リポート

新素材!チャーガエキス配合の薬用育毛剤の開発

岡山大学 研究推進機構 企画戦略室(兼)知的財産本部 准教授 嵯峨山 和美

写真:岡山大学 研究推進機構 企画戦略室(兼)知的財産本部 准教授 嵯峨山 和美

2021年12月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

■民間薬としてのチャーガ

チャーガ(Inonotus obliquus、和名:カバノアナタケ)は、シラカバなどのカバノキ類の幹に寄生する耐寒性のキノコで、樹皮を破って黒い固い菌核を形成する(写真1)。北半球の温帯から亜寒帯地域に広く分布し、日本では北海道、東北地方、長野県などで見られる。1970年にノーベル文学賞を受賞した当時ソビエト連邦の作家アレクサンドル・イサーエヴィチ・ソルジェニーツィンが、著書『ガン病棟』の「白樺の癌」という章で、「モスクワ郊外の医者が何十年も勤めている病院にくる農民の患者には癌がめったに見られない。調査したところ、そのあたりの百姓たちは、お茶代を節約するために、チャーガを煎じて飲んでいることを発見した」と、チャーガの薬効について触れている*1。事実チャーガは、ロシアや西シベリアでは、4世紀以上にわたり癌に対する民間薬として使用されている。このためチャーガの抗腫瘍(しゅよう)作用に焦点が当てられた研究が世界中で進められてきた。またチャーガは、抗酸化作用、抗炎症作用、糖尿病や動脈硬化などの予防効果を示すことも報告されている。このことから日本では、機能性食品としての活用も検討され、チャーガの粉砕物や粉末あるいは液体培養液が、健康茶として販売されている。

写真1
写真1 チャーガ(カバノアナタケ)

■即実行!トントン拍子にご縁に恵まれる

徳島大学は、モンゴル健康科学大学(現モンゴル国立医科大学)との学術交流に関する協定書(2007年10月5日締結)に基づき、「生薬学・天然物化学分野での指導・教育を行うとともに、薬用植物を含む天然薬用資源に関する共同研究の推進」を行っていた。2012年、大学院医歯薬学研究科(歯学域)山下菊治准教授(当時、現新潟薬科大学教授)が、モンゴルの留学生から、「モンゴルでは、伝統的にチャーガやプランタゴマヨル(Plantago major、セイヨウオオバコ)などの煮汁を洗髪剤などとして用い、洗い流す前に髪に染み込ませておく地方がある」との情報を得た。これは黒い髪を維持するためと考えられる。山下准教授は、これら材料の抽出物の各種代謝酵素活性に与える影響を調べ、育毛活性に関する研究へと発展させていた。当時、徳島大学産学官連携推進部知的財産本部に所属していた筆者は、この研究成果の特許出願(PCT/JP2013/082322)を担当した。そして、本件の技術移転活動の一環として、2013年5月8日〜10日に東京ビッグサイトで開催された「BIO tech 2013」で、本研究成果を紹介するためにブース出展し、山下准教授にアカデミックフォーラムで「チャーガの発毛・育毛効果」の口頭発表をお願いした。この時、偶然、徳島大学のブース前に足を止めてくださった某監査法人のT氏から「知り合いが本件に関心を持つだろう」という情報を得て、筆者はその知人を紹介いただいた。筆者からこの知人である株式会社スヴェンソンのI氏宛てにダイレクトメールを送信したのが2013年5月27日だ。初めての挨拶メールで、厚かましくも面談を依頼し、再度、山下准教授とともに6月20日に上京、株式会社スヴェンソンの本社(港区)を訪問した。紹介者の言葉通り、本件に興味を持っていただき、検討くださることとなった。早速、山下准教授保有のチャーガ乾燥エキス粉末17gを提供した(7月11日、研究成果有体物売買契約書締結)。

スヴェンソン社では、サンプルの溶解性やその単体と配合成分との相性の確認、また髪への染色性の試験や育毛について検討する予定で、山下准教授との質疑応答が続いた。11月14日にはI氏とともに本件の開発責任者である同社のヘアケアマーケティング事業部長の福元隆俊氏が徳島大学へ来学くださり、チャーガ原料に関するこれまでの実験結果から詳細な意見交換を行った。共同研究開発を目指して、競争的資金獲得のための相談も行った。

2014年1月28日には、福元部長と筆者は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)を訪問し、担当者から適した事業を紹介いただいた。そこで、A-STEP産学共同促進ステージ(ハイリスク挑戦タイプ)に「チャーガの発毛効果の実証およびヘアケア製品応用のための基礎評価」として共同申請したが、残念ながら不採択であった。しかしながら、スヴェンソン社から「中期計画で、育毛効果について科学的なエビデンスのある医薬部外品の新規原料として、チャーガ抽出物原料の実用化研究を共同で行いたい」とのありがたいご要望を受け、2014年5月8日に共同研究契約書の締結に至った。チャーガをヘアケア製品(医薬部外品および化粧品)に使用するための基礎評価について研究(医薬部外品:発毛効果、化粧品 保湿効果)を行うことが目的である。

実験が進むにつれ、育毛効果は、チャーガ熱水抽出物のどの成分が主体なのかという疑問が生じた。そこで、筆者はこの課題を解決すべく、学内で有効成分の探索研究を進めるために、学内の他の研究者を紹介させていただいた。

一方、前述の協定書に基づく一環として、大学院医歯薬学研究科(薬学域)柏田良樹教授の生薬学研究室では、モンゴル民族が伝承する貴重な薬物の情報と新規医薬品創薬を目指した薬用植物の含有成分に関する研究を行っていた(2010-2012年基盤研究B採択「モンゴル民族の伝統薬物調査とその有効利用に関する研究」)。モンゴル産植物から新規化合物を単離し、化学構造を明らかにする研究である。加えて、柏田教授は、シラカバ樹皮に多量に含有されるトリテルペンの化学修飾とその抗HIV活性に関する検討によりベツリン酸誘導体(bevirimat)に極めて強い抗HIV活性を見いだし、米国で臨床応用試験まで展開した経験を有していた。柏田教授はチャーガ研究に興味を持ってくださり、2015年5月14日に新たな共同研究契約が締結された。幸運にも学内で研究者間の橋渡しをすることができたのである。

■JST A-STEP マッチングプランナープログラム採択のおかげで研究の土台を築く

チャーガに含まれる発毛・育毛効果を有する化合物の同定を行うに当たり、活性評価系の確立が必須であった。当初、発毛・育毛に関与する代謝酵素を用いた評価系を検討したが、これまでの実験結果と対応していなかったため、この評価系を指標とした探索は困難と判断した。研究開始早々、大きな問題に直面した。そこで福元部長と相談し、スヴェンソン社にて毛乳頭細胞増殖促進作用、テストステロン5αリダクターゼ阻害活性、アンドロゲンレセプター拮抗作用、ヘアサイクルに関与する遺伝子の発現調節作用を評価していただくこととなった。この活性評価の結果、チャーガ80%エタノール抽出物が陽性対照のミノキシジルよりも低濃度で毛乳頭細胞の増殖を促進することが明らかになった。医療用医薬品ミノキシジルを上回るチャーガエキスの毛乳頭細胞増殖促進活性がここに見いだされたのである。

この結果を受け、ヒト毛乳頭細胞増殖促進活性を指標としたチャーガの発毛・育毛活性成分の探索研究を本格的に始めることとなった。本研究計画をJST平成27(2015)年度第1回マッチングプランナープログラム「探索試験」に応募し、「モンゴル天然薬物チャーガを素材とする新規ヘアケア製品の開発」として採択された。本プログラムに採択されたことにより、研究の土台となる評価系を当研究室に確立することができた。この評価系を用いて探索研究を進めた結果、毛乳頭細胞促進活性成分としてラノスタン型トリテルペンのラノステロールを中心とした複数の化合物が同定された。これら結果をスヴェンソン社と徳島大学とで特許共同出願(PCT/JP2018/024979**1)するとともに、国際学術誌に論文発表した(J. Nat. Med. 2019, 73, 597-601**2)。

■企業と大学とのキャッチボールは続く

スヴェンソン社と徳島大学の出会いから、2021年6月1日にザ・チャーガ薬用スカルプシャンプーが、6月17日にザ・チャーガ薬用育毛剤がそれぞれプレスリリース(写真2)されるまで、丸8年を要した。この間の双方のやり取りは、終始、福元部長と筆者とであった。「新有効成分含有医薬部外品」の承認申請はハードルが非常に高いため、スヴェンソン社は、チャーガ80 % エタノール抽出物を「新規添加剤を配合した医薬部外品」として、非臨床安全性試験(急性毒性「経口」)、皮膚一次刺激性、連続皮膚刺激性、眼刺激性試験などを実施し、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceutical and Medical Device Agency;PMDA)の審査を経て、厚生労働省の承認を得た。ついにチャーガを新たな素材とした育毛剤の商品化に成功したのである。

写真2
写真2 チャーガの開発商品

また、PCT出願に対する国際調査機関からの見解書に対しては、2019年1月22日に企業とともに筆者も特許庁審査官と面談を行い、無事に7月30日に日本国の特許査定を受けることができた。研究成果の公表では、2018年日本薬学会第138年会でのポスター発表や2021年第46回日本香粧品学会での口頭発表とスヴェンソン社と徳島大学との連携は続いた。現在も大学院医歯薬学研究科(薬学域)田中直伸准教授により成分の探索研究が続いている(2020-2022年基盤研究C採択「カバノアナタケを素材とした新しい発毛・育毛剤の開発研究」)。

今後は、活性化合物を最適化し、医薬部外品から医薬品(発毛・育毛剤)への開発を目指して、スヴェンソン社と一緒にさらなる企業へと働き掛けたい。

最後に、産学連携はネットワークを活用し、即実行!に移すことが重要である。全ての案件で同じ過程はない。とにかく、OJTで自己の経験を重ねながらも、他者の実証研究・事例報告などを謙虚な気持ちで学び、よく考えて応用しながら動くことが大切だと思う。

*1:
新潮文庫、ガン病棟(上)11白樺の癌
本文に戻る

参考文献

**1:
特許第6582322号、CN110891577、TW201904582
本文に戻る
**2:
DOI: 10.1007/s11418-019-01280-0
本文に戻る