特集インタビュー

私が大学、修士・博士課程で学び直した理由

2022年2月15日

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俳優でタレントのいとうまい子さんが、45歳で大学に進学し、修士課程を経て、今博士課程に在学中だ。昨年末には、内閣官房の「教育未来創造会議」有識者構成員にも任命されるなど社会貢献のための研究活動でも注目を集め、学び直しは12年目を迎えた。社会人が大学などで学び直すリカレント教育は政府も後押しするとはいえ、仕事と主婦をこなしながら、学業の三刀流はそう簡単ではなく、学び直しのお手本と言えそうだ。

■芸能活動の傍ら学び直し12年

1980年代を代表するアイドルで、今でもテレビやドラマに舞台などの芸能活動の傍ら研究者として、学び直しを実践しているいとうまい子(57)さんは、1982年に講談社のミスマガジンコンテストの初代グランプリを受賞し、1983年に「微熱かナ」でアイドル歌手としてデビュー。1984年にTBSテレビで放送されたドラマ「不良少女とよばれて」では、それまでのアイドルやヒロイン役のイメージから一転、不良少女役で主演。このドラマが高視聴率を記録し話題を集め絶大な人気を誇っていた(当時は伊藤麻衣子)。その後も数々のドラマや映画で活躍し、1980年代に青春時代を過ごした人たちには、特に印象に残っている人も多いのではないだろうか。

今でも映画や舞台、テレビなどで活躍しているいとうさんは、早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程で研究者として学び直しの真っ最中にいる。高校卒業後、芸能活動と並行して大妻女子大学に入学したというが、人気アイドルの仕事は多忙を極め大学には一度も通えず中退を余儀なくされた。その隙間を埋めるように、学び直しは大学からスタートし、大学院修士課程、大学院博士課程と学び続けている。

―仕事を持ちながら研究するのは大変だと思うのですが、直近ではどのような時間配分ですか。

いとう:最近はシンポジウムやアカデミアに関する場に姿を見せることが多くなりました。今は、実験をしているただの学生です。実験が思うように進まず、博士課程の6年生になり、いよいよ最後の年なので今年は博士論文を書かなくてはなりません。芸能活動と主婦をしている時間をやりくりして、基本は週5ですが、日を空けると培養実験中の細胞が死んでしまうので、週末も含めほぼ毎日実験のために研究室に通学しています。

―学び直しをしようと思ったきっかけは?

いとう:高校を卒業してすぐ芸能界に入って、今まで仕事を続けてこられたのは、多くの方々に助けてもらったからです。その恩返しをしたいと思ったのですが、どうしたら恩返しができるだろうかと考えても何も思い付きませんでした。そこで大学へ行けば恩返しの土台が見つかるのではと、まずは知識を身に付けようと思い立ちました。

文部科学省の医療プロジェクトのビデオに出演し、そこで予防医学のことを知り、予防医学は、早稲田大学人間科学部の健康福祉科学科で学べることが分かり受験しました。面接では「あなたのような人(芸能人など)は、すぐに辞めてしまうから入れたくない」と言われましたが、どうしても勉強したかったので絶対辞めませんと説き伏せました。その情熱が伝わったのか、2010年に早稲田大学人間科学部eスクールへ入学したのが45歳のときです。大学では予防医学とロボット工学を学び2014年3月26日に4年間で卒業しました。

大学院進学は考えたこともありませんでしたが、大学の4年間だけでは、まだ恩返しの土台となるたどり着きたいところに達していないなと、修士課程に進学しました。ただ予防医学を学びたくて早稲田大学に入学したのですが、希望していたゼミの教授が定年で退官され予防医学を専攻できなくなってしまいました。そこでロボット工学が人気だと、ゼミの同級生に促されロボット工学を選びました。ロボット工学を選んだのも想定外でしたが、大学院に進学し、週に2回通っていましたが、2年間はあっという間に過ぎ、2016年3月26日に修士課程を修了しました。修士論文は、「高齢者のロコトレ継続のための、ロコトレ支援ロボットの開発」です。

―研究科目を変更するのは大変だと思いますが。

いとう:さらに勉強したいと思い、博士課程に進もうと思ったのですが、属していたゼミの教授は博士課程を担当していませんでした。しかし、修士課程の2年間、欠かさず授業に出ていた基礎老化学の教授が博士課程のゼミを担当していることを知りました。ロボット工学を専攻していた私が基礎老化学の博士課程に進むことは基本的には許されません。でも大学院の成績が良かったのと、授業を2年間みっちり受けていたおかげで、面接で教授たちの厳しい質問にも全て答えることができ博士課程に進むことができたのです。今は、早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程の「基礎老化学」の研究室に所属しながら、東京大学大学院で「老化のメカニズムの解明と防止方法の開発」を目指して共同研究をしています。大学4年、大学院修士課程2年、博士課程は今年で6年目なので12年目に突入です。

―苦労をされたことは?

いとう:普通の学生なら学業が本分なので、学ぶ時間を取るのは容易ですが、私は情報番組のレギュラーやNHKの俳句番組、ドラマや映画などこれまで通りの仕事もあるし、主婦もしているので毎日、睡眠時間を削り深夜1~4時は当たり前で、学ぶための時間配分には苦労しました。でもあっという間に時間が経ってしまいました。でも大変だけど楽しいですよ。

  • 1982年  ミスマガジンコンテスト 初代グランプリ受賞
  • 1984年  TBSテレビ「不良少女とよばれて」主演
  • 2010年  早稲田大学人間科学部eスクール入学(予防医学、ロボット工学)
  • 2014年  早稲田大学大学院 人間科学研究科 修士課程進学
          修士論文 高齢者のロコトレ継続のための、ロコトレ支援ロボットの開発
  • 2016年  早稲田大学大学院 人間科学研究科 博士課程進学(基礎老化学研究室)
  • 2019年  AIベンチャーの株式会社エクサウィザーズ フェロー
  • 2020年  東京大学 健康栄養機能学研究室 特別共同研究学生
          老化のメカニズムの解明と防止方法の開発、共同研究
  • 2021年  不動産テックの株式会社タスキ 社外取締役
  • 2021年  内閣官房「教育未来創造会議」有識者構成員

―共同研究もされていますね。

いとう:正しいスクワットを検証するロボットにある企業の方が注目して、「この先、大学院に進むつもりなら、うちの会社と共同研究をしませんか」と声を掛けてくださいました。また、国際ロボット展への出展を機にそこでも声を掛けていただき、AIベンチャーのエクサウィザーズのフェローもやらせていただいています。今も定期的に出社し研究をしています。東京大学の研究室と共同で、若返り遺伝子といわれるサーチュイン遺伝子も研究中です。サーチュイン遺伝子を活性化する食品を探すため、ほぼ毎日、東大の研究室に通い、細胞の培養実験をしています。

―大学と大学院で学んで何が大変でしたか?

いとう:私の場合は大学4年間の授業料は私立なので年間110万円ほどで初年度には20万円の入学金がかかります。大学院は修士課程と博士課程で金額が変動しますが、4年で440万円です。子供がいると子供にお金がかかるので、ある程度大きくなり、自分にお金をかけられるようになってからがいいのかもしれません。だからそこは、何かしらの補助がないのかーななんて思いました。

高齢化が進むと、足腰が弱って動けなくなる「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」で寝たきりのお年寄りが増えること知ったことから、高齢者の健康を支援する介護予防ロボット「ロコピョン」を開発。ロコモーショントレーニングは、筋力を維持し寝たきりを回避できる可能性が高いと言う。

ロコモティブシンドロームは、骨や筋肉、関節、神経などの運動器の機能低下が進行し、要介護となるリスクが高まる。運動器障害は寝たきりの一番の要因となる。この社会問題を解決することは、社会に恩返しをすることにつながると話す。

―大学教員や研究者にスイッチすることは?

いとう:私が人に教えるような立場になれませんよ。講演なら伝えられると思いますが。できれば今後も研究は継続していきたいですが、お声が掛からなければ研究もできませんし、私なんかに研究費を出してくれる企業がいるかどうか…。今くらいの芸能活動をしながら、ロコモティブシンドロームは、高齢化社会にとってすごく重要な研究なので、ロコモになったら寝たきりですよと声を挙げていきたいです。

―有識者として未来会議にも参加されると聞きました。

いとう:月1回の会議ですが、学び直しの代表なのかなと思っています。

閣議決定された「教育未来創造会議」は、教育再生実行会議の後継の組織で、高等教育の在り方や、生涯にわたり学び直し可能な教育と社会の接続の多様化などを中心に議論し、大学生への経済支援や社会人が大学で学び直せる仕組みづくりなどを提言しまとめる。

議長には岸田文雄首相が就任し、議長代理は松野博一官房長官と末松信介文部科学大臣が務め、閣僚と有識者15人で構成する。

有識者構成員(敬称略)

  • 安宅和人   慶応義塾大学教授、ヤフーCSO=チーフストラテジーオフィサー
  • 安孫子尋美  株式会社ニトリホールディングス取締役
  • 阿部守一   長野県知事
  • いとうまい子 俳優
  • 大坪正人   由紀ホールディングス株式会社代表取締役社長
  • 加藤史子   WAmazing株式会社代表取締役CEO
  • 上岡美保   東京農業大学副学長
  • 清家篤    元慶應義塾塾長
  • 関山和秀   Spiber株式会社取締役兼代表執行役
  • 高橋祥子   株式会社ジーンクエスト代表取締役
  • 中野信子   脳科学者
  • 東原敏昭   株式会社日立製作所執行役会長兼CEO
  • 日比野英子  京都橘大学学長
  • 日比谷潤子  聖心女子学院常務理事
  • 益一哉    東京工業大学学長

■人生100年時代の学び直し、リカレント教育とは

政府は社会人が大学などで学び直す「リカレント教育」の強化を進めている。その中身は、社会人向けの実践的なプログラムの開発・拡充のために、産学連携による情報技術人材などの育成や産学官連携による地元定着のための教育プログラムの実施なども重要なテーマとなる。このほかリカレント教育を支える専門人材の育成では、実務家教員の育成などもプログラムに入る。従って、リカレント教育は本誌が扱うテーマにもなっている。

リカレント教育に注目が集まる要因は、人生100年時代の到来や少子化によって、生涯現役で暮らすライフスタイルの変化が背景にある。

時代は、モノのインターネット(IoT)やビッグデータ、人工知能(AI)、フィンテックなどの技術革新が進み、デジタルトランスフォーメーション(DX)へと深化。「デジタル田園都市国家構想」の実現と絡み合い、この先10年前後には「第4次産業革命」が進展し、結果としてSociety 5.0が到来すると言われる。こうした変化への対応には、新たな知識やスキルが必要となることから、政府の後押しもあってリカレント教育の関心は高まるばかりだ。

一方で新卒の採用、年功序列、終身雇用が当たり前だった日本型雇用形態も、時代とともに変化し見直されつつある。個人だけでなく、企業にとっても時代に対応する能力を身に付けた人材を獲得するため、プライオリティーの高い人事戦略となるだろう。

■睡眠時間を削り、休日も

しかし、仕事をしながら大学などで学び直すには、相当の覚悟がいる。筆者も20~30代のころに、いつかは大学院入学をして学び直したいと考えていたが、帰宅は午後10時や深夜は当たり前で、休日出勤もしょっちゅうだった。多忙を口実に先送りに先送りを重ねてきた。気付けば学び直しは、頭の片隅に追いやり数十年が経過してしまった。

仕事柄、働きながら大学院に入学し、学び直しに挑戦してきた人の話を数多く聞いてきた。皆が口を揃え「とにかく大変」という言葉が返ってくる。分かってはいるものの踏み出す決意は半端ない。

例えば、ある企業の社長は、大阪から高知の大学院へ通学したが諸事情でいったんは諦め、二度目の挑戦で延べ10年かけて博士課程を終えたつわものだ。またある人は、仕事の実績が認められ修士課程を経ずに飛び級で博士課程に入学したが、東京から岩手の大学院に通学していた。大学や担当教員の配慮もあり、土・日曜日を空けて研究時間を作ってくれたという。仕事があるため、寝る間と休日を削るのは当たり前なのだ。さらに知人のあるシングルマザーは、いったん仕事を辞め子供と渡米し、米国の大学院に留学した。

社会人の学び直しは、揺るぎない向学心に加え睡眠時間を削り、休日も当てる覚悟が必要だ。

―仕事を持ちながら12年も学んできた代表として、アドバイスがあれば聞かせてください

いとう:20歳前後の若いころとは違って、年齢を重ねるとなかなか覚えられず時間がかかります。仕事もしていて主婦もこなしているので、普通の学生のようにはいきません。時間配分が最も苦労しました。学業の大半は、深夜1~4時まで勉強に費やすのは当たり前です。そもそも学んでいなかったので、学び直すというよりは、初めて学んだというほうが正しいかもしれません。45歳で大学へ入学し4年、修士2年、博士6年目(最終)で、振り返れば大変ですが楽しいです。あっという間に時間が経ちました。やってみると、日常の世界観が広がりました。皆さんにもお勧めします。

―ありがとうございました。

最後に、産学連携政策と産学官連携ジャーナルのことをたくさんの方々に知ってもらうため、いとうさんの知名度に乗っからせてもらってもいいですかと図々しいお願いにも、「研究にはお金が必要ですから、共同研究など産学連携で研究費を確保できると大学も助かりますね。企業と大学がウインウインで協力しながらですね」応じてくれた。

著名人で、大学から博士課程まで学び直しをした人は稀だ。いくつになっても前向きで、向学心を維持し続けられるいとうさんの姿勢には驚きを隠すことなく尊敬する。今年を学び直し元年に据え、長年の目標に向かう心新たにする話が聞けた。

(聞き手/文も 本誌編集長 山口泰博)