リポート

地域で活躍する滝沢市IPUイノベーションパークの歩み

岩手県立大学 研究・地域連携本部 特命教授 柴田 義孝

写真:岩手県立大学 研究・地域連携本部 特命教授 柴田 義孝

2021年10月15日

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本稿では、岩手県立大学を中心とした門前町構想とその実現のために開学以前より大学、岩手県、滝沢市が取り組んだ26年間にわたる産学官連携の活動と滝沢市IPU(Iwate Prefectural University:岩手県立大学)イノベーションパークの歩みについて述べる。

■岩手県立大学と門前町構想

岩手県の雄大な秀峰・岩手山を望む滝沢市(当時は人口53,000人の滝沢村)の地に、アーチ状の玄関を構える岩手県立大学が存在している。日本のミスター半導体と言われた初代学長の西澤潤一先生を中心に岩手県立大学は135万県民の期待を背負い、4学部(看護、社会福祉、ソフトウェア情報、総合政策)と2短期大学部を擁する総合大学として1998年に開学した。

岩手県立大学

また1995年からの開学準備期間においては、西澤学長提唱の「門前町構想」も推進され、大学を創設するだけではなく、大学を中心とした町づくりを推進して産業集積を目指す熱い議論も同時に行われた。当時はようやく日本でもインターネットが普及し始めた時期であり、ソフトウェア情報学部を中心とした産学官連携のリサーチパークの立地を目指すものであった。加えて大学周辺には、学生や企業人のみならず一般県民も集えるようにレストランや各種ショッピングセンターなどの商業施設、宿泊施設の誘致や、国際交流センター、レジデンスゾーンも構想に入っていた。それはまさに米国ですでに展開していたリサーチパークを目指すものであった。

岩手県は2000年に、このゾーンを学研都市圏として位置付け、20年後のリサーチパーク実現に向けた構想を策定した。このために岩手県立大学とともに、開学後に複数回にわたり、米国のリサーチパークを訪問した。とりわけ、ノースカロライナ州の学術都市であるリサーチトライアングル・パークは大学に囲まれた地形や産学官の取り組みが岩手県立大学の門前町構想と一致しており、岩手県のIT産業集積の参考になることを確信した。

ノースカロライナ州の産業は、リサーチトライアングル・パークができる前は、たばこ、綿花、家具製造などの農林業が主分野であり、全米でも州民1人当たりの所得は下から6番目と低賃金の状況であった。これに対して、1980年代初めに時のジェームズハント州知事は産業政策として半導体・エレクトロニクスとバイオ・医薬品の振興を打ち出し、これを実現するため、産学官の共同体制のもと、ノースカロライナ大学、ノースカロライナ州立大学、デューク大学の三つの大学に囲まれた地にリサーチトライアングル・パークが設立された。生活空間の充実と交通網の利便性向上を掲げ、全米よりハイテクのIBM社や医薬品のグラスゴー社など多くの企業や研究機関の誘致に成功した。これにより1990年にはトライアングルリサーチパークは157組織体で39,000人の従業員に達し、全米でも有数のリサーチパークとなった。その結果、ノースカロライナ州の一人当たりの所得は米国全体のほぼ平均まで上昇した。この要因はまさにこれまでの農林産業からハイテク産業への転換であり、岩手県が目指す指針となった。

■岩手IT研究開発支援センター

この指針をもとに岩手県立大学は、リサーチパーク構想の第一歩として2002年に国立研究開発法人情報通信研究機構(当時、TAO:通信・放送機構)のサテライト研究施設として「岩手IT研究開発支援センター」を開所するとともに、同センター内に「産学官連携研究所」も同時開所し、県内外の企業との地域看護、保健、福祉関連の連携活動を開始させた。岩手IT研究開発支援センターには、超高速ギガビットネットワーク設備が国内外の主たる研究機関と相互接続され、4年間の時限ではあったが最先端のネットワーク研究やその応用研究が実施され多くの研究成果が生み出され、研究開発された成果は国内外の学会やシンポジウムやワークショップを通じて大学や企業に技術移転された。この間、当時の天皇皇后両陛下の遠隔看護実習へのご臨席や総務大臣の災害情報ネットワークの視察訪問は特筆すべき出来事である。

岩手IT 研究開発支援センター

2005年より同研究開発支援センターは「岩手県立大学地域連携研究センター」として名称と組織体制を変え、学内の研究者による八つの学内研究所および四つの企業が入居し産学官体制を引き継ぎ、テラヘルツ応用、組み込み技術や地域防災情報システム技術などの産学連携研究を継続した。これは滝沢市との産学官連携への発展につながるものであった。

■滝沢市IPUイノベーションセンターの開所

2007年に滝沢市は、国の企業立地促進法に基づき大学周辺に新たに滝沢市IPUイノベーションセンターを創設し、IT産業を集積するため、岩手県立大学との包括協定を締結し、「岩手県立大学周辺組込みソフト・ITシステム関連産業集積計画」を策定した。これは大学と自動車・携帯電話・デジタル家電のための組込みソフトウェア技術やIT・ソフトウェア技術の開発拠点を立地し、IT企業の産業振興により、ものづくり産業の高付加価値化と、優秀な人材の雇用と地元定着を図るものであった。岩手県立大学のソフトウェア情報学部からは、学部および大学院を含めて毎年約130人の卒業生を輩出しているが、これらの雇用先の一部として滝沢市IPUイノベーションセンターへとの考え方であった。このため、滝沢市と岩手県立大学は連携しながら首都圏を中心に入居企業の誘致に尽力した。特に猛暑の中、滝沢市職員と岩手県立大学教員は、イノベーションセンターに関わる重い配布資料を抱え、首都圏の岩手県立大学の学生の就職先企業を1社ずつ訪問し、イノベーションセンターへの入居を繰り返し説いて回った。しかしながらこの活動はすぐに成果に現れることはなかったが、その後も粘り強く地道な誘致活動が継続された。

滝沢市IPU イノベーションセンター

その結果、2年後の2009年のセンター開所時には5社が入居した。まさにスモールスタートであったが、その後も少しずつであるが入居企業は増加した。入居企業の業種はものづくり、IT、制御設計、CG、携帯電話検査、システムインテグレーションなど様々であった。

2011年3月に発生した「東日本大震災」では大きなダメージはなかったものの、余震が長きに継続したことから撤退する企業もあり一時入居企業が減少したが、その後も首都圏でワークショップ開催や在京岩手県産業人会などを通じて懸命に入居のメリットや岩手や滝沢の特徴などを説得した。その成果もあってその後は入居増に転じた。その結果イノベーションセンターは手狭になり、2014年にパーク敷地内に「滝沢市IPU第2イノベーションセンター」が開所され、さらに入居企業の増加を見るに至った。

2014年より、岩手県立大学ソフトウェア情報学部は、実学実践の理念のもと、入居企業との連携によるPBL(Project Based Learning)を実施し、そのアドバイザーを入居企業に依頼する制度を実施した。この制度により学生はより実践力や応用力を醸成すると同時に、在学中に入居企業で就労や起業する学生も現れるようになった。さらに多くの学生が情報処理学会全国大会で卒業研究テーマを発表し、学生奨励賞を受賞するまでになり、その受賞総数において、毎年全国1~3位となり、実践力の高さを示すことができた。

2018年には、滝沢市IPUイノベーションパーク内に立地する企業第1号が自社ビルを構えるに至ったが、さらに2020年には2号、3号と増加するとともに、待望のレストランもオープンし、入居企業人や学生のみならず近隣の市民もレストランを利用する光景が見られるようになった。

2021年4月現在、滝沢市IPUイノベーションパークは、企業数30社、従業員数186人、立地企業数3社の規模になっている。うち岩手県立大学卒業の就労者は45人となっており、全体の約25%を占めている。また共同研究数も年々増加し、明らかに滝沢市と岩手県立大学との連携はより緊密になっていることがうかがえる。門前町構想が提唱されてから26年が経過したが、当初の構想からは規模的にもまだまだ道半ばである。しかしながら、昨今のコロナ禍において地方へ企業や人口が分散する時代へと向いつつある中、今後地域で活躍する滝沢市IPUイノベーションパークが果たす役割は益々大きくなると思われる。