存のビールとは異なる酒質となる可能性が示された。

図2 小仕込みビールに含まれる吟醸香(A)酢酸イソアミル、(B)カプロン酸エチル

候補株のうち、香味のバランスが特に優れていたNo.3(以下、BMK3と呼ぶ)を代表株として、実規模(2,000L)の試作試験を実施した。BMK3は通常のビール酵母同様に主発酵期間の序盤から高い発酵性を示し、主発酵開始後4日目までに最終比重近くまで糖度が下がり、実規模のビール醸造条件においても、申し分ない発酵性を示した。さらに、試作ビールにおいても、酢酸イソアミルが2.3ppm、カプロン酸エチルが6.7ppmと高含有していることが確認でき、実施した官能評価からも小仕込み試験同様に、果実感や瑞々しさといったBMK3の特徴が感じられた。

試作ビールは「純麦吟醸IPA」として商品化され、「果実様」、「バラ様」といったBMK3の香気特徴であるエステル由来と思われる特徴香に好意的な意見が寄せられるなど、市場の反応も良好であった。さらに、インターナショナルビアカップ2021に純麦吟醸IPAを出品したところ、シルバーメダルを獲得し、BMK3によるビールのポテンシャルの高さが示された結果となった(図3)。

図3 BMK3による実規模醸造ビール(純麦吟醸IPA:有限会社二軒茶屋餅角屋本店)

■新規ビールの高品質化、その先のビアスタイル定着へ

上述したようにわれわれの目的は「海外市場の開拓」であり、そのアプローチとして「真に独自性を有した日本オリジナルビールの開発」を目指している。開発した新規ビールで世界シェアを狙うには、日本オリジナルのビアスタイルとして世界に認められることが望ましい。オリジナルビアスタイルとして認識されるには、他のビアスタイルと比較し独自性があり、高品質であることが重要となり、そのためには、日本国内のクラフトビールブルワリーが一体となり、新規日本オリジナルビアスタイルを海外にアピールすることが重要である。ゆえに、われわれは当該技術を広く活用できるように知財化し、新規ビールの高品質醸造のための支援体制を整えている。

試作ビールにおいては十分なポテンシャルの高さを示したBMK3だが、そのように商用利用を推し進めるためにはまだまだ多くの課題が残っている。特に、実規模醸造に向けたスケールアップの醸造データが圧倒的に不足しており、多くのブルワリーが使いやすいように、BMK3の実規模醸造データを蓄積することが喫緊の課題である。また、BMK3によるビールの特徴についてもまだ検討の余地がある。清酒醸造は極めて特殊な醸造環境であり、そこで活躍できる酵母として選抜されてきた清酒酵母は、多くの点で他の醸造用酵母と特徴が異なることが明らかにされている。そのため、この清酒酵母由来のBMK3によるビール醸造では、香気成分の特徴だけでなく、他の醸造用酵母とは一風変わったビールの特徴が期待できる。さらに、官能評価で確認されている、「清酒を連想するような瑞々しさ」の正体の解明など、興味は尽きない。

まだまだ粗削りなビールだが、クラフトビールの世界市場の大きさやそこに対して未開拓である現状を鑑みると、今後の展開に大きな期待を抱かずにはいられない。日本発のビールが世界に驚きをもたらせるよう、慎重かつ大胆にオリジナルなビアスタイルを育てていきたい。

*1:
農林水産省が定義する輸出重点品目とは異なります。
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*2:
2022年7月15日現在、JFOODOのクラフトビールプロモーションは2021年度以降休止中となっています。
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