リポート

京都芸術大学の産学連携プロジェクトで芸大生起業

京都芸術大学 クロステックデザインコース 准教授 吉田 大作

写真:京都芸術大学 クロステックデザインコース 准教授 吉田 大作

2022年1月15日

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京都芸術大学は、13学科23コースの通学課程と、4学科15コースの通信教育課程を設置し、18歳から96歳まで1万4000人の学生が学ぶ日本最大級の芸術大学である。

■芸術教育の社会実装を目指した教育改革

京都芸術大学は、建学の理念に「京都文藝復興」「藝術立国」を掲げ、「社会を変革する新しい価値を発信し続ける人材の育成」を目指して教育改革に取り組んできた。学生一人一人が身の周りの課題と向き合い、社会のより良い変革に寄与する力を身に付ける教育を推進している。2017年からの5カ年の中期計画では「芸術教育の社会実装」を掲げ、教育プログラムに展開させている。

芸術教育の社会実装とは、「(1)本質を見抜く観察力を持って社会の抱える課題を把握する→(2)人々の幸福な体験価値を提供するアイデアを考案する→(3)アイデアを早期に具現化する→(4)社会に公開し評価を得る→(5)受けたフィードバックをもとに改善を繰り返しアウトプットの質を高める」ことを低年次から高い頻度で繰り返す教育プロセスを指す。それを具体的に実現する施策として、企業や自治体との産学公連携の受託研究・制作を年間100本以上実施できる体制を整え、学部・学科・学年を問わず、希望する全ての学生が参加できる仕組みを構築してきた。

■失敗を恐れずにプロトタイプ (試作)・試行錯誤を繰り返す

「芸術教育の社会実装」は、芸術を学ぶことを通して身に付けた「観察力」(自身の先入観があることを前提に、多角的な視点で客観的に物事を捉える力)によって、社会の課題や潜在的なニーズ、人々が気付いていない魅力などを捉え掘り起こすことから始まる。

観察力によるベースをしっかりと整えた上で、最も大切なことは、「失敗が受け入れられる組織風土」(=トライが奨励される学習環境)の形成である。学生たちがこれまで過ごしてきた教育環境においては、「間違えること、失敗すること」は、大抵の場合は「否」とされてきた。そのため、比較的チャレンジ精神が旺盛に見える芸術大学の学生であっても、入学当初は、多くの学生が極度に失敗を恐れている。集団の中で質問できない、途中経過を人に見せることができない、人の批評を受け入れらない学生も多く存在する。それは、本学学生のみならず、企業なども含めた社会全体が抱える課題とも言える。

そのため、「Provotype」という言葉を推奨し学生のマインドセットの書き換えが重要だと考えた。問題意識やアイデアは、自身の頭の中にある間は他者のアイデアを誘発することはない。早期に試作(prototyping)を形にし公開することによって初めて、他者や自身を刺激し、さらなるアイデアを引き出すという化学反応が生まれる(provocation)。ここで、評価されるべきことは、十分に時間をかけて100点の完成品を出すことを目指すのではなく、10点でも20点でも早期に試作を他者に共有する姿勢である。

■芸術教育の社会実装の次のステージへー「産学公連携」から「起業支援」へ

産学公連携を基軸とした芸術教育の社会実装は、学生の進路実績にも一定の効果を発揮した。企業の就職活動で問われる「学生時代に力を入れてきたこと」について、学生たちは具体的なアウトプットに基づく実績に加え、そこでの失敗や改善、得られた気付きなどを言語化して伝えられるようになり、企業からも高い評価を受けるようになった。いわゆる「就職希望者」を母数とした不確かな「就職内定率」ではなく、「卒業生」を母数とした「進路決定率」(=(大学院進学者数+就職者数)÷卒業生数)は、90%を超え、芸術大学の中では突出した結果となっている。

しかし、そうした「社会の役に立つ」人材育成だけが芸術大学の役割ではない。急激な産業構造の変化とともに成熟していく社会においては、新たな「意味を生み出す」人材が求められている。その視点から、芸術教育の社会実装の次のステージとして、芸大生の起業支援を強化することに取り組んでいる。基盤整備として、内部環境の整備と外部連携という二つの点を強化した。

まず1点目は、内部環境の整備として、「スタートアップ支援室」を立ち上げた。学生の起業に向けたメンタリングや各種申請手続きのサポート、法人登記の本社所在地を大学内に設置するなどの支援を行っている。

2点目は、外部連携である。理工系学部のような起業のシーズとなる基礎研究がないことは、芸術大学の弱点でもある。そのため、外部と有機的なネットワークを構築することによって、学生が様々なシーズに触れられる環境整備を行った。その一環として、本学校法人を筆頭株主として、三つの外部企業の出資を受け、学内に「株式会社クロステック・マネジメント」を設立した。この会社の目的は、学外の企業や自治体の持つ資源と課題を受け、それらを在学生および卒業生とつなぐことにより新規事業創出を行う仕組みを作ることである。ちなみに筆者は、上記の「スタートアップ支援室」の室長を務めると同時に、「株式会社クロステック・マネジメント」の取締役、「クロステックデザインコース」の准教授を務めることによって、教育×クリエイティブ×ビジネスの三つの視点で学生支援を行えるようにしている。

■金融機関と創る「場」から生まれた事業承継起業

こうした基盤整備の中で、様々な外部連携が生まれた。その一つが、地元金融機関の京都信用金庫との取り組みである。Fin-Tech(フィンテック)時代の金融機関はどうあるべきかを問い続ける取り組みとして、京都信用金庫の河原町支店ビルの建て替えに伴い、「QUESTION」というコワーキングスペースおよびスチューデントラボ、チャレンジスペースなどを兼ね備えた共創空間が開設された。そのコンセプトと本学や株式会社クロステック・マネジメントが掲げる理念が共通したこともあり、株式会社クロステック・マネジメントは、このQUESITONのコア・パートナーとなった。

本記事で紹介する在学生の起業チャレンジは、上記の京都信用金庫のQUESITONから生まれた。QUESTIONでは、「QUESTION POST」という仕組みに、メンバーから様々な「問い」が寄せられる。その第1号の「問い」が、「京都で有名な綿菓子販売店事業を譲り受けることになりました。新たに事業を引き継ぐにあたり、「京都×学生×事業=???」をコンセプトとして、起業や事業に興味のある学生と一緒に会社を育てていきたいと思っています」というものであった。

その相談がコア・パートナーの弊社に寄せられ、早速相談者の公認会計士と京都信用金庫と筆者で打ち合わせを行った。「会社は廃業するがなんとか事業は残したい」と京都の綿菓子店の経営者より相談を受け、この貴重な機会を起業や経営に興味のある学生と一緒に取り組んでいきたいという内容であった。

今回事業を引き継いだ綿菓子店「JEREMY&JEMIMAH(ジェレミーアンドジェマイマ)」は、これまでメディアにも何度も取り上げられてきたショップである。しかし、コロナ禍で観光客の需要が減り、売上が大幅に減少していた。それに伴い、店舗も一部閉店しており、事業を存続するには、新たな店舗展開を考えたり、既存事業の承継だけでなく、様々なチャレンジを行う必要があった。そのため、先入観にとらわれずに複層的な視点で様々なアイデアを出せる芸術大学の学生と事業(経営)を一緒に実験的にやっていきたいという相談であった。民間企業と金融機関がつながり、学生にチャレンジする機会が開かれるモデルは非常に可能性が大きい。参加したい学生を募った結果、1年生3人、2年生1人(当時)の合計4人の学生が手を挙げ参加した。

■在学中の起業というトライから生まれる成果

こうして、手を挙げた学生4人と綿菓子事業の承継プロジェクトがスタートした。

まずは定款作成、登記、口座の開設など会社を設立するための一連の流れを学生自身が取り組むことから始まった。法人登記後は、新商品の開発からパッケージデザイン、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の活用、WEBサイトの商品画像の撮り直し、コラボ先の開拓など芸術大学の学生の強みを生かした事業改善を行った。

こうした起業のステップを一から具体的に推進することで、学生たちは実践を通して多くのことを吸収し飛躍的に成長している。立ち上げ当初は、一つ一つアドバイスを行っていたが、数カ月後には、自分たちで仮説を立て、それを即座に実践し、数字(売り上げやアクセス数など)をもとに検証し、改善を繰り返すことを全て学生だけで行うようになった。

東映太秦映画村とベネッセコーポレーションによる子どもの教育・成長支援ブランド「こどもちゃれんじ」マスコット「しまじろう」のコラボ商品開発企画では、キャラクターのデザイン使用での制限がある中でそれに従うだけでなく、より良い商品を仕上げるために、その制約を超えるための改善提案交渉を何度も繰り返し、商品化を実現している。

このように在学中に起業するトライからは、以下の三つの点で成果があると考えている。1点目は、感動の喜びと習熟の喜びをもとに、学生の主体性が形成されること。2点目は、クリエイティブな視点でモノを作るだけではなく、数字をもとにビジネスとしての事業継続性を考える視点を掛け合わせて考えるようになったこと。3点目は、新しいことにトライすれば失敗は常に起こる前提に立ち、その都度修正を繰り返せば良いというマインドセットに変わったことである。こうした力や姿勢は、学生のみならず社会でも求められている。まさに、Business×Technology×Creativeの三つの視点で物事を考えられるBTC人材の育成に、芸術教育が踏み出すことができていると考えている。