リポート

プール水を安全な飲用水へ

近畿大学 生物理工学部 食品安全工学科 准教授 江口 陽子

写真:近畿大学 生物理工学部 食品安全工学科 准教授 江口 陽子

2022年2月15日

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■プロジェクトの始まり

大学での研究は基礎研究が中心になり、研究の到達目標である社会貢献までの道のりは長い場合が多い。研究の原動力は、新しい知見を得よう、新奇メカニズムを解明しようという知的好奇心であるが、毎年メンバーが入れ替わる大学の研究室の学生には時として伝わりにくい。近畿大学では社会に貢献する実学教育に力を入れており、学外からの受託研究を積極的に受け入れている。応用に直結する研究は目的が明確で学生も取り組みやすい。そんな環境の中、三重県紀北町の株式会社岡本組から受託研究の申し込みがあった。

訪ねてこられた岡本組執行役員の三目さんは、ご自身の被災体験に基づき、災害時の飲用水確保の重要性を強く感じられていた。研究の目的は、波長が短い領域の紫外線(UVC、深紫外線(DUV; deep ultraviolet))を発光する深紫外線発光ダイオード(DUV-LED)を使って水を殺菌し、災害時の飲用水確保につなげるというものであった。ひとたび自然災害が起きると電気、ガス、水道などが止まり、避難者の生活は困窮する。中でも飲用水は生きていく上で必須であり、安全な水の確保は特に重要である。提案されたプランは、日機装技研株式会社が開発した中流量対応DUV-LED流水殺菌装置(ピーク波長 280 nm)である「DUV-LED水除菌装置」を使って災害時に活躍する浄化装置を作ることであった。DUV-LEDによる水処理は、すでに水産養殖(牡蠣)、ウォーターサーバー、簡易水道、地下水の殺菌などに応用されている。日機装の水除菌装置を牡蠣養殖に応用した例に筆者も関わっていたこともあり、装置の殺菌力は十分に理解していた。そこで、受託研究を受け、共同研究契約を結び、プロジェクトが開始した。

■プール水の確保と浄化試験

まず、浄化する原水をどこから入手するかを検討した。地震や水害などで断水した場合を想定し、井戸水、湧水、河川水、防火用水などを候補として挙げた。ところが、DUV-LED殺菌装置は、生物的危害要因となる微生物は不活化できるが、有害な有機物、化合物、金属などを除去することは、ほとんどできない。原水の前処理として活性炭カラムを使用するとしても、混入した物質の除去には限界がある。本プロジェクトのメンバーである総合水処理メーカーのローレル株式会社とも相談し、安全な原水として学校のプール水を使うことにした。学校はその地域住民の避難場所に指定される場合が多く、もともと安全な水道水を溜めたものだ。溜めた水は動物や鳥からの糞便などの汚染を受けて人に対する病原菌の混入が懸念されるが、病原菌の殺滅はDUV-LEDが得意とするところである。

そこで、ローレルがDUV-LEDろ過装置(活性炭カラムとDUV-LED殺菌装置を組み合わせた装置)の試作機の設計および作製を、近畿大学は浄化試験に使用するプール水の確保を担当した。近畿大学生物理工学部は産官学連携を推進しており、キャンパスが立地する和歌山県紀の川市とも連携している。プール水について紀の川市に相談したところ、市内の休校中2校のプール水と、児童が使用する小学校のプール水を提供していただけることになった。災害発生時に遊泳可能な塩素消毒されたプール水を原水として使えるとも限らず、むしろ、夏期以外での使用の方が多いであろう。そもそもプール水にはどのくらいの細菌がいるのだろうか。プール水の汚染状態は春夏秋冬でどのくらい変化するのだろうか。プール水を飲用可能なレベルまで浄化するには、厚生労働省が定めた水道水の水質基準を満たす必要がある。プール水で心配される基準は一般生菌数(100 CFU/mL以下、CFUは生菌数の単位であり標準寒天培地上に集落を形成しうる微生物数)と大腸菌(100 mL中から大腸菌が検出されない)である。そこで、試作機の完成を待つ間、プール水の水質の季節変化を学生とともに調査することにした。

調査した3校は活動中の小学校(A校)、2011年から休校中のT校、2005年から休校して2019年に廃校が決まったM校である(図1)。A校は紀の川市の街中に、T校は山の中腹の果樹園と集落に囲まれた場所に、M校は山中の渓流沿いに立地する。水を長期間入れ換えていないT校、M校のプール水は深緑色で、池のようであった。毎月、紀の川市企画部地域創生課の西川さんに3校まで連れて行っていただき、プール水を採取し、一般生菌数、大腸菌群・大腸菌の有無を検査した。食品の衛生指標として大腸菌群(グラム陰性の短桿菌で乳糖を分解する好気性または通性嫌気性の細菌群;大腸菌も含まれる)が用いられるが、大腸菌群に含まれる細菌の中には動物腸内だけではなく天然環境に生息するものがあり、必ずしも糞便汚染の指標にはならない。そのため、水道水の水質基準では、大腸菌群ではなく大腸菌の陰性が求められている。2019年7月から2020年6月までの調査の結果、A校プールでは一般生菌数は低く抑えられていたものの、たまに大腸菌群や大腸菌が検出された。2020年6月の最後の採水では、さすがのA校プールでも一般生菌数が水道水基準の100 CFU/mLを超えた。通常では6月にはプールが掃除され、新しく水道水が溜められて遊泳可能な状態にリセットされるが、2020年は新型コロナウイルス感染予防のためにプール指導が中止となり、1年間放置されたA校のプールの水質が悪化したと考えられた。T校、M校プール水は年間を通して一般生菌数は水道水基準を超える高いレベルの場合が多く、大腸菌群は常に陽性、大腸菌は時々陽性という結果となった。

図1
図1 調査した和歌山県紀の川市のプール(2019 年7 月)
A校(使用中プール);T 校(2011年から休校);M 校(2005年から休校)

2019年秋には、図2のDUV-LEDろ過装置の試作機が完成した。この装置では、まず原水が活性炭カラムで前処理され、その後にDUV-LED水殺菌装置を通過して浄化される。殺菌装置を複数回通過できるよう、浄化水槽から原水槽へと水が流れるように設計されている。早速、水質状態の良いA校プール水をポリタンクで100 L汲み、大学キャンパス内に運んで浄化試験を行った。その結果、殺菌装置に原水を1回通過させることで一般生菌数が21 CFU/mLから0 CFU/mLとなり、一般生菌が完全に殺滅された浄化水を得ることができた。次に水質状態が悪いT校プール水を汲んできて浄化試験を実施した。T校の場合、殺菌装置に原水を1回通過させることで一般生菌数が164 CFU/mLから10 CFU/mLまで減り、水を循環させて殺菌装置を2回通過させることで0 CFU/mLまで殺菌された。ただし、陽性であった大腸菌については1回目の通過で陰性に転じたので、水質が悪いT校プール水を原水に用いても、殺菌装置を1回通過させるだけで一般生菌数も大腸菌についても水道水基準を満たすレベルの浄化水が得られることが分かった。

図2
図2 DUV-LED ろ過装置(試作機)
a) DUV-LED ろ過装置の全容(矢印は水の流れを示す) b) DUV-LED 水殺菌装置の写真と殺菌原理(矢印は水の流れ、点線の矢印は紫外線照射の方向を示す)

■DUV-LEDろ過装置積載車

災害時にプール水の浄化ができそうだということで、次に浄化装置の形態が問題となった。DUV-LEDの魅力として、無水銀、瞬時点灯、ウォームアップ不要、点灯消滅の繰り返しで劣化しにくいなどとともに、小型であることが挙げられる**1。大量の原水が処理できるように2本のDUV-LED殺菌装置を並列につなげて対象プールの横に据え置くという案もあったが、小型という特徴を生かして移動可能な浄化装置にすることになった。そこで、試作機を、貯水タンク、発電機、プール採水用ポンプとともに軽ワンボックスカーに積載し、和歌山市雄湊公園内のプールへと移動させた。図3に試作車の「紀州号」と浄化試験を行ったプールを示す。このプールは学校統合のために2017年に廃校になった旧雄湊小学校のものであり、2016年夏期に使用されてから放置されてきた。水も深緑色でT校プールに近づきつつある状態であった。プール近くまでDUV-LEDろ過装置積載車を寄せ、プールからポンプで水を直接吸い上げて連続的に水を浄化したところ、この時の原水の一般生菌数149 CFU/mLも、浄化によって0 CFU/mLとなり、十分な殺菌が確認された。原水の大腸菌群が陽性であったが(大腸菌は陰性)、浄化水では大腸菌群が陰性に転じ、水道水の微生物基準はクリアした。微生物基準以外の水道水基準項目に関しても検査機関に測定を依頼したところ、有機物の項目以外はクリアした。雄湊公園のプールは5年間放置されており水質が低下していたことを考え、前処理フィルターの数を増やし処理能力を強化することで有機物の項目もクリアされ、水道水基準51項目を満たす浄化水の取得が可能となった。この成功をもとに2021年11月に報道陣を招いた公開実験が雄湊公園内のプールで実施され、安全で美味しい浄化水が参加者に振る舞われた(図3)。

図3
図3 DUV-LED ろ過装置積載車による雄湊公園内のプールでの公開実験(2021 年11 月)
a) DUV-LED ろ過装置積載車「紀州号」  b) 原水を採取したプール c) 採水用ポンプ d) 公開実験での浄化試験  e)、 f) 浄化されたプール水で乾杯

■DUV-LEDろ過装置の応用例

災害時の避難場所は学校だけではない。和歌山県の海沿いの山の中腹に立地するある寺院では、災害時の避難場所として指定されている。この寺院の井戸水(山の湧水)は環境庁「全国名水100選」に選定されるほど有名であり、多くの人が名水を汲みにここを訪れる。ところが近年、名水にも微生物汚染が見つかることが時としてあり、採水箇所では安全のために煮沸して飲用するようにと掲示されている。寺院の許可を得て、名水を汲んできてDUV-LEDろ過装置で浄化試験を行ったところ、一般生菌数は20 CFU/mL から0 CFU/mLへ低下し、大腸菌も陽性から陰性へと転じた。澄んだ湧水を原水に用いると、紫外線を遮断する物質の混入も少なく、DUV-LED殺菌装置の能力が最大限発揮される。名水を煮沸せずに飲むために塩素消毒を行うと味が変わってしまう。薬品の添加なしで生物的危害要因を除く紫外線水処理の応用例として紹介する。

また、災害は自然災害だけではない。2021年10月に和歌山県の六十谷水管橋が破損して紀の川に落下し、和歌山市北部6万世帯で断水するという災害が生じた。1975年に建設された水管橋は、川の南側の浄水場から市北部に浄水を供給してきた。橋の中央付近で破損が生じたもので、社会インフラの老朽化に伴う災害である。和歌山市北部への給水復旧まで数日間を要し、その間、22か所の応急給水所において給水車による給水が行われた。給水所には水を待つ大勢の人が集まったが、給水車が空になると次の給水車が来るのを待つしかない。本プロジェクトのDUV-LEDろ過装置積載車を使用すれば、給水所に指定された学校のプールまで移動して、プール水がなくなるまで連続的に浄化水の供給が可能となる。このように、DUV-LEDろ過装置積載車は、自然災害だけではなく老朽化する社会インフラが引き起こす災害への備えとしても期待される。

本共同研究は、災害に備えるという共通目的のもと、紀の川市や和歌山市のご協力を得ながら推進され、短期間で実用化まで到達した。11月の公開実験を眺めながら、これこそが産学連携プロジェクトの強みだと改めて認識した。この成果が災害現場で少しでも役立てば、研究者として本望である。

参考文献

**1:
小熊久美子 紫外発光ダイオード(UV-LED)を用いた消毒技術 J. Antibact. Antifung. Agents, 48(8), 351-354 (2020)
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