リポート

パルスパワーを用いた新しいアニサキス殺虫技術

熊本大学産業ナノマテリアル研究所 准教授 浪平 隆男

写真:熊本大学産業ナノマテリアル研究所 准教授 浪平 隆男

2022年3月15日

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■プロジェクトの概要

現在、日本人の代表的・伝統的な食文化である魚の生食(冷凍・解凍ではない刺身)が、アニサキスという寄生虫のために、衰退の危機にさらされております。本プロジェクトでは、魚の生食文化を次世代および世界へつなぐために、刺身の品質を落とすことなく、アニサキスを死滅させる技術を、パルスパワーという特殊な電気エネルギーの使用形態を用いることで開発いたしましたので、ここに紹介いたします。

■背景

食中毒というと、カンピロバクターやノロウイルスなどの細菌やウイルスを原因としたものを想像される方が多いと思いますが、近年では魚介類へ寄生するアニサキスを原因とした食中毒(アニサキス症)の発生件数が最多となっております。アニサキス症は、ヒトが生の魚(主に刺身)を食した際に、同時に、生きたアニサキスを摂取することで発症し、激しい腹痛や吐き気、嘔吐といった症状を伴います。この予防方法として、厚生労働省は、刺身を食する前の「目視でのアニサキスの除去」もしくは「−20℃での24時間以上の冷凍によるアニサキスの殺虫」を推奨しておりますが、アニサキス症を完全に予防できる冷凍殺虫は、冷凍・解凍した刺身が食感やうまみの面で生の刺身に見劣りするため、アニサキス症を完全には予防できないものの、目視除去による刺身の提供は少なくありません。そのため、除去しきれなかったアニサキスによる食中毒が現状年間400件程度発生しており、その発生件数は年々右肩上がりで推移しております**1。この現状下、水産業界においては、生の刺身を提供できなくなる時代が来るといったことがまことしやかにささやかれており、それに伴う日本の誇る生食文化の衰退が懸念されております。事実、欧米においては現在、魚の生食に対する冷凍処理が完全に義務化されております。このような状況を打開するために、水産業界では、生の刺身の良さを保ちつつ、刺身に潜むアニサキスを殺虫する技術・装置が切望されておりました。

■課題・打開策

日本において、アニサキスは、1970年代には既に認知されており、それから現在にいたるまで、紫外線や放射線、超音波、高圧力などの物理的殺虫や調味料や添加物、薬品などの化学的殺虫が試みられてまいりましたが、いずれの方法も刺身をおいしく食べられる状態での殺虫には成功しておりません**2写真1に外観を示しておりますが、アニサキスは、長さ2〜3cm、太さ0.5〜1.0mm程度の半透明の白いミミズのような見た目の線虫であります。見た目は「白いミミズ」と表現いたしましたが、実際に触ってみると、硬い殻のような機械的保護膜(角皮)で覆われており、例えば、カッターで切ろうとすると、「ゴリゴリ」とナイロン製の釣り糸を切断しているかのような感触であり、この角皮がアニサキスへあらゆる外的刺激に対する耐性を与えているものと考えられます。

写真1
写真1 アニサキス

本プロジェクトでは、この屈強なアニサキスに対して、巨大な電力「パルスパワー」にて対抗することと致しました。パルスパワーとは、コンセントの交流やバッテリーの直流とは異なる特殊な電気エネルギーの使用形態であり、単的に言えば、わずかな時間だけ発生する非常に大きな電力となります。雷は自然界におけるパルスパワーの代表であり、ここで使用するパルスパワーは人工雷と呼ぶこともできます。パルスパワーの大きな特徴としては、①非常に大きな電力である、これは電気エネルギーのできる仕事を格段に増やしました、②非常に短時間である、これは放電や熱などの種々の現象を過度状態で制御可能とし、非平衡状態を容易に形成可能としました、③パルスとパルス間の適切な緩衝時間、これはパルスによる活性履歴を制御可能としました、といった三つが挙げられます。

本プロジェクトにて開発した「パルスパワーを用いたアニサキス殺虫装置」は、図1に示すように、最大電力1億ワット(100MW)および時間幅200マイクロ秒(200us)を有するパルスパワーを使用しており、これが刺身の品質を保ちつつ、刺身に潜むアニサキスを感電死させることを可能といたしました。すなわち、大電力ゆえに刺身に守られたアニサキスを感電させることができ、かつ、短時間ゆえに刺身の加熱は最小限に抑えられ、適正な緩衝(冷却)時間を設けたがゆえに刺身への熱の蓄積がない、そのためにアニサキスの殺虫と刺身品質の保持を両立できたということになります。

図1
図1 アニサキス殺虫装置におけるパルスパワー(Fisheries Science へ掲載決定)

■成果

2021年1月、福岡市東区箱崎にある水産加工業を営む株式会社ジャパンシーフーズ箱崎工場へ、熊本大学にて最終調整を完了したアニサキス殺虫装置のプロトタイプ機を移設した(写真2)。その後、6カ月間にわたって、プロトタイプ機のアニサキス殺虫能力を確認する最終試験を実施した。試験内容は、アニサキスを10隻(アニサキスは「匹」ではなく「隻(せき)」と数える)仕込んだアジフィーレ60枚およびアニサキスを1隻仕込んだアジフィーレ400枚、合計1,000隻のアニサキスをランダムにプロトタイプ機にて処理し、そのアニサキス殺虫状況を確認するものであった。その結果、1,000隻全てのアニサキスの死滅を確認でき、プロトタイプ機の殺虫率は99.9%以上であることが実証された。

写真2
写真2 アニサキス殺虫装置プロトタイプ機

また、殺虫処理したアジフィーレの品質評価も実施しており、外観やにおい、食感、味、総合評価を項目とした官能評価(図2)、および、色彩や細胞状態、弾性(ぷりぷり感)、硬さ(ぼそぼそ感)、もろさ(ぱさぱさ感)、うまみ成分量、におい成分量、鮮度指標(K値)、ナトリウム量、pHを項目とした物性評価とも、未処理のアジフィーレと遜色ないことを確認している。さらに微生物やヒスタミン、溶出金属の確認においても全てにおいて基準値以下が達成されており、食品としての安全性も担保できている。これらは、魚のプロである豊洲の卸業者や飲食店の料理人、ジャパンインターナショナルシーフードショー来場者など多くの試食をいただいた方々から、「パルス処理の有無は全く分からない」と口を揃えて話していただいていることからも確認できる。

図2
図2 アジフィーレ官能評価結果

■今後の展望 コンソーシアム「パルス電流殺虫技術研究会」の発足

プロトタイプ機のアジフィーレ処理能力は、5分間で約3kg(150フィーレ程度)であり、1日あたりのパルス処理済アジフィーレ生産量は約300kgとなる。現在、本技術・装置およびパルス処理済フィーレの社会実装を目標に、1日あたりの生産量4トンを誇る大規模アニサキス殺虫装置の開発をすでに開始しており、2025年3月の完成へ向けて、全関係者が鋭意努力しておりますので、皆さまにはぜひ、ご期待いただくともに、様々なご協力を賜ることができますと幸いです。

また、本プロジェクトの最終目的である「魚の生食文化を次世代および世界へつなぐ」ためには、本技術・装置が食品の国際規格であるコーデックス(CODEX)の規格や推奨となる必要がございます。そのためには、これまでの産学連携による技術・装置開発に加えて、官の連携によるコーデックス加盟国内の合意形成が必須となりますので、ぜひ、お力添えをいただけますようお願い申し上げます。

最後に、来る2022年4月、パルス電流殺虫技術の有効利用に関する調査、研究、開発並びに提言を行い、おいしくかつ安心・安全な生鮮食品(魚介類、畜肉類、青果類)の提供および食品由来の寄生虫症の制圧を目指すコンソーシアム「パルス電流殺虫技術研究会」の発足を予定しております。具体的には、①大規模殺虫装置の開発、②原魚殺虫装置の開発、③小型(卓上)殺虫装置の開発、④畜肉などへの展開、⑤顧みられない熱帯病:寄生虫症の制圧、⑥日本発の寄生虫殺虫技術としての国際規格化、⑦パルス電流殺虫の機序解明などの課題へ取り組むこととしており、あらゆる業界・分野・所属の方々に参加いただけることを期待しております。ご興味のある方々は、パルス電流殺虫技術研究会専用eメール()もしくは浪平()宛へご連絡をいただけますと、その詳細をご案内差し上げます。

参考文献

**1:
厚生労働省食中毒統計資料
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**2:
大石等, 日本水産學會誌, Vol.37, pp.1020-1030, 1971
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