リポート

果実の色の物差しである果実カラーチャート

新潟大学 自然科学系 准教授 元永 佳孝

2022年6月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

■概要

果実の色は収穫適期の判断、追熟管理、品質管理などの重要な指標であるが、色の情報は人間の感覚であり、心理的、経験的な要因を内包するため、その評価は容易ではなく、評価基準としてカラーチャートが用いられる。果実の色を評価するためのカラーチャートとしては、農林水産省果樹試験場(現国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 果樹茶業研究部門)の監修で製品化され、日本園芸農業協同組合連合会が販売している果実の標準果色値板がある。ただ、このカラーチャートは、対応品目、品種が限定されている上、単色矩形のチャートで構成されているため、表面に凹凸があり、模様もある果実の色の評価では評価者による誤差が大きいという問題があった。また、評価値は色空間において不連続であることから、その数値は線形的に扱うことができなかった。それらの問題を解決し、現場で利用できるように考えられたのが、色彩画像処理をベースにしたデジタル処理による果実カラーチャートである。このカラーチャートの開発の主な手順は、対象果実に適した撮影システムの構築、果実画像の取得、色彩解析による果実の色変化モデルの構築、形状解析による果実の標準形状の算出、カラーマッチングによるカラーチャートの試作、完成形カラーチャートの印刷である。

■色彩画像処理による色計測

色の測定は、一般的には測色計で行われるが、表面に凹凸や模様がある果実の色の計測には不向きである。そのため、色彩画像処理による色計測が用いられる。色彩画像処理による色計測では、撮影した画像の画素値であるRGB値をもとに対象物の色を算出することになるが、ヤング・ヘルムホルツの三色説に基づいて、RGB値からXYZ値への変換は可能である。ただし、測色計に比べ、色彩画像計測では計測システムが煩雑になるという問題点がある。また、撮像機器にデジタルカメラを利用する場合は十分な知識と配慮が必要となる。それは、最近のデジタルカメラでは受光素子と画像処理LSIが一体となって機能するものが多く、カメラ内部で様々な加工処理が施されるためである。色計測に悪影響を及ぼすカメラ内部での画像処理を無効化した撮影が必要となる。また、画像を取得する設定においても、非可逆圧縮を行うJPEG形式などでは明るさの情報は保持されるが、色彩の情報は間引きされるため、色計測精度は低下する。画像形式はRAW形式か非圧縮もしくは可逆圧縮の形式での保存が必要である。さらに、デジタルカメラなどの撮影機器で撮影された画像の色はRGB値で表現されているため、RGB表色系(CIE*1でもRGB表色系の規定があるが、ここではカメラが有する色空間としてのRGB表色系を意味する)での色の取り扱いとなるが、このRGB値は照明条件、撮影を行ったカメラ固有の受光特性と撮影時のカメラ設定によって決定されている。つまり、RGB表色系での値といっても、画像を撮影した条件によって異なった色空間の値となるため、照明条件と撮影条件を完全に一致させなければ、色の比較や解析は行えない。言い換えれば、照明条件と撮影条件によって、それぞれ異なったRGB表色系の画像が生成されているということである。そのため、色空間の同一性を精査することが色彩画像処理による色計測では重要である。

■果実の色彩解析

果実は成熟に伴い、その表面色が変化することから、果実の色は収穫の指標となる。また、追熟を有する果実では、収穫後も代謝生理が維持され、成熟を行うため、出荷の指標や品質管理における品質因子としても利用される。果実の成熟に伴う表面色の変化は含有色素の消失や生成によるものであり、色空間での色変化モデルとして捉えることができる。追熟を有する果実では、同じ果実で連続的に色変化を計測することが可能であるが、追熟しない果実の場合は成熟度合いの異なる多様な果実の色計測を行い、色空間での色変化を把握する必要がある。

色変化モデルの構築が行えれば、未熟から完熟までの果実の色を連続的に表現できるようになる。色を表現する色空間を体系化したものが表色系であるが、表色系は顕色系と混色系の二種類がある。混色系では線形空間であるため、数理的に色情報を扱うことが可能であるが、顕色系は非線形空間であるため、数理的な取り扱いは基本的にできない。しかし、顕色系では人間の感覚に準じた座標軸を有しており、感覚的な理解には向いている。そのため、色変化モデルの構築は混色系で行い、色の表記などでは顕色系で行っている。

■果実の形状解析

果実カラーチャートを用いた果実の色評価は基本的に比色法であるが、実際の果実の色評価では色知覚の段階で果実の形による影響を受ける。そのため、単色矩形のチャートより、色模様があり、果実の形を有したチャートの方が評価精度は向上する。しかし、果実の形は千差万別であり、一つとして同じものはない。そこで、果実の標準形状を形状解析により算出している。具体的には、画像から得られた果実の輪郭情報であるXY座標を極座標系と接線座標系を組み合わせたrθφ座標に変換する。ここで、r(動径)は大きさの情報であるが、θ(動径とY軸のなす角)とφ(動径と接線のなす角)は大きさに依存しない形状だけの情報となる。変換された果実の輪郭のθφデータは周期を有する波形情報であるため、波形の平均化処理を行うことで果実の標準形状、正確に言うと平均形状が算出できる。

■果実カラーチャートの事例

果実のカラーチャートは、生産や出荷の現場での色管理を行う上で最も利便性の高いツールの一つであるが、チャートは何段階が良いか、各段階の刻みの基準は何が良いかなど利用目的に適したものが必要となる。さらに、色の評価精度が重要になる。カラーチャートを用いた色評価の精度とは、複数の評価者が色評価を行った時の誤差と標準偏差を意味する。

果実カラーチャートは人工物である限り、天然物である果実の色を完全に表現することは不可能である。そのため、色の評価精度を高めるためには人間の視知覚を利用した擬似的な表現が必要となってくる。そこで、果実の色模様と果形を有した果実カラーチャートを開発した。また、カラーチャートの印刷では、カラーマッチング技法が必要となる。色を扱う機器として、果実の色計測に用いるカメラ、カラーチャートを作成する過程で表示するモニター、印刷で使用するプリンターの主に3種類の機器があるが、カメラ、モニター、プリンターそれぞれが独自の色空間を有しており、それらの色空間を合致させるような変換が必要となる。その技法がカラーマッチングであり、デジタル処理で作成されるカラーチャートでは不可欠な処理となっている。このような処理を施し、作成された果実カラーチャートの一例として、図1にル レクチエ(セイヨウナシ)の果実カラーチャートを示す。このカラーチャートは、40~50日間かかる追熟過程での追熟進度を評価するため、収穫時の未熟果の色から完熟果の色までを12段階で表現している。このカラーチャートは実用化されており、新潟県のル レクチエ生産農家の約3分の2の方々が利用している。生産農家は、このカラーチャートを用いて、追熟進度を見ながら、出荷調整のための追熟管理や出荷時期の判断を行っている。

図1 ル レクチエ果実カラーチャート

次に、図2にシャインマスカット(ブドウ)の果実カラーチャート(フルスケール版)を示す。このカラーチャートは水回り期から収穫終期までの果実の色変化を12段階で表現したもので、栽培管理、栽培試験用に開発したものであり、試験場の研究員や普及員が利用している。このカラーチャートの各チャートは色差が等間隔であり、その数値は線形的に扱うことが可能であるため、果実の成熟度の評価に適している。また、これをベースに作成されたものが図3であり、こちらは生産農家が収穫適期の判定に用いる普及版となっている。このカラーチャートは6段階で収穫初期では3を基準に2を下限、4を上限とした収穫を、収穫終期では、4を基準に3を下限、5を上限とした収穫を行うためのものである。シャインマスカットの収穫時期は他の果樹より比較的長いため、その時期によって収穫基準を変更している。このように果実カラーチャートは利用目的によって、その仕様は多様であるが、デジタル処理によるカラーチャートでは柔軟な対応が可能となっている。

図2 フルスケール版シャインマスカット果実カラーチャート
図3 普及版シャインマスカット果実カラーチャート
*1:
国際照明委員会
本文に戻る