特集カーボンニュートラル 森林編

樹木成分研究による森林資源の獣医学的活用

一般社団法人Pine Grace 代表理事 横田 博

2022年7月15日

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■概要

一般社団法人Pine Grace(パイングレース、北海道江別市)は、樹木の成分研究とその活用で森林の保全に貢献することを目的に活動している。この目的に賛同する多分野の方々がアカエゾマツ研究会(アカエゾマツサミット)に集い、後述するそれぞれの現場での研究や活動を通じてアカエゾマツを原材料とした製品の開発と販売(社会実装)を進めている。そして、これら一連の活動から派生する経済価値を地域や森林の保全に還元することがわれわれの活動の理念である。

■アカエゾマツ研究会立ち上げ経緯 ―なぜアカエゾマツなのか? ―

アカエゾマツ樹木が放つ甘く爽やかな香りを医療や福祉に活用できないか、アカエゾマツに経済的な価値を付与できないか、生産現場と研究現場の連携を構築できないか、アカエゾマツ精油に機能性を見いだし実社会で活用できないか、これらの思いを抱く4人が2016年10月に北海道東部(釧路地区)で出会い、それぞれの視点からアカエゾマツ研究を推進する目的でアカエゾマツ同好会が発足した。発足の直後、アカエゾマツ精油にストレス改善作用**1と病原菌に対する強い抗菌作用が見いだされた**23。木材としての欠点を多く抱えるため林業者にあまり歓迎されないアカエゾマツだが、過酷な環境下で生き抜ける要因を垣間見ることができ、この精油の幅広い利用可能性とアカエゾマツの明るい未来を感じた。

■製品化と法人化と現況

アカエゾマツ同好会の理念(最終目的)は森林保全への貢献として意見は一致した。これまで数々の同好会や研究会がこの理念を掲げて活動を推進するものの、直接的に森林保全に役立っている例は多くない。経済学の専門家から「利益を上げなければ、森林の保全は不可能」と促され、製品の開発や販売を決意した。「多方面からの協力を得る必要があり、責任ある法人とする必要がある」と促され法人化を決定した。それに前後して獣医臨床分野から驚きの臨床結果が寄せられた。本精油が牛の皮膚真菌症(ガンベ)治療に効果があり、一般的には治療に1カ月以上はかかるガンベの症状がほんの2~3週間で完治していた。当時の学生の卒業研究で取り上げ、追試でも同様の検証結果を得た**4。動物医薬を全国販売している企業から関心を寄せていただき、全国規模での臨床試験を行い良好な成績を得た。製品化は決定したものの、その名称を薬事法(現在は薬機法)の規制範囲に収める必要があることから「PGアロマ」という製品名に落ち着いた。今般、抗生物質の使用抑制のかかる医療現場では、それに替わる製品が強く求められており、このPGアロマは多方面から注目を集め広まりつつある。また、われわれの研究成果を知る札幌にある企業からは伴侶動物用製品の開発提案をいただき、本精油の効能で病原菌から伴侶動物を守る「スキンプロテクトスプレー」が開発された。このように研究成果が社会実装され、消費者から高い評価を得る機会はとても稀有であり、理事・会員の活動モチベーションを高めることになった。

■一般社団法人Pine Graceの目的

日本の約7割は森林で覆われており、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中ではフィンランドに次ぐ第2位の森林率を誇る。一方、日本の森林の4割は人工林であり、間伐などの手入れをしないと、林内が暗くて下草が育たず、時に山地災害を引き起こす。アカエゾマツは北海道内に約18万haの人工林が存在しており、「北海道の木」にも指定されている。アカエゾマツは他の樹木が生育しないような劣悪な環境でも生育するため、防風林や防霧林などの保安林として重要な役割を担ってきた。しかし、その間伐木は割れやすくヤニが多いなどの欠点から建築用材に向かず、林業における採算性は低い。そのため、森林の保全整備は公共事業や補助金に頼らざるを得ない状況になっている。また、主伐や間伐時に発生する枝葉、規格外サイズの苗木などは利用されずに廃棄されている。われわれは、下記に示す通り、これら枝葉や苗木の有効利用をすることで、アカエゾマツ樹木の経済的付加価値を高め、森林保全のインセンティブを高めることを目指した。

  • 森林、樹木、草花の機能成分を有効利用し、動物や人の健康福祉に貢献する。
  • 地域産業の発展に寄与し、森林を守る。

■活動コンセプト

一般社団法人Pine Graceの活動コンセプトは大きく研究と社会実装に区分される。森林近くに位置する精油の生産現場では、樹木の採取方法や蒸留方法、生産された精油の保存方法などについて日々研究を行っている。一方、大学では研究者の独自の関心に基づき、精油のリラクゼーション効果や抗菌性などについて、学生らとともに新発見を求めて日々基礎研究に務めている。製品の共同開発企業や販売先とのマッチングは主に都会に在住する理事や会員が担当している。いずれの研究・社会実装とも森林の保全を最終的な目的にしており、地球上で調和のとれた豊かな森林を保つことにつながる。また、地域で保有する価値(地域資源)を地域内で生産し森林に還元するシステム(価値のサステナブルシステム)を創ることも当法人の重要な活動コンセプトである(図1)。

図1 Pine Grace 活動コンセプト

■今後の計画

①Sustainable事業を目指し、アカエゾマツのカスケード利用の推進

蒸留過程で産出される精油のほか、芳香蒸留水(アロマウォーター)、抽出液、蒸留残渣などの全ての生産物を有効利用することを検討している。現在、以下により実現できると考えている。

  • 芳香蒸留水には、微量ながら精油の主成分を含み、幾つかの機能性があることが分かってきた。サウナ用のロウリュウ水として使用したいとの要望を受け、製品化し試験販売をしているが、好評である。
  • 抽出液はいわゆる煮汁である。濃茶色をしていて特徴的な香りがある。ある時、花の栽培をしている会員から「うどん粉病に効く」という声が挙がり、真菌や害虫の忌避に効くかもしれないと研究を進め成果を得ている。
  • 蒸留残渣は廃棄に困っていたが、エコプロ2021(東京ビックサイト)での展示会にて「コーヒー殻のバイオコークス」をPine Graceの理事が拝見し、アカエゾマツの蒸留残渣でもコークス化できないかと思い立った。製造元の井田民男教授(近畿大学)を訪ねたところ試作製造を快諾いただいた。その結果、アカエゾマツの蒸留残渣は煙を出さずに長く燃えるバイオコークスとなった。
②アトピー、抗生物質耐性菌(薬剤耐性菌)などへの製品開発

重篤な疾患に活用できる製品の開発を目指している。現在、皮膚真菌症の臨床研究からアトピー性皮膚炎や**5水虫の改善に可能性を見いだしている。さらに、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの薬剤耐性菌にも抗菌性を見いだしている**6。これまで同様、われわれの活動理念に賛同していただける医療関係組織と連携してこれらの製品を開発していきたいと考えている。

③自伐(型)林業への支援活動

小規模な自伐(型)林業への支援を行う計画を考えている。自伐(型)林業とは森林内の樹木を大規模に伐採することを避け、森林環境に配慮しつつ間伐を繰り返して収益を得る林業形態である。林業は環境を保全する活動であると同時に、収益を上げる必要のある産業である。つまり、森林を守り育てる営みの過程で、どのように利益を得るかが長年の課題であった。伐採には大型の重機を使うことが多く、小規模な事業所では多額の経費捻出が課題であった。しかし、仮に小規模な自伐(型)林業がわれわれの活動を取り入れ、林内廃棄されていた枝葉を有効活用すれば収益を上げることができる。ヒトや動物の健康に役立つ製品を開発できれば収益性も見込めるであろう。さらに、アカエゾマツ畑を構想している。一定程度成長した樹木の成長点を切断し、横に延びた枝葉を毎年収穫し、有効活用することで安定的に精油を生産する構想である。アカエゾマツを含む針広混交林を荒廃させない範囲で、森林浴、キャンプ、リトリート、ホーストレッキング、蒸留体験会などに活用する。昨年、林野庁主催のマッチングプログラム(SFA2021)で小規模な自伐型林業を目指す方と連携する機会を得た。現在、上述の未来に向かい動き出している。

参考文献

**1:
土居拓務、本田知之、安井由美子、前田尚之、酒巻美子、萩原寛暢、横田博、木育活動およびアカエゾマツ精油芳香曝露による唾液中ストレスホルモン(コルチゾール)の低減、Aroma Research 11月号、28-32 (2020)
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**2:
醍醐由香里、村田亮、鈴木一由、横田愽、内田郁夫、菊池直哉、乳房炎原因菌に対するアカエゾマツ(Picea glehnii)精油の抗菌活性、北海道獣医師会雑誌62, 135-139 (2018)
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**3:
山口昭弘、趙希英、佐藤彩音、亀田くるみ、前野奈緒子、家子貴裕、前田尚之、横田博、アカエゾマツ精油のアクネ菌に対する抗菌性、Aroma research, 22 (4), 361-367, 2021.
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**4:
石原慎太郎、友利愛子、宮庄拓、横田博、西康暢、大塚まりな、加納累、鈴木一由、牛皮膚糸状菌症におけるアカエゾマツ抽出精油の抗菌活性、2019年、北海道獣医師会発表
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**5:
宮庄拓、アカエゾマツ精油入り動物用ブラッシングスプレー『スキンプロテクト』のアトピー犬に対する効果、2019年アカエゾマツサミット発表
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**6:
友利愛子、横田博、西康暢、大塚まりな、杉山美恵子、豊田洋治、伊藤隆晶、鈴木一由、牛乳房炎乳由来Staphylococcus aureus耐性菌に対するアカエゾマツ精油の抗菌活性、2019年、北海道獣医師会発表(奨励賞受賞)
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