リポート

産学官連携による共創で地域課題の解決を
学生主体モデルによるがん検診受診率向上施策

社会福祉法人聖隷福祉事業団 保健事業部総合企画室 室長兼聖隷予防検診センター 事務長 池田 孝行

写真:社会福祉法人聖隷福祉事業団 保健事業部総合企画室 室長兼聖隷予防検診センター 事務長 池田 孝行

2022年2月15日

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静岡県を中心に人間ドックや健康診断、がん検診などの予防医療を展開する社会福祉法人聖隷福祉事業団保健事業部(静岡県浜松市)では、2019年度より聖隷クリストファー大学(同)と、AYA世代*1に向けた女性のがん検診啓発活動を行う「SGE♥プロジェクト」*2を設立、産学官連携により地域の課題解決に向けた活動を展開している。

今回、本プロジェクトの企画立案および事業推進者の一人として、設立の経緯やこれまでの活動、今後の方向性などについてお示しする。

■がん検診の受診状況 低い受診率

日本で最大の死因として挙げられる「がん(悪性新生物)」は、定期的ながん検診の受診による早期発見、早期治療によりリスク低減が可能である。しかし受診率は低く、中でも乳がん・子宮頸がん検診は、諸外国が国策により高い受診率を維持する一方、日本の受診率は4割程度にとどまっている。

また近年、婦人科系のがん罹患(りかん)数や死亡者数は増加傾向にある。乳がんは40歳代後半以降、子宮頸がんは成人以降に罹患数が急増するが、その現状は広く知られていない。市町村から若い世代に検診無料クーポンを配布しているにもかかわらず受診率の低迷が報告されており、その理由の多くは「多忙で受診する時間がない」や「健康に異常がなく必要性を感じない」などである。

低い日本の検診受診率**1

■本プロジェクト発足の経緯

私が所属する聖隷予防検診センターでは、以前より「女性検診推進プロジェクト」を立ち上げ、SDGsが掲げる目標「予防や治療を通じた非感染性疾患による若年死亡率の低減」等を目指し、がん検診の受診啓発を行っている。

当地域の検診受診数は少しずつ増加しているものの、前述の通りAYA世代の受診率は伸び悩んでいた。そこで、スタッフとともに、どのような手法であれば行動変容を起こすことができるのかを検討した結果、そもそも「忙しい中でもなぜ検診を受ける必要があるのか」や「なぜ検診によるがんの早期発見が重要なのか」を自分事として認識してもらう必要があると考えた。そしてその点を、医療従事者からだけではなく同世代の女性から共感を呼ぶような分かりやすい言葉で伝えることで課題解決につながるのではないかという仮説を立てた。

そこで2019年8月、近隣に所在する聖隷クリストファー大学看護学部の先生に対し、学生を中心とした婦人科検診啓発プロジェクト設立を打診したところ快諾をいただき、同年10月に学生が主体となり大学と当センターがその活動を支援する本プロジェクトが発足した。

構築時、①コンセプトの明確化、②(卒業によって自然解散しないよう)継続した仕組みとすることの2点を念頭に置いた。自由な発想で生き生きと活動ができるよう、コンセプトを「楽しい!婦人科検診啓発プロジェクト」とし、また大学側が本プロジェクトを授業に組み込み単位化することで、毎年新しい学生が加入・参画することを仕組み化、プロジェクト名も学生が命名し、本プロジェクトが始動した。

■活動内容

以下、これまでの主な活動を紹介する。

①学園祭での検診啓発ブース出展

2019年11月、同大学の学園祭「聖灯祭」内にて婦人科検診啓発ブースを設置、10人以上の学生と当センタースタッフが啓発活動に参加した。学生は手作りのプラカードで集客を行いながら、ブースでは子宮頸がん検診で使用する機器や乳がん触診モデルを用いて検査方法や検診の重要性を説明、併せて近隣の婦人科関連クリニックの情報提供などを行った。当日は家族連れや中・高生なども数多く来場、200人を超える幅広い年齢の方に向けて、本プロジェクトとともに検診の重要性を理解してもらう機会となった。

2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響でウェブ開催となったが、学生から「当センターを舞台にがん検診啓発動画撮影、ウェブ開催の学園祭やユーチューブで動画を配信したい」との申し出があり、当センターのスタッフも加わり動画作成を行った。学生自らが発案・参画し、同世代の方に情報を発信する取り組みは私たちだけでは成し得ないことであり、大変貴重な経験であった。

図*
SGE プロジェクトメンバー
②人間ドック健康食の開発

当センターでは、「おいしく楽しく学べる食育レストラン」をコンセプトとして、受診された方に対し管理栄養士が監修した健康食の提供を行っている。がんに対する免疫力を高めるためには、食事も重要な要素であるとの考えから、2020年に夏メニューを学生と共同開発した。

学生には「野菜を多め・減塩・脂質を控えた健康的な食事を考案してほしい」とだけ伝えたが、考案されたメニューは、食欲アップにつながるよう見た目を意識し、季節を感じるよう夏食材(ナスやカジキマグロ)を取り入れ、さらに食べやすく餡(あん)かけにし、健康を意識した薄味で…という、将来本当は調理師か管理栄養士を目指しているのかと感じたほど配慮された、スタッフも驚くメニューであった。提案されたメニューは若干のアレンジを行った後、6~9月の間に人間ドックを利用された4,000人を超える方々に提供した。学生からは「大学で学んだ栄養学と、現在学習している生化学の知識を生かしたメニューが考案できた」などの意見が挙がり、利用者からも「学生の思いとアイデアが伝わるおいしい食事だった」など、200件以上の温かい応援メッセージをいただいた。産学連携による人間ドック食の開発は全国的にも事例がほとんどないことからメディアにも大きく取り上げられ、本プロジェクトが広く周知される一因となったとともに、現在も継続して共同開発を行っている。

図*
ドック健康食の展示
③市中での出張がん検診啓発活動

2020年8月、報道などを通じて本プロジェクトを知った浜松市のがん検診担当者の方から「コロナの影響でがん検診の受診率が昨年対比で約3割減となっている、市民向けの受診啓発イベントを一緒にできないか」と提案をうけ、同年10~11月の間に計3回、市内のドラッグストアにて啓発活動を実施した。市の管理栄養士や当センターのスタッフとともに、学生も万全なコロナ対策を行いながら、積極的に運動体験や健康相談、がん検診の予約などの活動を行った。当日は通常関心を示しにくいAYA世代も多く立ち寄り、私たちにとっても学生とともに実社会の場で協働ができたことは、今後の啓発活動への大きな収穫であった。

④LINEを活用した子宮頸がん検診の受診率向上

浜松市は2020年度から、官民連携によるヘルスケア事業により市民の健康寿命の延伸を図るとともに、ヘルステックなどのヘルスケア産業を育成・支援する事業として「浜松ウエルネスプロジェクト」を推進している。2021年1月、このプロジェクトの一環として、市の実証実験サポート事業の採択を受けたIT関連のスタートアップ企業が実施する「LINE(ライン)を活用した子宮頸がん検診の受診率向上プロジェクト」において、市および企業からプロジェクトへの参画依頼を受けた。

まず学生の間で「LINEで何ができたら受診行動につながるか」をディスカッション、「『私』だったらどのような情報が心に刺さるのか」などの意見をもとにLINEを活用した機能・コンテンツを検討した。

LINEの「友達登録」を行うことで、検診に関する様々なコンテンツ(子宮頸がんとは? といったものから、早期発見の重要性などの啓発情報、受診できる医療機関や予約の方法、各種問い合わせなど)が全てLINE上ででき、市からも受診勧奨や検診電子クーポンの配布、お知らせなどの情報提供が配信される仕組みとした。画面表示には学生が学んだ行動経済学のナッジ理論なども反映され、初期は文字が多く無機質だった表示が、打ち合わせを経るごとに若い女性に伝わるような画像や言葉の言い回しなどにブラッシュアップされていった。また、登録者には飲食店にて使用可能な電子クーポンが抽選で当たる仕組みも取り入れた。

リリース後、当初目標とした1,000人の友達登録数をクリアした現在も登録数は伸びており、本事例を踏まえ、他のがん検診の啓発でも同様のデジタル化が期待されている。

参画した学生の意見として「自分や同年代の人が検診を受ける必要があることを改めて実感した。学生視点でのSNSの運用など、検診の必要性を同世代の方々にもっと理解してもらうための活動に関わることができたことに感謝したい」などの声が挙がった。

LINE を活用した子宮頸がん検診の啓発

■地域課題の解決に向け新たな価値創造へ

新型コロナウイルスの影響による受診控えから、全国的にがん検診受診率が低下、浜松市も対前年で約2%ダウン(2020年度)した。しかしながら子宮頸がん検診の受診率は1.1%向上し、市のがん検診担当者からは本プロジェクトの活動もその一因として挙げられる評価をいただくことができた。

また、地元企業からデジタルネイティブ世代でもある学生の知見を生かしたコラボの申し出や、産学官連携の先行事例として、検診関連の学会からシンポジウムなどの参加依頼を受けるなど、地域課題の解決に向けた新たな価値創造としてさらなる広がりを見せている。

■産学官連携により、ともに共感・共創できる未来を

浜松市は人生100年時代を見据え、「市民が病気を未然に予防し、いつまでも健康で幸せに暮らすことができる持続可能な都市(予防・健幸都市)」という新たな都市像を掲げ、その実現に向け、官民を挙げた様々な取り組みが行われている。その舞台に、「学」という将来を担う若いDNAが参画することで、さらに有意義かつ未来につながる取り組みになるとともに、将来学生に「この地域で予防医療を目指したい」と考えてもらえる一因になると考えている。

医療経営という視点において、このような取り組み自体が近視眼的な利潤を生み出すことは考えにくい。しかしながら、将来この地域を担うであろう若い世代が、地域課題の解決に向けて行政や企業とともに共創する姿は、私たちも含むこの社会の長期的な利益、ひいてはこの地域の健康寿命の延伸につなげることができると確信している。

*1:
ここでは「15歳から39歳の思春期・若年成人」を指す。
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*2:
seirei(聖隷)、G:gynecology(婦人科)、E:enlightenment(啓発)に対して、♥(愛)を持って行動する。
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参考文献

**1:
公益財団法人がん研究振興財団「がんの統計2022」がん検診受診率の国際比較
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