リポート

老舗蔵元×恐竜学:異色コラボレーションによる地域ブランド力の向上

恐竜技術研究ラボ 研究員 今井 拓哉
吉田酒造有限会社 代表取締役 吉田 由香里

2022年3月15日

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■産業との結び付きが弱い基礎科学をデザインで訴求

日本酒「恐竜辞典」とその関連グッズは、酒造りのプロフェッショナルと恐竜学を専門とする研究者がコラボレーションした企画である。福井県永平寺町に古くから酒蔵を構え、筆者の吉田由香里が代表を務める吉田酒造有限会社(以下、吉田酒造)と、同じく筆者の今井拓哉をはじめとする福井県立大学恐竜学研究所の教員が参加する民間組織である恐竜技術研究ラボ(以下、恐竜技研)が共同制作し、2021年11月から、吉田酒造のECサイトや、福井県内のスーパー、道の駅などで販売している。この記事では、なぜ福井県の老舗蔵元が恐竜学研究者とともに日本酒と恐竜によるコラボレーション事業を行い、地域ブランド向上を目指したのかを、その事業の解説を通して紹介する。

日本酒×恐竜。一見なんの関連もなさそうな二分野の共通点は、双方が福井県を代表する地域ブランドの一つという点である。福井県は古くから豊富な水と水田を生かした酒造りが盛んな土地あり、酒どころとしてよく知られている。北部を中心に老舗の酒蔵が数多く存在し、吉田酒造もその一つである。一方、福井県は恐竜化石産出量が国内で最も多く、県内からは合計6種類の新種の恐竜(鳥類を含む)が発見された**1。その点から福井県は恐竜学を教育や観光の主軸の一つに位置付け、2000年に開館した福井県立恐竜博物館や、2013年に設置された福井県立大学恐竜学研究所をはじめとする拠点を構えてる。

この異分野協力による地域ブランド力向上を目指した企画の発端は、恐竜学側にあった。恐竜学は、教育・観光分野では非常に訴求力が高く、サブカルチャーとしての人気も根強い。一方、基礎科学分野であるがゆえにモノづくり産業との結び付きが弱く、産学連携の動きが生まれにくいという課題がある。そこで今井は、福井県立大学名誉教授の東洋一博士、並びに地球科学可視化技術研究所株式会社の芝原暁彦代表取締役とともに、2020年4月に恐竜技研を立ち上げ、恐竜学と産業の橋渡しを目指すことにした。そして、その事業の一つとして、福井県ブランドでありデザインテーマとしての魅力を持つ恐竜により、古くからの文化と伝統を持つ県内産業をより活気づけられないかと考えた。古くからの文化と伝統を持つ県内産業として今井らが注目したのが、日本酒だったのである。

果たして、恐竜技研と吉田酒造における企画会議の結果、恐竜の持つ広い訴求力と日本酒が受け継ぐ産業文化と伝統を融合させることで、両者の地域ブランド力向上が見込めるという意見の一致に至った。恐竜技研が吉田酒造に協力を仰いだ理由は、まず、同社が福井県立大学恐竜学研究所の位置する福井県永平寺町に酒蔵を構えており、産学連携による地域ブランドの向上という目的においては最も意義のある相手先だと考えたからだ。また、吉田酒造は、これまでも様々なテーマ性を備えた日本酒を造ってきており、今回のような前例のないコラボレーションであっても両者前向きに検討することができるであろうという見込みもあった。

■6種類の新種恐竜を用いる

2020年初夏から事業は開始され、デザインモチーフには、福井県で発見された6種類の新種の恐竜を用いることになった。ここでは、プロのサイエンス・イラストレーターであるツク之助氏のイラストに対し、福井県立大学恐竜学研究所の教員らが監修に協力することで、学術的に正確なデザインであるというブランド付加価値を与えることに主眼を置いた。このように学術監修を伴う恐竜デザインが日本酒に採用されることは、筆者らが知る限りは初めてである。また、日本酒に関連したオリジナル商品として、Tシャツ、トートバッグ、酒粕スープの制作も行い、こちらもツク之助氏に加え、恐竜骨格図のデザインを、学術論文での骨格図制作などでも実績を持つG.Masukawa氏に依頼した。さらに、恐竜辞典という日本酒名が示す通り、福井県の恐竜の学術的な魅力を購入者に伝えたいという思いから日本酒のラベルにはQRコードを添付し、オンラインで前述の6種の恐竜の解説文を閲覧できるようにした。肝心の日本酒にもこだわって検討した結果、「恐竜辞典」をきっかけにして日本酒を体験する層には飲みやすく、一方で日本酒愛好家を飽きさせないようなバランスの良い味わいのものを用いることになった。デザインの監修などを重ねて、最終的に商品が全て出来上がったのは2021年9月だった。

図*
写真1 日本酒「恐竜辞典」の外箱パッケージ
(生体復元画:ツク之助)

日本酒「恐竜辞典」の外箱パッケージには、フルカラーの6種類の恐竜が集合したイラストを用い、福井県の恐竜であり日本酒であることを前面に打ち出している(写真1)。また、QRコードを用い、福井県の恐竜に関する解説をオンラインで閲覧できるようにすることで、見て味わう楽しみだけではなく、学ぶ楽しみも得られるように工夫した。日本酒そのものについては、吉田酒造が仕込んだ特別純米酒を用い、幅広い顧客に受け入れられる味わいを目指した。酒瓶のラベルには、シックな二色刷りの恐竜イラストを配置したが、こちらのイラストは一種類ごとのものとして、好みの恐竜ラベルを選んで購入できるようにした。同時に制作したTシャツ、トートバッグも二色刷りとし、恐竜でありながら大人でも使いやすく派手過ぎないデザイン性を心掛けた。一方、酒粕スープはノンアルコールであることから子どもにも親しんでもらえるよう、カラフルでポップな福井県の恐竜をデザインした(写真2)。これらの商品では、選び、見て、味わい、学ぶという様々な楽しみが生まれる。これは日本酒×恐竜という異分野コラボレーションならではの特徴ではないだろうか。

まだ売り出したばかりということもあり、成果や課題の多くは今後見えてくることだろう。

図*
写真2 酒瓶ラベル、T シャツ、トートバッグ、酒粕スープ
(生体復元画:ツク之助、骨格復元画:G.Masukawa)

■一致しない日本酒と恐竜ファンを逆手に異色性で好奇心を

ここでは、2022年1月末時点で筆者らが気付いたこと、考えたことを述べたい。まず、事業を開始し、吉田酒造と恐竜技研の両者が話し合ったことで明らかになった事実だが、日本酒と恐竜のファン層は見事に一致しない。つまり、恐竜は子どもから学生、そしてその親といった若年層に愛好家が集中することに対し、日本酒の愛好家は中高年がほとんどだ。日本酒と恐竜がコラボレーションした本事業は、互いの分野において普及の度合いが低かった層に対する訴求力を持つという意味で、ブランド力の向上に分かりやすく貢献できたと言えるだろう。また今回、恐竜の持つデザイン的な訴求力によって、地元蔵元の魅力をより広くプレゼンテーションできたという意義は大きい。そして、日本酒ブランドに学術という要素を加えることにより、商品に対する新たな付加価値を生み出すこともできた。つまり、食における嗜好品としてだけではなく、福井県ならではの恐竜学と組み合わせることにより、学びという好奇心を満たせるものが生まれたのである。実際に、2021年4月には、吉田酒造が主催する白龍蔵祭り2021において、「恐竜×日本酒座談会」と題し、福井県の恐竜に関する講座を行い、福井県の日本酒と恐竜の関連について話し合った。オンライン開催であったが、県内外からの参加者には、福井県の地酒を楽しみつつ恐竜という福井県ブランドについて学ぶことで、地域の魅力をより体感していただくことができた(写真3)。近年の日本酒造りでは、IoTの活用や、テロ・ノワール化を通して日本酒の振興を学術分野から推し進める動きもあり、今回の事業はこういった動きの一端と捉えることもできるかもしれない。

写真3
写真3 恐竜×日本酒座談会

今後の課題としては、地域ブランド同士の連携を一過性にしないということが重要である。今回の事業では、日本酒と恐竜という異色のコラボレーションによる話題性を得ることができた。しかし、単に話題性だけを武器に同様の事業を企画しても、産業側にも学術側にも発展はないだろう。今回の事業の成果を客観的に分析し、こうした異分野ブランドにおけるコラボレーションの有効性を評価しつつ、地域ブランド同士で効果的に相互協力する手段を模索しなければならない。

日本酒と恐竜化石の共通点をあえて挙げるとするならば、それは地域に根差した自然の恩恵であるという点だ。適した土地、水がなければ日本酒は生まれないし、適した地層、地形がなければ恐竜の化石は見つからない。このような自然環境に根差した地域ブランド同士であるならば、日本酒や恐竜に限らず、柔軟な発想で相互に高め合い、新たな価値を生み出すことができるのではないだろうか。

参考文献

**1:
服部創紀. 2021. 個性豊かな恐竜王国の仲間たち. In 福井県立大学恐竜学研究所(編)“ 福井恐竜学”. 福井県立大学. 福井. 40–51.
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