リポート

高齢ドライバーの交通事故削減を目指すバーチャル研究所「交通安全未来創造ラボ」

新潟大学 工学部工学科 人間支援感性科学プログラム 村山 敏夫

写真:新潟大学 工学部工学科 人間支援感性科学プログラム 村山 敏夫

2021年10月15日

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世界各国の共通目標であるSDGsは、持続可能な社会を築くために17の目標と169のターゲット、232の指標によって構成されている。そのうちの目標3のターゲット6では「2020年までに世界の道路交通事故による死傷者を半減させる」として、わが国においても交通死亡事故ゼロを目指した取り組みが広く展開されている。本稿では、交通社会における課題の解決を目指して、産学連携による交通安全未来創造ラボの設立経緯と取り組みの内容を紹介する。

■SDGsの視点から交通安全を考える

国際的には、国連において2011年から2020年の10年間を「Decade of Action for Road Safety(道路交通安全のための行動の10年)」と定め、世界保健機構(WHO)では世界の道路交通事故死者数を予測される水準で抑えることとし、さらに2020年までに削減することを目標とした行動計画が策定されている。同機構からは2016年に交通事故による死亡者数は世界で135万人に達したことが報告され、交通事故による経済損失規模は世界GDPの3%を占めるとされる。そのため、各国においても交通事故を削減する取り組みが進められている。もっとも進んでいるとされるのが北欧であり、特にスウェーデンでは、2020年までに交通事故による死亡をゼロにすることを目標にした「Vision Zero(ビジョン・ゼロ)」が国の政策として導入されている。ビジョン・ゼロでは安全性を重視すべき優先目標として掲げて取り組み、実際に交通死亡事故削減の成果を上げている。

■ラボ設立の社会的背景となる全国の交通事故状況

わが国における全国の交通事故状況は、交通事故総合分析センター(ITARDA)による交通事故統計に基づき把握ができるが、高齢者の交通事故と未就学児を巻き込む交通事故は依然として高く、特に高齢者の死亡事故割合は高く、また、子供の命を巻き込む交通事故がわが国の社会問題になっている。

  • 交通事故死亡死者数に占める高齢運転者(65歳以上)の割合 2010年:50.3% → 2020年:56.2%
  • 交通事故重傷者数に占める高齢運転者(65歳以上)の割合 2010年:31.6% → 2020年:38.2%

これらの現状から、世代を超えて地域社会全体で“交通事故に対する意識”を高めるための教育とムーブメントが必要であると考える。また一方で、高齢化と過疎化による交通弱者と生活弱者の増加も社会課題となっている。免許返納後の高齢者や移動手段のない地域住民が暮らしやすい移動環境の整備と、健康で住みよい地域づくり、さらには日本の交通環境に慣れない外国人へ配慮した社会基盤の整備は交通事故抑止の取り組みと同時進行でなくてはならない。これらの課題を解決するために、研究・教育機関、企業、行政機関、地方自治体が連携した、交通社会環境整備への着手が重要であり、具体的な方策とモデル地域での展開としてラボが位置づけられる。

■交通安全未来創造ラボ

交通安全未来創造ラボでは、幼児・児童、訪日外国人、さらに過疎化による公共交通機関の縮小などで移動に不安や不自由を抱えている一人ひとりに寄り添いながら、誰一人取り残すことのない交通社会におけるダイバーシティ(多様性)の実現に向けた研究に着手する。本ラボでは、社会問題となっている高齢ドライバーの交通事故削減を優先課題として取り組む。これまでの先行研究により、高齢ドライバーの運転操作の誤りは、認知力や、筋力・視覚などの身体機能の低下が関連し合っていることが判明している。この関連を正確に解明し、さらに、それらの低下を引き起こす背景要因として、生活習慣や文化、地域社会とのつながりまでさかのぼって研究を進める。そして、その研究成果を生かして、高齢ドライバーが健康で長く、安全に運転できるような交通安全ソリューションの創出に向けてチャレンジすることが本ラボの目標となる。よって、ラボに参加する研究者は、生体医工学、医療衛生、生活・衣装デザイン、ソーシャルデザインなど多岐にわたる。さらに、自治体、研究教育機関、医療機関、まちおこし団体などの幅広い連携先からパートナーを発掘していく。このように、多様な専門分野、地域、世代やジェンダーを融合することにより、イノベーションを産み出す手法「Diversified innovational method」も本ラボの特徴である。

新潟大学と日産自動車の共同研究による自動車運転実験の様子
(新潟県自動車免許センター)

各大学からの特別研究員は以下で構成され、それぞれの研究者が、分野を跨いだ横断チームを組みながら活動を展開する。

  • 村山 敏夫(新潟大学 工学部人間支援感性科学プログラム 准教授)
  • 川守田 拓志(北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科視覚機能療法学 准教授)
  • 角田 千枝(相模女子大学 学芸学部生活デザイン学科 准教授)

■事例①交通事故抑止を目的とした体操の開発

これまでの研究から、日常生活における運動習慣が筋力や認知機能の維持向上につながることが分かっている。ラボでは、筋力や認知機能の低下が運転動作にも影響を与えるものと考えている。まず高齢者の運転動作で課題となるのが、下半身の筋力低下によって楽な姿勢へとポジショニングするために運転姿勢が前かがみになる。この前かがみ姿勢によって、メーターパネル確認時での首の余分な上下運動や、ドアミラー確認時の体の左右運動が増えるなど、運転動作に余計な動きや場面が増えてくる。これが安全走行を阻害する原因の一つになる。また、ブレーキやアクセルを操作する際の脚の屈曲伸展動作にも影響を及ぼす。次に、高齢者は肩から腕の筋力が低下することで、手を伸ばした姿勢でのハンドル操作維持が困難となる。特に長距離運転では背部の筋を中心に負担が掛かり、疲労が増すと考える。最後に、運動機能の低下は認知力低下を招き、前方車両の急ブレーキなどとっさの場面で、適切な運転行動ができなくなると推測される。また、スピード感覚や視野機能が劣ってくると考えられる。このようなことから、高齢者は運動機能の衰えとともに、車を安全に運転することが徐々に難しくなる。そこで、高齢ドライバーの安全走行を支援するための第一弾として「ハンドルぐるぐる体操」を開発した。同体操は、血流を促すリフレッシュ、少しハードな筋力アップ、脳を刺激する認知力アップの3パターンで構成され、高齢者が覚えやすいように、3秒間4カウントで完結するリズミカルな動きの繰り返し運動が特徴である。また、重要となるのが体操啓発の手法にあるが、具体的には新潟大学が連携している地域にて、高齢者や子供たちと一緒に体操を実践することから始めている。この体操を活用した世代循環型交流が広がりの要素となっている。

■事例②ラボ活動のステークホルダーとなる地域との関係

ここでは、ラボの取り組み事例の一つを紹介する。新潟県の日本海沿岸中央に位置する出雲崎町。ここは江戸時代に幕府直轄の天領地となり、北前船の寄港地である佐渡島からの金銀荷揚げの地として栄えてきた。その出雲崎町は交通死亡事故ゼロが4,000日を超えており、今もなお記録は更新されている(2021年8月現在)。また、第10次新潟県交通安全計画の期間中(2017~2020年「平成29年~令和2年」)に出雲崎町で交通死亡事故が発生しなかったことに対して、2021年2月4日に新潟県警交通部長から感謝状を贈呈されている。3本の国道が交差し、夏には多くの海水浴客が市外から訪れる環境にもかかわらず交通死亡事故ゼロが続く出雲崎町との連携はラボ活動には重要な関係となる。そこで、ラボと地域が連携して「トリトン・セーフティ・イニシアティブ」と冠した地域デザインの取り組みを進めている。「トリトン(ToLiTon)」(Town, Life and Transportation)とは、従来の交通安全啓発の枠組みにとどまらない「まち・生活・交通」を結ぶ提案を目指していくプロジェクトのコンセプトを表現したものであり、交通安全未来創造ラボの前身の取り組みとして位置付けられた新潟大学と日産自動車によるプロジェクトが土台となって今に至る。具体的な取り組みには、出雲崎町民や出雲崎高校の生徒たちとの交通安全啓発活動(おもいやりライト―はやめのヘッドライトオン―)や、わが国では横断歩道での事故が多いことを受けて、高齢者の筋力や運動機能の計測と健康教室と交通安全教室の融合開催などを進めている。

新潟大学生、出雲崎高校生、新潟県警察による交通事故防止活動
(新潟県出雲崎町)

■今後の具体的な取り組みについて

  • 身体機能測定、ドライビングシミュレーター、実車走行試験を組み合わせた、高齢ドライバーの運動・運転機能データの収集とその同期解析。2021年は、高齢ドライバーの運転時の視線解析、色彩反応解析を中心に取り組む。
  • コンピューターグラフィックスを用いて、高齢ドライバーの視認性研究と、その自覚ツールおよび交通安全ソリューションの開発。視認性については、最先端の有効視野研究に取り組む。
  • 生活・服飾文化研究、および上記①、②の研究成果を使った、高齢ドライバーにも目につきやすい歩行者側での交通安全ソリューションの開発に取り組む。
  • 新潟大学と日産自動車が共同創案した『ハンドルぐるぐる体操』の効果検証に取り組む。
  • 研究で開発した自覚ツール、交通安全ソリューションが社会に広まり定着していくためのソーシャルデザイン研究に取り組む。