特集公設試のお仕事

地域産学官連携によって育てた静岡バラプロジェクト

静岡県工業技術研究所 食品科 山下 里恵
静岡県工業技術研究所 食品科 石橋 佳奈

写真:静岡県工業技術研究所 食品科 山下 里恵 写真:静岡県工業技術研究所 食品科 石橋 佳奈

2021年11月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

■地域中小企業の発展に向けたものづくり支援

静岡県は、南アルプス、富士山、箱根西麓などの「山の幸」、伊豆半島から遠州灘の500kmに及ぶ海岸線、浜名湖、黒潮と深海を抱える駿河湾の「海の幸」、そして清冽(せいれつ)な水資源と温暖な気候といった豊かな自然や風土に恵まれている。加えて、古くから東海道が大都市圏を結ぶ物流の好適地である。これらが「場の力」となり、農林畜水産業、醸造・木工芸・織物・製紙などの地場産業、機械・自動車関連産業、さらに食品産業に至っては、食品・飲料製造事業者が3,000社を超えて発展し、静岡県は差し詰め「産業のデパート」のようである。そのため、県内産業支援を目的とする県の公設試験研究機関(公設試)として、農・林・畜・水産の1次産業支援、そして筆者らの所属する工業支援の研究所が県下にくまなく配置されている。

中でも静岡県工業技術研究所(本所および3支援センター)で支援対象とする技術分野の守備範囲は、他の都府県と比べてもとりわけ広いのではないかと思う。

まず、機械・電子部門は、各地域の機械・装置産業支援のための基盤技術として4カ所全てに配置されている。その他、県東部の沼津工業技術支援センターにはバイオ科(醸造・発酵、医療系バイオテクノロジー)、富士工業技術支援センターには製紙科とCNF*1科、県西部の浜松工業技術支援センターには材料科(主に機械部品素材)、繊維高分子材料科(炭素繊維を含む繊維織布)および光科(レーザー加工)がある。

また県中部(静岡市)の本所には、金属材料科(金属・セラミック材料、複合メッキ加工)、化学材料科(プラスチックなどの高分子材料)、照明音響科(自動車などの照明シミュレーション技術、音響評価・騒音制御技術)、工芸科(家具・建材・天然系炭素材料)、ユニバーサルデザイン科(製品評価、UD製品・デザイン開発)、環境・エネルギー科(環境材料、メタン発酵などの有機性廃棄物からのエネルギー回収)、および食品科(食品・化粧品素材の物性・成分・機能性評価、食品加工・化粧品調合技術)が配置され、令和元年度には展示型のIoTラボも開設された。

近年は、ワンストップのものづくり支援や6次産業化支援が求められ、支援対象も1~3次産業と垣根がなく、支援内容も各研究部門の持つコア技術の提供・普及にとどまらず、起業や経営革新など、新規事業開拓の草案から関わる事例が多くなっている。そのため各研究員は、自身の専門の技術や知識の幅を広げるとともに、広域首都圏輸出製品技術センター(MTEP)*2といった首都圏公設試との広域連携や、県下の産学官金の各種支援機関との連携を、積極的に企業支援に活用している。

本稿では、こうした静岡県における「公設試のお仕事」の一例として、これまで筆者らが携わってきた製品開発支援の中から、地域産学官連携によって育てた静岡バラプロジェクトについて紹介したい。

■静岡バラプロジェクト

筆者らはこれまで、地域バイオマスの機能を生かした生活製品の開発研究を、県内の中小企業と共に取り組んできた。当初は、県産のスギ・ヒノキ間伐材から焼成される「分子ふるい」炭を研究し、室内空間に樹木等の植物の芳香成分を残したまま、悪臭やシックハウス症候群の原因となる有害なにおい成分を除去する機能を持った商品の開発に携わった。その後は、静岡県の豊富な農林産物を中心に、植物の「香り」の機能性や市場性に注目し、香りの素材化のための、樹木(木材・枝葉)や柑橘(果皮や花)からの香り抽出、成分分析、精製技術の研究を行ってきた。

最初の試験圃場(ハウス栽培)の鈴木バラ園(静岡市清水区)
①静岡バラプロジェクトの発足

こうした中、株式会社コーヨー化成(静岡市)から、静岡の香り、中でも「バラの香り」を生かした地域ブランドの化粧品開発について相談を受けたのが2014(平成26)年、今から7年前になる。これがその後の静岡バラプロジェクト発足のきっかけとなった。

静岡県の農産物といえば、緑茶やミカン、ワサビ、温室メロンが有名だが、花卉(かき)の生産も盛んで、静岡県は全国屈指のバラ(切り花)の産地(全国2位、シェア約10%、出荷量2,000万本、2019農業統計)である。バラの市場性を見ると、「色や形」の美しさが求められる鑑賞用切り花の需要の他にも、「バラの香り」を求める消費志向は、昨今のバラをイメージした芳香剤や化粧品などの多さにうかがえる。

その一方で、静岡市の「バラ」は地域産業資源に認定され、多くのバラ(切り花)が産出されているものの、近年は、農家数・生産量共に減少傾向が続いている。

そこで、「静岡市のバラ産業の活性化」を目標として掲げ、2014年に静岡市の産学交流センター(B-nest)の研究助成を受けて、①年間を通じた高品質なバラ栽培の取り組みと、②枝の曲がりなどで規格外となり廃棄されてきた切り枝のバラ花弁を活用した香り素材抽出技術の確立と、これを活用したバラの香り化粧品の開発に着手した。これを機にコーヨー化成が中心となって地域のバラ農家、農業関連企業、静岡大学農学部、産業コーディネーター、工業技術研究所が連携する「静岡バラプロジェクト」がスタートした。この時の研究では、栽培するバラの香気を高め、その花弁からティーローズエレメントと称されるバラの重要な香り成分の一つ「DMT(3,5-Dimethoxytoluene)」を高含有するバラの天然抽出エキスの採取に成功し、この成果がその後の活動の原動力となった。

②静岡県産のバラの香り化粧品

この成果を受けて、2015(平成27)年度には、一般社団法人静岡バラ振興会(バラ振興会)が旗揚げされた。バラ振興会では、静岡市産の良質なバラの普及、およびそのバラ花弁から採取する抽出エキスを使用した「バラの香り商品」の開発・販売・PR事業の展開を主な活動内容とした。

良質なバラ生産の普及では、産地であるJAしみず・バラ部会のバラ農家との連携を拡充した。また、バラの香り商品の開発ではコーヨー化成が、バラの天然抽出エキスを用いた事業化に向けて、産地に隣接する同社工場内に、バラ花弁から新鮮な香り成分を抽出してバラの芳香蒸留水(ローズウォーター)を製造する「減圧水蒸気蒸留装置」を導入し、原料調達→抽出素材化→化粧品製造の生産体制を確立した。

バラ花弁の香り抽出に用いる減圧水蒸気蒸留装置(左)、
蒸溜カゴに入れたバラ花弁(右上)、抽出されたローズウォーター(右下)

また同社は、およそ2割が廃棄されてきた規格外のバラの花弁を化粧品の香り素材として生かすことで、バラ農家の収益を向上させた。さらには生花とともにバラの香り化粧品の域外への発信につなげることを目的に、地域バラ産業のブランド力強化にも貢献するため、地域資源活用プログラム(経済産業省)の事業認定(平成27年度から5年)を受け、地域連携による県産バラの香りを活用したアロマ化粧品「barai/o(バライオ)」をリリースした。

このほか販路開拓にも取り組み、ネット販売をベースに、静岡市美術館、静岡空港、百貨店での販売、国内外の展示会出展、最近では中国ECサイトへの展開にも挑戦している。

最初の「barai/o」シリーズでは、バラの天然抽出エキスをベースとしたボディークリーム、ミスト、ジェルタイプ美容液の3アイテムについて、それぞれNo.3、No.7、No.76の三つの香りをラインアップした。開発のポイントは、①県産バラから得られる「癒しの香り」DMT(3,5-Dimethoxytoluen)および、②使用感・保湿・香り保持機能に寄与するCNF(バラ振興会と静岡県の共同出願、特開2019-11442)を積極的に活用したことである。この時、工業技術研究所では、バラの天然抽出エキスの開発、DMTをはじめとする香り成分解析、および化粧料へのCNF添加による使用感(レオロジー)、保湿(ヒト介入試験による角層水分)、香り保持(バラ香気成分の徐放性)の向上についての研究を行い、バラの香り化粧品の開発に貢献した。

バラの香り化粧品「barai/o」
③バラの香りの機能性を追求したエビデンスの構築と事業化

最近の化粧品の市場状況を見ると、国内の化粧品市場は急成長し、国産化粧品の輸出額はアジア圏を中心に急増している。2019年冬に始まった世界的な新型コロナウイルス感染拡大では、メークアップを中心とする化粧品の国内生産が低下したにもかかわらず、輸出は相変わらず堅調な伸びを見せている(2020年、前年比15%増、財務省貿易統計)。これは、消費者ニーズにおける美容への健康意識の高まりによって、メイド・イン・ジャパンの化粧品、特にスキンケア化粧品で、安全性への信頼、品質、さらには機能性に対する国内外の市場の期待が大きいためではないだろうか。そこで、「barai/o」のバラの香りの機能性の探索の取り組みを開始した。

香り解析に用いた一次元・二次元ガスクロマトグラフ質量分析計

2017~2018(平成29~30)年には、国立研究開発法人科学技術振興(JST)研究助成の地域産学バリュープログラムにて、企業ニーズに応える「バイオリズムに着目した新しい評価方法によるバラの香り成分の機能的活用のための科学的エビデンスの構築」研究を、静岡県立大学と共に実施した。その結果、バラの香りに、特にバイオリズムの乱れた女性に対するストレス緩和傾向を見いだした。

2019~2020(令和元~2)年には、このバラの香り機能のエビデンスの実証と製品化を目指して、静岡県の事業化推進助成(公益財団法人静岡県産業振興財団)「ナノセルロースを活用した医療福祉ニーズに応える機能性アロマ・基礎化粧品の開発」にて、これまで素材化・商品化に成功した県産のバラの香気成分のストレス軽減効果を実証し、医療・介護現場への事業展開のためのエビデンスの構築と製品化の研究を行った。

その結果、香りの機能性エビデンスとして、バラの香りの鎮静効果に加え、細胞試験ににて香り成分の皮膚への直接的な機能を新たに見いだし、この機能性の香り成分を皮膚に有効に作用させる、すなわち安定的に化粧品に分散・保持し皮膚への浸透を制御・促進するためのCNF添加による乳化処方を開発した(特願2021-29000)。今冬にも、新たに機能性を強化したモイストローションを商品化する予定である。

おわりに、この静岡バラプロジェクトでは、地域産学官およびバラ農家の連携によって、地域の資源であるバラ生産において廃棄される花弁を活用して、国産の天然バラ抽出エキスおよびバラの香り化粧品を開発し、さらにはバラの香りの機能性エビデンスの構築においても成果が得られた。地域企業の果敢な事業化推進、大学のシーズや機能性研究、そして工業技術研究所の香り抽出・解析技術やCNF添加による乳化処方の開発の技術支援はもとより、静岡バラ振興会の旗振り役を務めた産業コーディネーターの長年にわたる連携推進の貢献は大きかった。関係各位のご尽力に敬意を表したい。そして今後も、こうした産学官連携の取り組みを企業支援や地域産業の活性化に活用していきたいと思う。

*1:
CNF(Cellulose Nano Fiber): 主に木材のパルプから機械的、もしくは酵素や化学的改質によって解繊することで製造される、幅数ナノメートルのセルロース繊維。ユニークな特性から、産業利用が期待されているバイオマス由来の新素材。
本文に戻る
*2:
MTEP(広域首都圏輸出製品技術センター):1都10 県1市(東京都、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、静岡県、横浜市)の公設試験研究機関が連携して実施する中小企業のための海外展開支援サービス。
本文に戻る