特集コンソーシアム

オープンイノベーションを基盤としたデータ駆動型新well-being社会システムの実現

弘前大学 健康未来イノベーションセンター (医学研究科附属) 副センター長 教授 村下 公一

写真:弘前大学 健康未来イノベーションセンター (医学研究科附属) 副センター長 教授 村下 公一

2022年6月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

■はじめに

弘前大学の所在する青森県は、厚生労働省が5年ごとに発表する「都道府県別生命表の概況」によれば、男女ともに長年にわたり全国最下位(平均寿命が最短)であり、日本一の「短命県」の状況が続いている**1。これは単なる高齢者の寿命の違いではなく、特に働き盛り世代の死亡率の高さに起因するもので、背景には喫煙率の高さなど不適切な生活習慣の原因となる県民の健康意識(ヘルスリテラシー)の低さが関与していると考えられている。

本学では、この状況から脱却すべく2005年から「岩木健康増進プロジェクト」と名付けた地域健康増進活動を展開し、その一環として毎年1,000人超の弘前市民を対象とした大規模合同健康調査を継続して実施している。

この取り組みをきっかけに2013年には文部科学省の革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)の拠点として採択され、今日の活動に至っている。

■岩木健康増進プロジェクト

大規模合同健康調査「岩木健康増進プロジェクト健診」は、地区の大規模な公民館(ホール)で、毎日約300人もの医師を含む医療系スタッフが連続10日間ほどにわたり、1日当たり約100人、計1,000人を超える住民に対して実施する大規模な住民合同健診(健康検査)である。検査ブース数は例年約50にもなり、受診者1人当たりの健診に要する時間は平均して5~7時間となっている。新型コロナウイルス感染症の拡大以降も、リモートや非接触での測定方法なども取り入れて健診を継続し、これまで17年間で延べ約2万人(小中学生を含む)の健常人の健康情報(健康ビッグデータ)を蓄積し続けてきた。この膨大な超多項目健康ビッグデータ(約3,000項目)は、個人のゲノムから生理・生化学、生活活動、社会環境に至るまでの広範囲の内容を包含する網羅的なデータ構造(図1)となっている。このように全身健康(機能)に関するあらゆる内容を包含する網羅的なデータ構造、項目数・対象人数の多さは世界的にも類例がなく、本拠点の大きな特長であり、優位性となっている。健診の参加者はほとんどが健常者であり、健診により得られるデータが健常者の「健康情報」である点も大きな特長である**2

図1 超多項目健康ビッグデータ

2013年に文部科学省のCOI STREAMの拠点に採択されて以降、花王株式会社、ライオン株式会社、味の素株式会社、明治安田生命保険相互会社、カゴメ株式会社など多様な業種の企業や大学、研究機関など、約80機関がプロジェクトに参画し、超多項目健康ビッグデータの解析を通じて得られる疾患予兆法の開発、予兆された因子に基づく予防法の開発などの研究課題に戦略的に取り組んできた(図2)。

図2 弘前大学COI拠点における研究開発の概要

■超多項目健康ビッグデータ

岩木健康増進プロジェクト健診により蓄積された本拠点の超多項目健康ビッグデータの解析は、学内ほぼ全ての医学系講座および学部が参加しているほか、京都大学、東京大学、東京大学医科学研究所、名古屋大学、東京医科歯科大学などの生物統計、臨床統計、バイオインフォマティクス、人工知能(AI)の第一級の専門家がビッグデータ解析タスクチームを結成して解析にあたっている。加えて参画企業や研究機関などからも多様な分野の専門家が一大集結し、互いの強みを生かしながら戦略的アライアンスの下実施しており一大健康研究プラットフォームが構築されている。

成果の一つとして近年、糖尿病をはじめ20種以上の主要疾患の発症を高精度で予測できる(AUC0.8以上)画期的な疾患発症予測モデル(AI)が創出されつつある。AUC とは Area Under Curve(曲線の下の面積)のことで、縦横0.0〜1.0の間のROC曲線の下にある領域の面積を指す。AI技術の一種である機械学習と階層ベイズモデリングを組み合わせることで、個人の健診データに基づき、個人個人に最適で効果的な健康改善プランを提案するAIの開発に成功し、本研究成果は「Nature Communications」のオンライン版に掲載された**3。また内臓脂肪と腸内細菌の関係についての共同研究においては、性別にかかわらず腸内細菌ブラウティア(Blautia)菌を多く持つ人の方がより内臓脂肪面積が少ないことを初めて発見するなど、データの解析から数多くの知見も得られている**4

また、岩木健康増進プロジェクト健診で蓄積した超多項目健康ビッグデータをハブとして、全国各地で実施されているコホート研究をはじめとする各種の健康・医療データと連携することで、新たな研究・成果につなげる取り組みも主体的に推進している。非常に厳格な個人情報管理システム運用の下、京都府立医科大学(京丹後長寿コホート)、九州大学(久山町研究)、名桜大学(やんばる版プロジェクト健診)、和歌山県立医科大学(和歌山ヘルスプロモーションスタディ)、それぞれの健康データと連携・包含して解析を実施しており、全国縦断的なデータ連携基盤が構築され、相互補完的な連携解析や比較分析などが進行していて、大学間の戦略的データ連携が着実に形成されている。

■オープンイノベーション体制の構築

本拠点では、一般市民や地元中小企業・金融機関・大手企業を含む産学官民金の全てのステークホルダーが一体となり、それぞれの活動を多様に展開し、健康研究および健康増進活動のオープンイノベーション・プラットフォームをリアルに構築している(図3)。参画企業との連携では、多数の共同研究に加えて、2022年4月現在、学内に15の共同講座を開設し(図4)、超多項目健康ビッグデータをベースに課題解決に向けて取り組んでいる。花王、味の素、サントリー食品インターナショナル株式会社、明治安田生命などをはじめ、大手有力企業などの共同研究講座開設による大型研究開発投資導入に成功し、現在年間約3~5億円の民間資金獲得を達成し、強固な産学連携研究ネットワーク基盤を確立した。

図3 強固なオープンイノベーション推進体制の構築
図4 15の共同研究講座

■健康増進に向けた社会環境づくり

本拠点では、住民の健康増進に向けた社会環境づくり(ソーシャルキャピタル醸成)を重要視しており、ヘルスリテラシー改善のため、一般市民を巻き込んで健康教育・啓発を推進している。

活動例に、青森県内40全ての市町村の首長による「健康宣言」の実施、青森県医師会附属「健やか力推進センター」の健康づくり活動の一端として「健康リーダー」の育成、各教育委員会と連携した小中学校での健康教育の実施などがある。企業の健康経営支援には、青森県の働き盛り世代の健康づくりを目的に、従業員の健康管理を経営的視点から戦略的に実践する「健康経営」に取り組む県内事業者を「青森県健康経営事業所」として認定する独自の制度を創出した。同制度は従業員の健康増進に資するのみならず、経営面でのインセンティブも付与しており、中小事業者を含め全県的に取り組みが広がっている。

■新行動変容プログラム「QOL健診」

本拠点では、長年にわたりわが国の健康・医療に貢献してきた従来型の健康診断をさらに補完・増強すべく、新行動変容プログラム「QOL(生活の質)健診」の開発に取り組んでいる。この健診の最大の特長は健診受診後の「健康教育(啓発)」に重点を置いている点で、「健康教育」に機軸を置くことにより、ヘルスリテラシーを向上させ、健診後の行動変容を促すことを目指す戦略的な取り組みである。

従来型の健診では結果の通知に時間を要すること、受診者にとってはなじみのない専門用語での説明、通知後の支援が受診者個人に委ねられていることなど、結果を手にした受診者が生活習慣改善(行動変容)を起こすに至るまでに難しい側面があった。この要因の一つに、受診者が行動変容を起こすためのヘルスリテラシーを保持しておらず、自身の健康を“自分ごと化”しにくいことが挙げられるかと思われる。

このため本拠点では従来型健診をさらに補完することを目的に、これまでのノウハウや知見を凝縮した新行動変容プログラムとして、「QOL健診」の開発に取り組んでいる。この健診の特長は、検査項目を「メタボリックシンドローム」「ロコモティブシンドローム」「口腔保健」「うつ病・認知症」の四つの重要領域に絞り込み、健診当日約2~3時間程度で健診の実施・結果通知、その後の目標設定をし、行動変容に向けた健康教育までを一気通貫で完結させるコンパクト型のプログラムパッケージである(図5)。

測定には本拠点の参画企業が開発した最先端のデバイスも随時採用しており、拠点の超多項目健康ビッグデータ解析などの研究成果を反映して、随時更新していくことが可能となっている。例えば内臓脂肪では、従前は測定の際に接触して計測していたが、新しい技術の導入により受診者の体の前面と側面をスマートフォンなどで写真撮影するのみの簡易かつ非接触の方法により、かなりの精度で内臓脂肪量を推計することが可能となるなど、随時デジタルトランスフォーメーション(DX)技術の導入を進めている。

併せて「QOL健診」の実施後に、さらに行動変容を強化していくことを目的に、簡易に操作できるデバイスなどを使用して体組成や血圧などを測定し、定期的なセルフ健康チェックを行うことにより受診者自身が自分の健康状態を客観的に知ってもらう「セルフモニタリング」を支援し、フォローアップの健康教育も実施している。

これまで「QOL健診」と「セルフモニタリング」をパッケージ化して展開し、成果も上がってきている。受診者のヘルスリテラシーが男女共に上昇、医療費の削減の推計、食事(タンパク質、食物繊維の摂取量)や肥満指数(BMI)、体脂肪率、筋肉量、血圧、各値の改善など、主要な健康指標の改善が認められている。

この「QOL健診」「セルフモニタリング」はSDGsへの貢献を見据え、日本国内にとどまらずアジア諸国を中心とした世界への展開も目指しており、2018年度には健康診断が国の制度的にも義務化されているベトナム社会主義共和国での展開のため現地調査を開始し、2019年には独立行政法人国際協力機構(JICA)の「草の根技術協力事業(草の根協力支援型)」としての採択も受けた。最終的には得た知見を基に、周辺の開発途上国はじめ世界に普及展開していくことを目指している。

図5 新行動変容プログラム「QOL健診」

■おわりに

COIの拠点に採択されて以降、様々な取り組みを展開してきたところであるが、青森県は最新の平均寿命ランキング(2017)において、男性の平均寿命の伸び幅が全国3位に浮上した**5。また、2010~2016年の健康寿命の伸び幅も、男性が第1位、女性が第7位と成果を上げ**6、他にも、がん検診率や運動習慣、血圧など多くの主要健康指標において改善傾向がみられたところである。

以上本拠点では、地域の産学官民が一体となって健康ビッグデータと最新科学がもたらす「健康長寿社会」を達成し、社会課題解決「短命県返上」と地域経済活性化の同時実現を目指し、引き続き活動を展開していく。最終的には、複数のSDGs、SDG3(すべての人に健康と福祉を)、SDG4(質の高い教育をみんなに)、SDG9(産業と技術革新の基盤をつくろう)、SDG11(住み続けられるまちづくりを)などへの貢献につなげていきたい(図6)。また、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム構築(デジタルツイン)により、そこに住み、日々の生活を通して知らず知らずに自然に健康的になれるような社会環境などを総合的に整備・構築し、経済発展と社会的課題の解決を両立する「Society5.0」の世界観の実現に向けて、今後もチャレンジし続けたい。

図6 SDGsへの貢献

参考文献

**1:
厚生労働省「平成27年都道府県別生命表の概況(2017年12月13日)」
本文に戻る
**2:
Nakaji, S., Ihara, K., Sawada, K. et al.: SAGE Open Med 9:1-13,2021.
本文に戻る
**3:
Nakamura, K., Kojima, R., Uchino, E., et al.: Nat Commun 12:3088,2021.
本文に戻る
**4:
Ozato, N., Saito, S., Yamaguchi, T. et al.: NPJ Biofilms Microbiomes 5:28,2019.
本文に戻る
**5:
青森県健康福祉部「平成27年青森県版生命表の概況」(2017年12月)
本文に戻る
**6:
厚生労働科学研究「健康寿命及び地域格差の要因分析と健康増進対策の効果検証に関する報告」(2016~2018年度)
本文に戻る