特集カーボンニュートラル エネルギー編

木そのものを発酵して造る香り豊かな新しいお酒
山村地域の振興、国産材需要拡大への貢献を目指して

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 大塚 祐一郎

写真:国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 大塚 祐一郎

2022年7月15日

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■プロジェクト概要

木材の新しい前処理技術として、水の中で細胞壁の厚さを砕いてほぐす「湿式ミリング処理」を開発した。湿式ミリング処理は、熱処理や薬剤処理なしに木材の細胞壁に埋め込まれたセルロースを露出する。露出したセルロースは酵素でブドウ糖へ直接分解することができ、さらに遊離したブドウ糖はそのまま微生物発酵が可能である。われわれはこの新しい技術を応用して、木材を酵素と酵母で糖化・アルコール発酵して造る世界初の「木の酒」の製造技術を確立した。本稿ではその製造技術と「木の酒」の特徴、産業分野への橋渡しと今後の展望について述べる。

■木材の発酵を可能にする「湿式ミリング処理」

木材の主要成分はセルロース・ヘミセルロース・リグニンであり、これら三つの成分が木材の90%以上を構成する。これらの成分は互いに結合して強固な細胞壁という構造を作っている。セルロース・ヘミセルロースは酵素や微生物によって分解されやすい成分であるが、難分解性のリグニンが成分を覆って硬い細胞壁を形成しているため、木材を直接酵素や微生物で分解することは困難である。逆に言えば、この強固な細胞壁構造のおかげで、木材は100年以上も腐食しにくい耐久性のある建築材として利用価値が高い。

木材の細胞壁の厚さは一般的に2〜4μm(1μm=1/1000mm)と非常に薄い構造であり、この薄い細胞壁構造が密集して硬い木材を作り出している。われわれは木材の細胞壁の厚さを砕く新しい前処理技術「湿式ミリング処理」を開発した。これはカラーインクの製造現場で広く使われているビーズミル装置を応用して、木材を水中でビーズとの衝突により微粉砕する技術である。この技術により、それまでは困難だった1μm以下にまで木材を微粉砕することが可能となった。湿式ミリング処理によって木材の細胞壁の厚さが砕かれ、中に埋め込まれたセルロースが高効率に露出する。露出したセルロースは市販の酵素(セルラーゼ)によりブドウ糖に分解することができ、できたブドウ糖は微生物によって直接発酵することができる。

湿式ミリング処理は熱処理や薬剤処理なしに木材と水のみで処理ができることから、われわれは食品添加用のセルラーゼと醸造用の酵母を使って糖化・アルコール発酵を行うことで、木材を直接発酵して造る飲用のアルコールの製造が可能になると考えた。そこで、酒造免許を取得して木を発酵して造る世界初の「木の酒」の試験製造を開始した。

■「木の酒」の製造プロセスと生産効率

木の酒の製造プロセスを図1に示す。伐採した木材は樹皮を剥ぎ、チッパーでチップ状に粗粉砕した後、一般的な粉砕機で木粉状に加工する。木粉と水(飲用の天然水など)を所定の割合で混合し、ビーズミルの粉砕槽に流し込むことで1μm以下になるまで微粉砕する。湿式ミリング処理後の木材スラリーは露出したセルロースが水を吸って膨潤し、粘度の高いクリーム状となる。クリーム状の木材スラリーを糖化・発酵タンクに投入し、食品用のセルラーゼ酵素によってセルロースをブドウ糖に分解し、醸造用酵母によってブドウ糖をアルコールに発酵する。発酵後の発酵もろみを固液分離することでアルコール度数1-2度の「木の醸造酒」が得られる。また発酵もろみを2回蒸留することによりアルコール度数30-40度の「木の蒸留酒」が得られる。スギ、サクラ、シラカバにおいては製造効率の検討も行った。木材1,000kgからアルコール度数35%の蒸留酒を製造した場合の生産量を表1に示す。スギは比較的生産効率が高くウイスキーボトルで453本、サクラは202本、シラカバは185本製造できる計算となった。広葉樹であるサクラやシラカバは針葉樹のスギと比べて木材が硬いため、湿式ミリング処理による細胞壁の粉砕効率が低く、生産量の低下につながったと考えている。なお、樹齢50年ほどのスギであれば、スギ1本からウイスキーボトルで100本以上の蒸留酒が製造できる計算となる。詳細な製造方法については参考文献**1を参照されたい。

図1 木の酒の基本的な製造プロセス
表1 1,000kg の木材を原料とした場合のスギ、サクラ、シラカバにおけるアルコール生産量

■「木の酒」の特徴と魅力

われわれはこれまでに、スギ、シラカバ、サクラ(ソメイヨシノ、ヤマザクラ)、ミズナラ、クロモジの6樹種を原料に「木の酒」の試験製造を行ってきた。これら6樹種から製造した木の醸造酒および木の蒸留酒を写真1に示す。スギは樽酒を思わせる香り、シラカバは白ワインのようなフルーティーな香り、ソメイヨシノやヤマザクラは桜餅を連想させる華やかな香り、ミズナラはウイスキーを感じさせる芳醇な香り、クロモジは柑橘系の爽やかな香りと樹種ごとに異なる風味が醸し出されることが明らかとなった。日本には1,200種類もの樹種が存在すると言われているため、将来的には様々な樹種から様々な風味のお酒が造られることが期待される。

木の酒の魅力の一つとして、原料となった木が育った地域のストーリーを合わせられることが挙げられる。原料となった木が育った気候や山、その山から湧き出す湧水を仕込み水として使用するといったストーリーを合わせることで、その地域特有の木の酒を山村地域ごとに製造することが可能である。

またもう一つの木の酒の魅力としては、樹齢という時間のストーリーを合わせられることが挙げられる。ワインやウイスキーなどは製造年(ヴィンテージ)や熟成年数がその酒の価値を飛躍的に高め、20年以上の時間を経たワインやウイスキーは高値で取引されることが多い。木の酒の場合は原料に時間のストーリーが既に含まれており、一般に取引されるスギでは樹齢50年以上のものが多く、ブランドスギにおいては樹齢150年から200年を超えるものまである。例えば樹齢100年のスギを原料とした場合、その木材の年輪の中心には100年前にそのスギが光合成で作り出したセルロースを含む木材があり、そこから外側に向かって現在に至るまで全ての年に作られたセルロースを含む木材が年輪として含まれているのである。木の酒は、それら全ての時間をかけて造り出された木の成分を、酒として飲むことで自身の体に取り込み同化する体験を可能にする。時折台風などで推定樹齢1,000年以上の御神木が倒れてしまうことがあるが、このような木から木の酒を製造したとすると、木の酒の価値に計り知れない可能性を想像することができる。

写真1  6 樹種から試験製造した木の酒
左からスギ、シラカバ、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、ミズナラ、クロモジ;木の醸造酒(奥側);木の蒸留酒(手前側)

■産業分野への橋渡し

森林総合研究所では、木の酒の製造技術について2018年に特許出願し2021年に権利化している。これは森林総合研究所単体で権利化することで、日本の様々な山村地域で木の酒の事業化を目指す民間企業、団体に幅広くライセンス提供することを目的としている。すでに複数の民間企業、団体から特許の使用申請を受けており、具体的な事業プランを提示いただければ基本的には拒否することなく特許使用を許可させていただいている。現在、木の酒の特許技術を活用して、エシカル・スピリッツ社(東京都台東区)のWood Spiritsプロジェクトや有限会社さっぷ(北海道中川郡美深町)による北海道美深町の白樺を活用した白樺スピリッツプロジェクトが発足しており、木の酒の事業化に向けた検討が進められている。

■木の酒の安全性試験と今後の展望

人類史における酒の歴史は長く、2018年に1万3000年前の世界最古の醸造跡がイスラエルの洞窟で発見され報告されている。それから現在に至るまで様々な酒類が生み出され消費されてきたが、そのほとんどは穀物か果実の糖分を原料とした酒であり、木を直接発酵して酒を造った歴史はない。すなわち人類は木の酒を消費した経験がないために、本技術によって製造される「木の酒」を酒として飲むためには安全確認が必要である。そのため森林総合研究所では、スギ、シラカバ、ミズナラ、クロモジから製造した「木の酒」の基本的な安全性試験を実施した。その結果、これら4樹種から製造した「木の酒」においては問題となるデータは確認されなかった。今後はさらに樹種を拡大して安全性試験を実施していく予定である。

将来、日本各地の山村地域でその土地特有の樹種を原料とした様々な木の酒の製造・事業化が広がれば、山村地域の振興、国産材の高付加価値化と需要拡大、日本林業の成長産業化などにつながることが期待される。

本研究開発は、生物系特定産業技術研究支援センター(生研支援センター)のイノベーション創出強化研究推進事業「世界初!樹から造る『木の酒』の開発」および「木の酒の社会実装に向けた製造プロセスの開発と山村地域での事業条件の検討」による成果である。

参考文献

**1:
Production of flavorful alcohols from woods and possible applications for wood brews and liquors Otsuka, Y. et al. (2020) RSC Advances, 10: 39753-39762
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