特集インタビュー

大学で誰もがチャレンジできる組織・体制作りを
スタートアップ人材、女性研究者の抱える問題から見える大学の課題

北海道大学 産学・地域協働推進機構 産学連携推進本部 産学協働マネージャー 城野 理佳子

2022年2月15日

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2021年4月時点におけるわが国全体の女性社長の割合は前年比0.1ポイント増の8.1%となり、過去最高となった。ただし、就任経緯では「同族承継」が50.8%で約半数を占める一方、内部昇格による就任は男性11.8%に対し、女性8.3%と低い傾向にある。また、資本金別では「1,000万円未満」での女性社長割合が9.1%と最も高く、中小・零細企業では女性社長比率が高まる傾向にあるも、資本金1億円以上の企業においては2.3%にとどまっている(帝国データバンク特別企画:全国「女性社長」分析調査「2021年」より)。

女性経営者が少ない傾向は、大学発スタートアップにおいても同様である。北海道大学における教授職に占める女性の割合は7%(国立大学の平均は11%)と低く、大学発スタートアップの母体となる大学に、そもそも女性研究者が少ないのが現状である。このような状況の中、大学の現役研究者でありながら起業し、自ら経営を行っている長堀さん、天野さん、また起業を目指している繁富さんに、「ダイバーシティ推進」の観点から研究者、また起業家としてお話を伺った。

長堀紀子(北海道大学人材育成本部ダイバーシティ研究環境推進室特任教授/遠友ファーマ株式会社CEO)

2019年12月、遠友ファーマ株式会社を起業。博士論文指導教員である西村伸一郎教授ら4人による共同経営。研究室記念行事で再会したことが起業のきっかけとなる。2013年度より経済産業省北海道経済産業局にて産学連携の橋渡し支援やスタートアップ支援を行う。2015年度からは北海道大学人材育成本部にて女性研究者支援などを手掛ける。プライベートでは3人の子育て中。

天野麻穂(北海道大学大学院医学研究院講師/HILO株式会社代表取締役

2021年8月 HILO株式会社を起業。2014年度より北海道大学URAステーションに所属し、北海道大学病院や医学部に出向し業務に従事。研究シーズの発掘を行う中で大場雄介教授(兼HILO株式会社取締役CTO)のシーズ「光診断薬」と出会う。2020年度より医学部に移籍し、起業。NEDO TCP (Technology Commercialization Program)2020最終審査会にて最優秀賞受賞。

繁富(栗林)香織(北海道大学高等教育推進機構特任准教授)

当時URAの天野さんの紹介で、北海道大学大学院医学研究院の宮武由甲子助教と出会ったことがきっかけとなり共同研究を開始。学生時代は英国に留学し、起業家クラブ(Oxford Entrepreneurs-現在ヨーロッパ最大のクラブ)を設立した。これまで大学発スタートアップ設立の経験があり、現在は宮武助教との「マイクロナノ基板技術」に関連する技術シーズを基に事業化を検討している。プライベートでは2年前に出産し、子育てに奮闘中。

スタートアップは大学の技術を世に出すために必要な選択肢

企業における研究では、事前に事業化を前提としたマーケット調査を行い、費用対効果を検証した上で製品開発への投資が行われる。想定されるマーケットは企業規模や分野によっても異なり、たとえ世の中で必要とされる技術であってもマーケットの規模が小さいなどの理由から製品開発を行わない場合もある。一方、大学における研究はマーケットの設定は曖昧(あいまい)で、むしろ研究者の使命感、知的好奇心によって研究が進められるため「世の中には必要だが、企業への技術移転が難しい」という現象がしばしば起こり得る。大学発スタートアップはこのような袋小路に入ってしまった技術を世に出し、その効果を示すことによって社会に変革を起こそうという壮大な挑戦である。

天野さんがURA時代に出会った「光診断薬」技術は、患者さんにとっては必要な技術でありながら、臨床検査会社や製薬会社にとっては「売り上げに貢献し難い」ことから技術移転が進んでいなかった。

「この技術を世に出そうという使命感から、社長をやると宣言しました」と天野さん。正規職員でありながらURAを退職し、大場研究室の講師としてスタートアップの起業に専念することを決意した。

大学研究者が会社経営をすることの難しさ

長堀さんと天野さんは大学のフルタイムでの業務を終えた後、時間外で企業活動を行っている。大学において「兼業」は認められているものの、スタートアップの目的が大学の研究成果の技術移転であったとしても、そこは「企業活動」として明確に分けることが求められる。しかし、身体は一つであり、1日は24時間なのである。

「起業する人はいまだに大学では『変な人』として見られているのではないでしょうか」と長堀さん。今の日本の企業や社会においては、男性、日本人、ケア責任がない(家庭において子育て・介護などの無償労働を担う責任を負っていない)、仕事優先(人生のほぼ全てのステージで常に有償労働を優先できる状況にある)。

これらの条件に当てはまる人を「標準」として制度設計されていると説明する。そしてこれは大学においても同様のことが言えるのではないだろうか。例えば大学で「標準とされる研究者」とは、以下のような人物像が暗黙の了解となっていないだろうか。

  • 男性
  • 日本語でのコミュニケーションが可能
  • ケア責任がない
  • 仕事優先
  • 教育研究に専念(スタートアップや企業の役員兼業などに携わっていない)

そして、標準から外れている研究者、例えば女性やスタートアップに携わる人などのために制度を見直すなどの対応には後ろ向きであり、現行の制度になんとか当てはめようとしているのではないだろうか。すると様々な歪(ひずみ)が研究者個人にのしかかり、それが過度の負担や足枷(あしかせ)となっているのだが、それを「個人の責任」として黙認しているのが現状なのではないだろうか。

「今、プライベートの時間は0です。やりがいのある仕事なので今は頑張れますが、もし体を壊したらどうなってしまうのだろうと不安になります」と天野さん。このような先輩研究者の姿を見て、後に続く者はいるのだろうか? 現在、博士後期課程に進学する日本人学生が減少していることが問題となっているが、大学が学生にとって「魅力のある職場」ではなくなってきているのではないだろうか。

「苦労されている先輩方の姿を見ているので、まだ子供の小さい私としては決心が付かないというのも、起業に踏み切れない一因でもあります」と繁富さん。任期付きの特任准教授でもあり、今後のキャリアを考えると今のうちから起業に向けた助走を始めておきたい一方で、フルタイムで大学の業務をこなし、子供の面倒を見て、さらにスタートアップを並行して進めるのは体力的に難しいのではないかと躊躇(ちゅうちょ)すると言う。「今、仕事も家庭も両立して成功している女性は『スーパーウーマン』だと思います。起業することは簡単なことではありませんが、例えば子育て中の女性もチャレンジできる社会になってほしいです」と語った。

ダイバーシティ推進は大学発のスタートアップにも有効

「今の日本社会は標準の人たちを守る制度になっているので、当てはまらない人は守られません。しかしながら、社会における意思決定の場は、ほぼ標準の人で占められているので、自分たちが守られていることにも気付かないし、守られない人の状況は理解されにくい状況にあると思います」と長堀さん。大学において「起業した研究者」はいまだにマイノリティであるが、現在の大学制度は設立当初(140年以上前!)より「標準の研究者」用にカスタマイズされているため、そこに適合している限りそのことには気付きにくい。そのため、「起業した(したい)研究者」や、「女性研究者」に対しても同様に「標準の研究者」と同等の働き方や制度を強いることによって、チャレンジ精神を削いだり、場合によっては心身の健康を損なうことにもなりかねない状況は、想像が付き難いのかもしれない。

内閣府の総合イノベーション戦略では「大学等発ベンチャーの創出力の強化」を掲げており、今後も様々なスタートアップの支援制度が作られることが期待される。しかし、いくら研究費や人件費を確保しても、その恩恵を受けるべき人材が属する大学においてスタートアップに対する理解や体制が不十分である限り、大きな飛躍は期待できないと思われる。

大学にチャレンジングな人材が集い、イノベーションを育む環境を

起業には当然リスクも伴い、利益相反の問題も生じるため、経営はプロに任せて研究者は研究に専念するべきという声もあることは承知している。しかし、だからと言って研究者には起業という選択肢は必要ない、という理由にはならないだろう。

「オックスフォード大学では起業する人が身近にいましたし、研究者や学生と大学のマネージャーで『どんな事業にするか?』を議論する機会もたくさんあったので、自然とスタートアップについて学べる環境にありました。大学のサポートも厚く、安心して起業できる環境にありました」と繁富さん。特に、近年増えつつある任期付き雇用の研究者については、雇用形態を柔軟にし、一定期間、大学が雇用のセーフティーネットとなることで研究者も安心してチャレンジすることができるのではないだろうか。むしろ起業の経験は人材育成の醸成機会とも捉えられ、さらに雇用形態の多様化はダイバーシティを推進し、かつ優秀な人材の獲得にもつながるのではないだろうか。

「起業することは不安要素も多いのですが、身近に長堀さんがいたので、心強かったです」と天野さん。医学部では「医学部起業部」が作られ、その顧問を大場教授が担当されているとのこと。天野さん自身も学生から起業について質問される機会も多い。起業経験者が身近にいて、研究室の普段の会話の中でも起業や事業化についてディスカッションできるような環境こそが、イノベーションを育む土壌なのではないだろうか。

北海道大学では2021年12月2日に「ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」を制定した。これまでの「標準の研究者」にカスタマイズされた制度を見直し、起業経験者、女性、外国人などのマイノリティ研究者も組織の中枢で活躍し、評価される環境になることを期待している。