リポート

社会の知を取り込む実務家教員 実務家教員の展望と課題

社会情報大学院大学 実務教育研究科長 川山 竜二

写真:社会情報大学院大学 実務教育研究科長 川山 竜二

2021年12月15日

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■実務家教員の変遷

実務家教員の話をするときは、いつも実務家教員が求められる社会的な背景から説明することにしている。実務家教員の根本的な発想は、「社会の知を取り込む」ということにあると筆者は考えている。実務家教員の社会的・歴史的な背景としては、1+3段階ある。1は明治初期のお雇い外国人を指しているが、現代の実務家教員とはつながっていない。3は、1法令上の整備(可能段階)、2専門職大学院(制度化の段階)、3政策的段階(普及の段階)である。

■実務家教員の可能性を開く

いわゆるアカデミックキャリアをたどらない者が大学教員になる道を開いたのは、昭和60(1985)年の大学設置基準改正であると筆者は考えている。大学設置基準において、教授の資格を定める第十四条に第6号として「専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者」が加えられた。

当時の施行通知には、「大学における教育研究の一層の発展を図るためには、大学や研究所のみならず広く社会に人材を求め、その優れた知識及び経験を大学において活用することが必要であることにかんがみ、各界にあって、優れた知識及び経験を有し、教育研究上の能力があると認められる者について、大学の教授等の資格を認めることとしたものである」と記載されていた。ところが、実際に実務家教員の任用が取り沙汰されることはなかった。

他方で、1990年代初頭にかけて「社会人教授」という別の文脈で書籍が刊行された。筆者は「社会人教授」と今般の「実務家教員」は明確に区別しておくべきであると考えている。本来であれば社会人教授は、広い概念であり実務家教員も社会人教授の一つに位置付けられるような言葉である。しかし、社会で一時期ブームになった(?)社会人教授は、「社会人経験を経て」アカデミックキャリアに転向した人をおおむね指しているように思われる。例えば、ある人が長年企業に勤めていたが、「物理学」についての関心が学生時代より再燃し、大学院理学研究科に進学し学位を取得して大学教員に転身するというようなストーリーである。今の社会人教授と実務家教員との違いは、自身の実務経験との断絶である。今、挙げた事例は、自身の実務経験と関係なく知的関心にも基づいて大学教員になっている。もちろんそういった社会人教員が必要ない、と言っているわけではないが今般求められている実務家教員は、実務経験を踏まえた上で教育研究指導ができる大学教員を指している。

①専門職大学院と実務家教員

2003年に大学院の機能の中でも、理論と実践を架橋する教育を理念として掲げ、高度の職業上の専門性を有する高度専門職業人の養成に特化した専門職大学院制度がスタートした。理論と実践を架橋する教育を実現させるため、この専門職大学院制度の中で実務家教員が定義されることになった。

専門職大学院においては、専攻分野において、おおむね5年以上の実務の経験と実務の能力を有する者を実務家教員と定めている。そして、専任教員のおおむね3割以上(法科大学院においては2割以上、教職大学院においては4割以上)を実務家教員にすることが定められている。

専門職大学院制度が成立し、研究者教員と実務家教員の区別が実質上制度化されることになった。このことは、高度専門職業人の育成が社会からの要請であることはもちろんのこと、その養成にあたっては「社会の知を取り込む」必要があったということであろう。

②高等教育改革と実務家教員

2018年に公開された「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」では、社会のニーズを踏まえた教育を幅広く展開させることを目的として、実務家教員の登用がうたわれている。また、高等教育の無償化の機関要件としても「実務経験のある教員等の配置」を課している。これまで実務家教員は高度専門職業人の養成という文脈に限って述べられていたことが、大学にまで波及してきたといえる。これもまた実践的教育を高等教育で実現するために「社会の知を取り込む」作用が働いていたといえる。

他方で、社会・経済構造の変化に対応するため、専門性が求められる職業を担うための実践的かつ応用的能力を培うことを主眼におかれた専門職大学・専門職短期大学制度がスタートした。この専門職大学・専門職短期大学では、専任教員のおおむね4割以上が実務家教員であり、そのうちの半数は「研究能力を併せ有する実務家教員」である必要がある。新たな知が必要となるたびに「社会の知を取り込む」ために、実務家教員にもある程度の役割を課すようになってきた。

■実務家教員の課題

このように実務家教員は、可能性の段階、制度化の段階、普及の段階とたどってきた。しかし、実務家教員の要請が社会から大きくなると課題も生じる。それは、量と質の問題である。量は簡単にいえば、足りていない。足りていないからといって、誰でも彼でも実務家教員として登用するわけにはいかない。高等教育機関が「社会の知を取り込む」ために実務家教員を採用しているとしたら、どんな人でも構わず実務家教員を登用していたら高等教育機関の劣化に直結してしまうだろう。

①実務家教員の質

実務家教員の質とは何だろうか。実務家教員は、自身の実務経験・実務能力の延長線上から教育研究に結び付けられる必要がある。筆者は実務家教員に必要な能力を三能力で定義している(図1)。詳しくは拙著を参照願いたい。

図1
図1 実務家教員の三能力

第一に、実務経験・実務能力を有していること。

第二に、教育指導能力があること。この能力は厳密にいえば二つの要素から構成されている。一つは、授業をすることができる能力である。もう一つは、授業を設計することができる能力である。授業を設計するためには、シラバス(授業計画)を作成することができるだけでは不十分である。自らが携わる教育の仕組みや制度を知らなければ、適切に自分の教育研究をピースに当てはめることはできない。

第三に、研究能力である。学会発表や論文を執筆し学会誌に掲載される学術業績を研究と考えているのではないだろうか。もちろんそれは、研究能力を示す分かりやすい形ではあるし、学術業績を有することに越したことはない。だが、学術業績のみを研究能力の証左と見なすのは有益なことではない。研究とは何か。一つの答えは、「新しい知の発見/創造」である。いわゆる暗黙知は、表出していない知である。それらを言葉にし形式知にすることは「新しい知の発見/創造」に他ならない。研究能力を「新たな知見」を生み出すことであると考えれば、より多義的で重層的な見方をすることができるのではないだろうか。しかし実務家教員が唱える持論が、全て実践知になるわけでもない。実務家教員の研究能力は、実務経験を持論として言語化しさらに、誰もが納得でき実際の現場で活用できるような実践知にする能力ということになる。

■実務家教員COE(Centre of Excellence)プロジェクト

筆者が責任者を務めている「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」に採択をされている「実務家教員COEプロジェクト」について説明したい(同事業には、東北大学、名古屋市立大学、舞鶴高専が採択されている)。本プロジェクトの中核は、実務家教員養成課程である。文部科学省の履修証明プログラムとして、2018年に開講した。期間は6カ月間ほどで、シラバスの作成や論文執筆の方法といった教員に必要な能力の育成を目的としている。受講生は、実際に自身の実務経験を教示可能なカリキュラムとして体系化させ、作成したシラバスに基づいて模擬授業を行う。教員はその模擬授業の評価を行い、修了の是非を判断する。一定の条件を満たした受講生は、連携している日本女子大学を中心に学生を相手に模擬授業を行うことも可能となっている。本学が展開している実務家教員養成課程には、受講生の実務経験の領域に制限を有していないという特徴がある。過去の受講生を見ても、一人一人が所属する組織、職業分野、これまでに築いてきた経験は多種多様だ。実務の領域を問わない理由は、教員になるための「実務能力」「研究能力」「教育指導力」といった三つの能力をバランス良く養うカリキュラム構造にある。

実務家教員として自身の実務領域について発表し、研鑽(けんさん)する場が必要となる。そのためには広く「実務研究」や「実務教育」とは何かを討論する場が必要である。そこで本プロジェクトが主導して、「日本実務教育学会」を設立した。ここでは、実務家教員のみならず「実践の理論とは」、あるいは「実践と理論の融合」などを研究している研究者教員も参画している。実務教育研究のプラットフォームとしての機能を日本実務教育学は持っている。

そして研究者教員も含めて、なかなか教育研究そのものについて学び直す機会を持っていない。実務家教員は自身の実務経験をアップデートさせながら教育研究にあたることになる。それらをサポートするために実務家教員に向けたFD(Faculty Development)プログラムも本プロジェクトでは行っている。加えて、実務家教員の質を第三者が認定をする「認定実務家教員制度」も来春から実施をする予定である。このように実務家教員の課題に対して、トータルにサポートしていくことを本プロジェクトでは担っている。

しかし、課題も多い。実務家教員の認知や制度についての理解促進を促していく必要がある。加えて、現在実務家教員の養成は、先に挙げた採択校でしか行われておらず、様々な大学や研究機関で養成課程の実施を広げていきたいと考えている。