特集公設試のお仕事

地元企業を研究開発型に変容させて社会課題を改善に導くメカニズム

秋田県産業技術センター 技術フェロー 赤上 陽一

写真:秋田県産業技術センター 技術フェロー 赤上 陽一

2021年11月15日

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2020年10月の国勢調査人口速報値によると、秋田県は、年間およそ14,000人が減少し、そのうち若者は3,000人である。この流れを抑制しないと将来の社会活動に影響を与えるのではないかと考え、研究活動が地域社会の改善に貢献すべく模索している内容について述べる。

■研究活動を支えてくれた恩師の言葉

大学入学オリエンテーションの際に恩師より「工業の工とは、天と地を結ぶ人の技なんだ」という言葉をいただき、工業は人のために役に立つものでないといけないと心に刻み今に至る。

■人と出会いシーズ獲得

研究活動における大きな転機は1994年に企業から、秋田県産業技術センターに入庁したことである。県内企業の技術相談がご縁となり、秋田大学の藤田豊久教授(現東京大学名誉教授)と出会い門を叩いた。当時、先生の研究室では、電界に応答し増粘効果を発揮する電気粘性流体の研究やその応用化を手掛けられていた。私はどのようなメカニズムで増粘効果が発揮されるのか、溶媒に誘電体のシリコーンオイルと分散粒子に半導体で高硬度な人工ダイヤモンド粒子を調整し観察実験を試みた。電気粘性流体の評価方法は、直流電界や50Hz交流電界を与えて、増粘効果を評価するのが一般的である。そこで、観察実験には顕微鏡下で平行電極を設置し、調整した液体を滴下後に極低周波数電界を印加した直後、図1に示すように液内でダイヤモンド粒子が活発な挙動を示す現象を見て、驚いたことは今でも鮮明に覚えている。

無電界
無電界
電界 3kV
電界 3kV
図1 電界砥粒制御技術

この挙動をシーズとするために、多くの文献や先生にお尋ねした。これが人との出会いへとつながった。本挙動を砥粒の配置制御技術として電界砥粒制御技術と命名、特許を申請後に県内小径ボールエンドミルメーカーの社長にお見せすると、彼らの未解決な課題であった小径工具の延命化技術に活用できるのではないかと、共同研究がスタート。初めに、工具短命化の原因を追究し、刃先加工後に残存した凸部状のバリが原因ではと推定、その除去方法として、高硬度なcBN製ボールエンドミルの刃先を電極として、その下方に回転定盤をセットして他方の電極とし、パッド上にダイヤモンド分散型流体を滴下しながら低周波交流電界を与えながら接触回転させると、刃先に砥粒が集まる現象が見られた。通常研磨は砥粒の飛散により時間を要するが、本研磨法は、電界の作用によって砥粒が集まり短時間に刃先凸部が仕上げられる技術として確立できた。また、工具寿命の延命化を評価する方法として、本工法で仕上げた工具を用いて、加工生成されるカッターマークの乱れた個所を寿命到達点とした。その結果、工具寿命はおよそ2倍強延命化することが実験より得られた。本工具を市場に提供することによって、これまで不可能であった高硬度な焼入れ鋼への直接加工が可能になり、長時間を要する放電加工技術に代わる新たな省エネ加工法として提案され、顧客の生産効率を向上案とし受け入れられた。

本成果をベースに新たな工具創製を経済産業省の競争的資金に申請して獲得。社長が夢見た下請け企業からメーカーへの変容が実現できた。このように新たなシーズと企業課題を解決に導き企業価値の向上を成し遂げ、ついには研究開発型企業に変容し経営も拡大できた。本成果によって2018年に彼らと一緒に「科学技術分野の文部科学大臣表彰」をいただき、事業承継も成し遂げた。

■人との出会いでシーズとニーズマッチングによる医工連携

当県の若者をいかにして残せるか? または県外に出られた方を秋田県に戻せるか? この社会課題を研究者の立場から考えると前述の研究成果のように下請け企業から研究開発型企業に変容させ、「憧れ企業」を作るメカニズムが存在するのではと思考した。

このような時期に精密工学会を通して、様々な先生との出会いがあった。最新の精密加工技術の研究成果を、この地の企業の皆様にご披露いただき、気付きを与えていただくための場として「北東北ナノ・メディカルクラスター研究会」(初代会長・元岩手大学学長の岩渕明先生、現会長・秋田大学医学部付属病院病理部の南條博先生)を2003年に設立した。この会のキャッチフレーズとして「人と人との出会いによってイノベーションは加速する」とした。会の中で「これからの精密工学は医療機器だ」というご提言もいただき、社会課題を解決に導く研究開発型研究会として、コロナ禍以前まで、年3回開催してきた。本研究会を拠点として北東北の企業が連携しシーズを持ち寄り、国の競争的資金の獲得も進めてきた。

一方、砥粒の配置制御技術である電界砥粒制御技術から水ベーススラリーの配置制御技術として電界スラリー研磨技術を生み出し、秋田県の光学部品産業の生産性向上やスラリー省資源化技術を開発した。この研究過程において、図2に示すμLオーダーの微量液滴に非接触に電界を与えると3次元的に活発な撹拌(かくはん)作用が得られることが分かった。これまで、微量液滴は表面張力に支配されて撹拌が生じ難いことで知られていた。

無電界時
無電界時
電界印加時
電界印加時
図2 電界撹拌技術

一方、液滴内における分散粒子の挙動を観察するために、数μm程度の炭酸カルシウム粒子を調整させた100μLの液滴に3kVの電界を外部より与えると、約1,200倍に粒子移動速度が得られることが判明。生体試料においても10~20倍ほど移動速度が向上することを明らかにすることができた。さらに本撹拌技術の特筆する特徴として撹拌中に液温上昇が見られないことである。超音波撹拌技術では、液温上昇によって、組織の変成や液滴の蒸散によって見かけ上の濃度が増大し、正確な情報が得らないという課題が存在していた。本撹拌技術を電界撹拌技術と命名し、初めにDNAの検査技術に用いられるハイブリダイゼーションをおよそ5倍迅速化する技術として2011年9月の当研究会の基調講演でお招きした秋田大学医学部の南谷佳弘教授(現医学部附属病院長)に研究内容を紹介したところ、これが切っ掛けとなり、南谷先生より「免疫組織染色」という有用な病理診断法であるが、診断結果に長時間を要するという課題をいただいた。これに電界撹拌技術を適用することで手術中に診断結果が得られないか? 30分以内? 早速、翌週より共同研究がスタートした。

免疫組織染色法は2段の抗原抗体反応工程が存在し、従来では120分を要し、診断結果が出るまで計150分かかった。その間、手術を止めるわけにはいかない、そのため伝統的なHE染色法にて診断、手術後に免疫組織染色法で確認するのが一般的な流れである。もし手術中に免疫組織染色法による診断結果が得られれば、執刀医は、高精度な診断結果から最適な治療方針を選択することができる。これまで、手術中のHE染色法の診断結果と手術後の免疫組織染色法で異なる結果が出た場合には再度手術を行い、患者への負担が大となる。そこで手術中に免疫組織染色の診断結果が得られると患者への負担は軽減され、また医療費削減にもつながる。共同研究の結果、20分で鮮明な結果が得られ、病理医の診断時間を含めても30分以内に執刀医に診断結果を知らせることが可能であることが判明した。早速、研究会ベースで県内ものづくり企業にお声掛けして、それぞれの強みを持ち寄って試作装置開発を進めた。秋田発の医工連携オープンイノベーションのスタートであった。

本技術を医学界に広めるために、7大学1病院の病理医などにも加わっていただき「迅速免疫研究会」も立ち上げ、広域的、詳細な評価や高度な染色性に関する技術を磨き、医療機器製販業者にも加わっていただき医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)への対応も整えて図3に示す「迅速免疫診断装置」を2014年に上市。既に1,000人を超える患者の診断支援に活用されているとの報告を受けており、人のために役立つものづくりの創出に携われた貴重な体験であった。

図3
図3 迅速免疫装置

本装置に関わり得られた複数の特許は登録され、2019年に特許庁長官賞、2020年には第8回ものづくり日本大賞の経済産業大臣賞を受賞した。現在、病理部門からの要望により、手動装置から自動装置への開発が着々と進行中で2022年には上市予定である。

このような医工連携産学官によって、まさに「利他的」な研究開発をこの秋田県にて成し得ている。今後はデジタルトランスフォーメーション(DX)などによって遠隔病理診断のイノベーションを起こし「地域における安全安心な医療体制の構築」につなげ、中央圏の方々が秋田県に移住される切っ掛けになるものと期待している。

■人口減少に抗う憧れ企業の増進メカニズムについて

このような研究会活動や共同研究をベースにすることで、若者が地元にとどまれる利他的な研究開発型企業の増進に貢献できるものと考える。私が携わってきた共同研究をベースに研究開発型に変容した企業は10社程度とこれからであるが、中には事業承継も果たした企業も生まれている。今後も研究開発型企業に変容するメカニズムの一つである「シーズを有し高める共同研究」の重要性を説き、大型競争的資金獲得に挑戦し、採択されることで企業認知度や企業価値の向上につながり、若者に研究開発型企業の存在を知り得る機会を提供できるものと考える。

まさに目指す新事業は社会課題を改善することで「利他的で憧れを抱かせる企業の顕在化」である。今後もこのような研究活動のDNAを次世代につなげていただき、人口減少抑制に資する展開の一つの「解」として継続していくことで人が集まり豊かな地方の将来が描けるものと期待する。