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個人向け遺伝子解析サービスが身近に
株式会社ジーンクエスト 代表取締役/株式会社ユーグレナ 執行役員 バイオインフォマティクス事業担当 高橋 祥子

2022年6月15日

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「お母さんに似ている」、「お父さんに似ている」。よく言われてきた。人は、科学が発達する以前から見た目で、遺伝情報をある程度認識していた。私たちは、両親の遺伝子を半分ずつもらってここにいる。遺伝子は体の設計図のようなもので、目が大きい、太りやすいなど外見から認識できるが、病気の発症リスクなどは、両親の病歴だけでは判断できない。

当初、遺伝子解析は、病気の治療や創薬などで専門家に活用されてきた。解析技術やデジタル化の進歩も相まって、一般の人でも気軽に利用できるようになってきた。その人の健康リスクや体質の遺伝的傾向、祖先のルーツを知ることができるようになった。また、自分の体質を知ることで生活習慣を改善し、リスク軽減の指標となる。

高橋祥子社長が東京大学博士課程2年の2013年に起業し、その翌年には個人向け大規模遺伝子解析サービスを事業化した株式会社ジーンクエスト(東京都港区)は、一般向け遺伝子解析のフロントランナーだ。

唾液を採取し返送するだけ、医療機関に出向く必要なし

サービスを利用するのは至って簡単で、同社のウェブサイトから、遺伝子解析キットを購入しマイページ登録する。届いたキットで唾液を採取し返送するだけで医療機関に出向く必要はない。キットを返送して4~6週間後には解析完了メールが届くので登録したマイページにログインし結果を確認する。いまや遺伝子解析がこんなに簡単で身近になっている。

300項目以上の健康リスクや体質の遺伝的傾向、祖先のルーツが分かるフルパッケージ版「ジーンクエストALL」は、肥満傾向やアルコール分解能力など、気になる体質も詳しくチェックでき、3万2780円(税込)だ。1度確認すればそれでもう利用しなくていいのではないかと考えがちだが、ジーンクエストALLは、新しい項目が追加されても、費用の追加は不要で、閲覧期限もなくいつでも最新データがチェックできる。

遺伝子解析は、遺伝的・潜在的傾向が分かるが、遺伝要因に加えて食事や運動、喫煙などの生活習慣といった環境要因も大事で、遺伝を知ることがゴールではなく、そこからが始まりだ。自身の体質を理解して、その傾向からどんな生活をしていくかの「羅針盤」で、暴飲暴食、過度なアルコール摂取など不摂生を繰り返していては、せっかくの羅針盤が役に立たない。

遺伝子解析データ通知後の対応が、利用者個人に委ねられていることなど、結果を手にした利用者が生活習慣改善(行動変容)を起こすに至るまでは、自己の行動に委ねられていることは言うまでもない。

起業当初は、個人向けの遺伝子解析サービスの認知度が低かったが、遺伝子にかかる周知も当時より進み向上しつつある。そして利用者の許諾を得られたデータは匿名でデータベース化し、国内外の製薬会社、食品・飲料メーカー、大学、研究機関など40カ所以上と共同研究も取り組んでいる。

起業はリスクなのか、博士はアカデミアが既定路線なのか

近年は研究者のキャリアが多様化している。

高橋社長によれば、今の教授世代は学生数とポストが釣り合っていて、博士課程に進めばそのままアカデミアに進むのが常識だったが近年は、圧倒的にポスト不足。一部の人しかアカデミアには進めない現状が見え隠れする。

東京大学の博士課程の学生にアンケートを取ると、ほとんどがアカデミア思考で、本当にアカデミアに行きたいのではなく、その道しかないのではと思い込んでいる人も少なくない。研究者としてアカデミアに進むのは、3分の1くらいではないか。米国や中国では博士号取得者が、ベンチャー企業の創業者になるなど、「研究者=アカデミア」の時代ではなくなっていることから、高橋社長は、アカデミア以外の道にも目を向けた方がいいと話す。

高橋社長の父親や叔父、いとこも医師で身近に生命科学を感じられる環境があった。高校時代に、父親の病院を見学したとき、病気になる前に何とかならないものか感じ、漠然と病気の予防を学ぶために大学へ進学したが、当初は起業が選択肢になく、研究者になるつもりだった。大学院で研究を重ねる過程で、研究しながらその成果を社会還元する手段として起業を選択した。

「キャリア形成において、何歳くらいで准教授、教授と先が見えてきます。ポストが空いているかどうかが関係してくるので、自分の努力で縮まることはありません。起業リスクより、大学に残る方がリスクです。失敗したとしても、新しいことに挑戦しない方がリスクです。会社を立ち上げる際、1億円借金するとかではないかぎり経済的リスクはそこまでありません。起業した方がリスクは少ないと考えました」。さらに「研究の先に、やりたいことを考えると、大学に通いながら一人で研究するより研究が進む仕組みを創った方が、結果的にデータも集まり、大学にいるより研究の進む度合いが早い。起業は、研究成果を社会に役立てながら研究できます」とさらっと、しかも淡々と語る姿が印象的だ。

起業はリスクが伴うものなのか、博士は研究者としてアカデミアに進むのが既定路線なのか。高橋社長は、そんな古い固定観念を見直す必要があると言う。

生命科学は常に倫理が問われ、時代で変わる

1980年代、母体から卵子を取り出し、体外で人工受精させ、再び子宮内に戻して着床妊娠させる体外人工受精児は「試験管ベビー」と呼ばれ宗教団体などから非難の的となった。しかし、不妊治療として今では年間5万人ほどの子供が体外受精などで生まれているという。社会が受け入れられるようになれば倫理基準も変わってくる。

2018年11月、中国の賀建奎(ホー・チエンコイ)博士が、ユーチューブ(YouTube)でゲノム編集技術のCRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)を用いて、遺伝子を改変した受精卵から双子の女児を誕生させたと公表し、中国内外から厳しい批判を浴びたのは記憶に新しい。ゲノム編集は、技術的には人の受精卵に応用は可能だが、可否についての基準や国際的な取り決めはなく、個々の倫理観に委ねられている。やっていいとすればどこまでなのかが曖昧(あいまい)だ。

遺伝子情報からは、発症する可能性の高い病気も知ることが可能だ。 遺伝子解析サービスの開始時には、癌の発症リスクを提供して、ショックを受けたらどうするのかなど、倫理についてよく言われたそうだ。

これについて米国はオープンで自己責任だが、日本は保守的で閉鎖的な一面は拭えない。日本でゲノム情報は、個人情報として扱うが、実はそうした国は少なく遺伝子解析サービスにかかる法律がない日本において、どこまでを知らせるか常に考えなければならないのが日本的倫理観だという。

新しいテクノロジーが社会に浸透していくとき、必ず新しいリスクも出現する。それを十分に把握して乗り越えていかなくてはならない。さらに倫理は、国や地域によって異なるので、日本国内の倫理観と、総合的に判断していく必要があると高橋社長は説明してくれた。

高学歴の女性が育児のために仕事を辞めるのは大問題

東大、女性をことさら強調されることに対して、どう考えるべきか尋ねてみると、高橋社長は、高校時代は理系クラスだったため同級生の女子は全員理系で、大学や研究室でも9割くらいが女性だったこともあり、女性だからバイアスがかかりギャップがあると感じてこなかった。それも妊娠して出産するまでで、妊娠・育児は体がきつくてどんなに大変なのか分かった。

出産後、同じ起業家で同世代の知人男性から、女性は育児があるから大変だねと言われてびっくりしたとも。育児は女性のものだと決めつけているようでジェンダーギャップを感じた。自治体が発行している、育児支援の冊子には、母親が育児をする前提で書いてあった。そして父親はできることから手伝いましょう…なんて。母親は育児があるから働いていなくて当たり前が前提なので、バイアスがかかっていると打ち明けてくれた。

また仕事で、夜にとあるイベントに行くと、今日子供は? と尋ねられることが多い。夫が見ていると応じると、優しいねと返してくる。いや優しいじゃなくて、共働きでパートナーなのだから対等に育児するのは当たり前だろう。これでは女性の社会進出が遅れるのは当然だと内心感じているとも。女性が育児のために仕方なく仕事を辞めるのは大問題と提言する。「淡々」から会話調に変わる受け答えに安堵した。続けて趣味はと話題を変えると、日常生活でもデータを採って分析するのが好きで、睡眠時間、摂取カロリー、体温、体重などモニタリングしている。タンパク質やカロリー摂取の最適量や睡眠時間は、それを指標にして決める。体調が悪いときは、そのデータとの関係性を検証してみたり。子供(1歳)が生まれてからのデータも採り分析していると結構楽しいのだと言う。

ゲノムは出発点、将来は自分の研究所を持ちたい。超高齢化社会に伴う課題をサイエンスで解決したいと言う。少し意地悪な質問もしてみたと打ち明けるとフィギュアスケートも趣味ですと返ってきた。

(本誌編集長 山口泰博)