海外

大学教員は見た 多様性の風が吹く街 シカゴ

Indiana University School of Medicine インディアナ大学 医学部 リサーチアシスタントプロフェッサー 社団法人海外日本人研究者ネットワーク(UJA) 理事 株式会社Quantaglion Co. Ltd. 米国アドバイザー Indy Tomorrow 代表幹事職 河野 龍義

写真:Indiana University School of Medicine インディアナ大学 医学部 リサーチアシスタントプロフェッサー 社団法人海外日本人研究者ネットワーク(UJA) 理事 株式会社Quantaglion Co. Ltd. 米国アドバイザー Indy Tomorrow 代表幹事職 河野 龍義

2021年11月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

米国中西部の秋は美しくも短い。紅葉に染まった木々の向こうから長い冬の足音が聞こえてきそうだ。

この隔月連載も4回目を迎えた。米国中西部はエジソン、フォード、ライト兄弟など起業家を多く輩出し、起業家精神が息づいていることを述べたが、今回はベンチャーキャピタル投資の現状と米国中西部の中でも最も活気がある都市のスタートアップ支援システム(エコシステム)、多様性への取り組みと産学官連携について触れたいと思う。

■2021年 大きく動いているベンチャーキャピタル投資を読み解く

米国での2021年上半期のベンチャーキャピタル(VC)投資を見ると、1~6月までの投資額が約17兆円と昨年度の1年間での投資とほぼ一緒であり、今年の投資額が過去最高を更新することは確実である。コロナ禍でも米国のスタートアップの分野では経済が大きく前進していることが読み取れる。その中でもやはり東海岸に位置するマサチューセッツ州とニューヨーク州、西海岸に位置するカルフォルニア州の活動が活発である(図1)。

図1
図1 米国全体のVC 投資額の推移

中西部を見てみると、五大湖沿岸部の6州の合計額が$6.93B(約7,700億円)となり、昨年1年間の日本のVC投資総額1,512億円の約5倍である**1

この内訳を見てみると、中西部ではイリノイ州が突出していることが分かる(図2)。またインディアナ州では2021年上半期だけで$708M(約783億円)を記録し2020年の投資額を大きく超えて、すでに5年前の約4倍の金額が投資されている(図3)。インディアナ州の成長の秘密については過去の記事をぜひ参考にしていただきたい。

図2
図2 2021 年1 月から6 月まで中西部、五大湖沿岸州のVC 投資額の割合*1
図3
図3 インディアナ州の投資額の推移*1

■全米第3の大都市シカゴ

インディアナポリスからシカゴまでは車で約3時間の距離である。その途中に広大な土地に数千の風力発電の風車が設置されている地域があるのだが、その風景の中を車で走るとシカゴに向かう楽しさもあって心が躍る。ミシガン湖に近い高速道路の高架橋の一番上まで来ると、湖のほとりにシカゴの街並みを見下ろすことができる。100m以上の超高層ビルが500棟以上もそびえ立つ眺めはいつ見ても飽きることがなく、映画のオープニングのような気分にさせてくれる(写真1)。そして私は時計の針を1時間巻き戻し、建築、ファッション、文化、スポーツ、音楽などあらゆる面で魅力が詰め込まれた街の今日の表情を確かめるのである。

写真1
写真1 シカゴの街並み(著者撮影)

■シカゴの産学官連携

シカゴは世界最大の先物取引所(Chicago Mercantile Exchange Center)を持つ金融の街でもあり、フィンテック(金融と情報を結び付けた革新的な技術を使ったサービス)、データサイエンス、ヘルスケア分野で大きなスタートアップが誕生している。イノベーションを支える大きな原動力として、シカゴ大学やノースウェスタン大学、イリノイ工科大学など米国の中でも屈指の大学が起業を促進するカリキュラムなどを通して大きく貢献している。多様な分野やテーマに特化したインキュベーター/コワーキングスペースが集積しており、その活発な活動も一つの大きな特徴である。図2で示したイリノイ州のVC投資額の多くがシカゴの多様なスタートアップ支援システムによる数字となっている。

長い目で見るとNBAのスーパースターであるマイケル・ジョーダンを中心にシカゴ・ブルズが輝いた時代もあれば「やぎの呪い」で知られるメジャーリーグのシカゴ・カブスの長い低迷があったのと同じように、シカゴの「起業家の街」としての歴史はいつも順風満帆だったわけではなく、リーマンショックなどの経済浮沈の影響も大きかったようである。

以前は東海岸、西海岸に流失していた人材をインキュベーターや大学、行政が協力して起業文化を作り上げ、大企業とスタートアップをつなぐなど、優秀な人材やスタートアップを引き留める取り組みを続けてきたことがやっと実を結んで、現在の成功に結び付いている。イノベーションの支援に積極的なラーム・エマニュエル前市長(2011~2018年)を中心とした取り組みも大きな要因の一つであったようだ。最近のニュースとしては、バイデン大統領がエマニュエル氏を駐日大使に任命した。正式な承認はまだだが、日米両国の発展のために活躍していただけることを心から期待したい。

■街全体が女性は優秀なリーダーであることを証明

シカゴのエコシステムにおいて、重要なポイントが二つあった。一つは女性起業家の割合の高さである。2019年のデータでは、女性起業家比率の高い都市、世界1位に26%のシカゴが選ばれており、2位ニューヨーク、3位クアラルンプール(マレーシア)と続く。Chicago Blendによるデータ**2を見ると2020年ではさらに女性役員の割合やマイノリティの割合が上昇しており、女性のリーダーシップを全面に押し出した活動が成功していることがよく分かる。世界的に女性の起業家が少ない理由には、女性起業家への投資が少ない(2019年は2.6%)ことなどが挙げられるが、シカゴではこの男女格差を埋めることを掲げて投資を行うエンジェルやVCが存在し、女性投資家を増やす活動も積極的に進められている。女性起業家向けコミュニティが多数存在し、「女性が活躍する街」としてのブランディングにも成功している。つまり女性起業家の成功が次に続く人材を呼び込み、再投資を促進し評判を広げていく好循環を生んでいる。

もう一つのポイントは高い投資収益率である。シカゴでは過去10年間におけるスタートアップに対する投資の45%が10倍以上の投資収益率を上げており、同じ時期のカリフォルニア州ベイエリア(25%)やニューヨーク(22%)と比較しても高いというデータがある**3。女性起業家に多く出資しているだけでなく、そこから生まれる収益も大きいということである。ファイナンシャルタイムズ紙などの報告を見ると、ヨーロッパの企業を対象とした研究で女性役員の多い企業では業績も向上している結果が報告されている**4。シカゴのスタートアップ成績を見る限り、世界一の女性起業家比率を持ち、なおかつ圧倒的な投資収益率を上げている事実が、女性の起業家としての資質の高さを証明しているとしか思えないのである。

■まとめ シカゴに学ぶ

正直に言うと「女性起業家」という言葉に違和感があった。性別や人種に線を引く時代ではなくなってきていると思うからだ。しかし、このようなデータを示すことでお互いを尊重できる社会になっていけば素晴らしいと思う。多様性に注目した投資はシカゴだけでなく、世界各地で活発に行われており確実に伸びている。分野を超えたチーム形成と同じようにジェンダーに関しても年齢に関しても様々なバックグランドを持つ人材が活躍できるシステムを構築することが新たな産業を産む近道なのだろう。

*1:
Elevate ventures、Venture report1H 2021 より改変
本文に戻る

参考文献

**1:
データはElevate ventures、Venture report2021H およびベンチャーエンタープライズセンターより。ウェブサイト Elevate ventures、Venture report2021H
本文に戻る
**2:
ウェブサイト ChigcagoBlend.org data 2020
本文に戻る
**3:
JETRO ニューヨークだより2020 年3 月 女性起業家割合世界一、投資収益率の高い スタートアップ・エコシステム シカゴ
本文に戻る
**4:
フィナンシャル・タイムズ紙(2020 年11 月9 日) The stock market boost from having more women in management SHARON BELL
本文に戻る