特集地域とともに公立大学

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックに対する大学病院としての取り組み

横浜市立大学附属病院 感染制御部 部長 加藤 英明

写真:横浜市立大学附属病院 感染制御部 部長 加藤 英明

2022年5月15日

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■クルーズ船に始まった新型コロナウイルス感染症診療

2020年2月初旬、横浜港を出て東南アジアを周遊した大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の船内で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が流行し、3,700人の乗員・乗客のうち712人が感染するアウトブレイクが発生した。中国に渡航歴のある1人の乗客から広がったと推測されており、1月20日に横浜港を出港し東南アジア、沖縄を周遊したダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に2月3日に入港したときには多くの肺炎患者が発生していた。横浜港には臨時の検疫所が設けられ、PCR検査を行って陰性の乗客から下船させると同時に肺炎を疑う症状(咳、発熱、呼吸困難)がある患者は国内各地の医療機関に搬送された。712人の患者を搬送するため無症状者、軽症者は遠方へ、症状が重く遠方への搬送が困難な症例は神奈川県内を中心に搬送された。本学附属病院(以下、当院)に第一例の患者が搬送されたのは2月9日(日曜日)の午後であった。その時点ではまだ患者受け入れの体制は整備できておらず、神奈川県庁から緊急搬送の連絡を受けた私たちは急きょ救急用の集中治療室(ICU)を受け入れ病床として調整した。感染症法では各都道府県に1種(神奈川県で1施設)と2種(同6施設)の感染症指定医療機関が指定されている。しかし1種、2種の指定医療機関だけでは数が足りず、感染症指定ではない多くの医療機関が患者受け入れをした。私たちの病院も例外ではなく、結核病棟は持っているものの海外から持ち込まれるような新興・再興感染症の対応を想定した構造になっていない。例えば感染者専用の搬入経路がないため通常のエレベーターを一般の患者と時間を分けて搬送するなどの工夫をした。また新興・再興感染症を想定した職員の訓練も行っていない。職員の中にも未知の新興・再興感染症を診療することには敬遠するような空気もあった。私たちは職員向けの説明会や感染対策訓練を繰り返し行い、COVID-19患者を受け入れる体制を構築してきた。この際、頼りになったのは海外(特に中国)からの情報発信であった。流行の先行した中国からは学術情報が発信されたため、それを参考に病棟の設備や配置、患者の動線などを決めることができた。この頃は一般の医療機関が発熱、肺炎症状のある患者の診療を避けるようになり、私たち大学病院など地域の中核病院が率先して患者の受け入れを行わなければならなかった。

■治療方針の模索

私たちは大型クルーズ船から7人の患者を受け入れた。それと並行して国内で海外渡航歴のない方々からも感染者が見られるようになり、国内で流行が始まっていることが実感された。この頃一番困ったのは治療薬の選択であった。現在では「治療のてびき」として厚生労働省からガイドラインが出されているが、当初は治療薬が確立していなかったため診断、治療は手探りであった。治療薬としては論文などでコロナウイルスに有効性が期待されている薬剤を検索し、当院では抗HIV薬の一つであるロピナビル/リトナビルやインフルエンザ薬のペラミビル等を使用したが、神奈川県内ではC型肝炎のウイルス薬や免疫グロブリン製剤などを使用している病院もあった**1。この頃はそれぞれの病院がCOVID-19患者の診療をしていることを公にせず互いの病院がどのような治療をしているか共有することが難しかったため、私も他院の感染症診療医と電話やメールで情報交換をしたものである。これらの薬剤は新型コロナウイルス肺炎に適応が得られていないことから学内の倫理委員会の承認を得て、患者・家族に同意を得ながら使用した。残念ながら、この頃に使用した薬剤のほとんどはその後の研究によって有効性が否定され、現在は新型コロナウイルス感染症には使用されない。当時から有効な薬剤が分かっていれば、と悔しい思いがあるのも確かである。その中で当院ではクルーズ船の外国籍患者に対して、米国でもまだ未承認だった抗ウイルス薬レムデシビルの供与を受ける機会があった**2。幸いにも患者は大きな副作用もなく肺炎から回復し、その後レムデシビルは新型コロナウイルス肺炎の標準治療として広く認められることになった。このような「人道的な見地から救命措置としての未承認薬の使用」はコンパッショネート・ユースと呼ばれ、今回のCOVID-19で一定のコンセンサスが得られるようになった(もちろん有効性や副作用モニタリングはより厳重に要求される)。治験としてもファビピラビル(アビガン®)の治験に参加することで国内の製薬開発の一部に協力できたことは大きな経験であった**3

多診療科によるCOVID-19診療チームのキックオフミーティング

■検査法の確立と開発

PCR検査という言葉がCOVID-19の流行によって一般市民にまで広く知られるようになった。PCR検査は拡散増幅による病原体遺伝子検出技術であり、病原体だけでなくがん遺伝子などヒトのゲノム解析などにも広く使われる技術である。ただ、筆者の感覚として日本の医療現場では、インフルエンザなどでよく知られているイムノクロマト法などの迅速検査(精度は劣るがその場で短時間に結果が分かる方法)が好まれ、時間と労力のかかるPCR検査は好まれてこなかった。COVID-19では流行の当初からPCR検査が標準的な検査方法として公開され、最初は国家機関だけで行われていたものが市町村の衛生研究所へ、流行開始から半年で一般の医療機関でも独自に行うことが可能になった。私たちが困ったのは、通常は行っていないPCR検査を誰が行うか、ということであった。PCR検査は意外と繊細で正確性が問われるため、臨床検査技師を通常業務の間に研修に出し、また医学部の各研究室からリアルタイムPCR機器をお借りして検査体制を作った。この体制は第1〜6波の流行にも対応し、また院内での感染集団事例(クラスター)の対策においても大きな力を発揮することとなった。また基礎と臨床との連携としては、本学の基礎研究室を中心に抗原、抗体検査の開発を行ってきている。実用化の一つにPCR検査に代わる診断用機器の開発がある。PCR検査は非常に感度・特異度共に高いが(少ないウイルス量でも確実に陽性反応が出る、かつ感染していない人ではほぼ陰性になる)、残念ながら検査技師の技量と検体採取から2〜3時間の検査時間が必要である。私たちはウイルス抗原を用いた迅速診断機器の開発をメーカーと共同で行っており、実際の患者での性能評価試験を行っている。また、ウイルスに対する免疫反応を測定する抗体検査の開発も行っており、主にワクチン接種者の免疫能の評価として学術的な報告を行っている**4

■多方面と関連する大学病院としての新興・再興感染症診療

本稿では治療薬、検査の2点で主な取り組みを紹介したが、COVID-19の流行は大学附属病院としてどのような役割ができるかを考える良い機会になった。大学病院は本来、難病、がんなどに対する高度先進医療の開発、提供を行う所であり、本来の業務ではない感染症診療をどこまで行うべきかの問い掛けは常にあった。現実には流行初期は他の医療機関ではCOVID-19の対応ができなかったため、また流行が定着してからは感染者数が予想を超えて増加したため大学病院であっても感染症診療を行わなければならなかった。その中で当院ではCOVID-19診療を行いつつ、本来の役目である高度先進医療の提供、開発、医育機関としての教育活動を継続してきた。上記では研究開発にも触れたが、大学病院にとってCOVID-19診療と本来の業務との兼ね合い、高度医療機関としての医療の質、医育機関としての教育機能を維持していくことは一般医療機関にはない試練である。

幸いにも日本は新興・再興感染症の流行を経験してこなかった。例えば2003年のSARSコロナウイルスや、2009年の新型インフルエンザは日本では大きな問題にならなかったため、危機意識が低かったのは確かである。しかしCOVID-19の流行はどこでどのような形で新興・再興感染症が入ってくるか分からない事実を再認識することになった。このような感染症の緊急事態に必要なのは情報収集能力と日頃からの感染症診療の経験である。病院としては新型インフルエンザを想定して横浜市と合同で行ってきたシミュレーション訓練の経験と、その際に建てた隔離診察室が役に立った。個人としては国内、海外での渡航感染トレーニングコースや海外学会に参加してきた経験が生きたと思う。執筆時点(2022年3月)までに当院では新型コロナウイルス陽性者は770人、入院患者317人の診療に当たってきた。多くの方に知っていただきたいのは、感染症診療の専門を持つ医療職は絶対的に少ないということである**5。私たちもCOVID-19の流行が始まって1年間は医師1人、看護師1人の体制であったし、周囲の多くの病院も少数のスタッフが情報収集、職員教育、現場での診療、病院執行部や行政諸機関との連絡調整など多くの業務をこなす状況であった。人材育成、組織の構築は一朝一夕ではできない。医療の中でも(軽視されてきた)感染症のスタッフ養成を、10年後、20年後を見据えて考えて行くことが必要だ。

参考文献

**1:
Kato H, Shimizu H, Shibue Y, et al. Clinical course of 2019 novel coronavirus disease (COVID-19) in individuals present during the outbreak on the Diamond Princess cruise ship. J Infect Chemother. 2020;26(8):865-869.
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**2:
Grein J, Ohmagari N, Shin D, et al. Compassionate Use of Remdesivir for Patients with Severe Covid-19. N Engl J Med. 2020;382(24):2327-2336.
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**3:
Doi Y, Hibino M, Hase R, et al. A prospective, randomized, open-label trial of early versus late favipiravir in hospitalized patients with COVID-19. A prospective, randomized, open-label trial of early versus late favipiravir in hospitalized patients with COVID-19. Antimicrob Agents Chemother. 2020:AAC.01897-20.
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**4:
Kato H, Miyakawa K, Ohtake N, et al. Antibody titers against the Alpha, Beta, Gamma, and Delta variants of SARS-CoV-2 induced by BNT162b2 vaccination measured using automated chemiluminescent enzyme immunoassay. J Infect Chemother. 2022;28(2):273-278.
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**5:
日本感染症学会ウェブサイト.感染症専門医の医師像・適正数について.2019年2月5日.
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