特集大学発ベンチャー表彰2021

文部科学大臣賞
iPS 細胞を用いて重症心不全に対する次世代治療法を開発する

Heartseed株式会社 代表取締役社長 福田 恵一

写真:Heartseed 株式会社 代表取締役社長 福田 恵一

2021年10月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

iPS細胞を用いた心筋再生医療で心臓病治療に対して新たな扉を開こうとしている企業であり、実用化されれば心不全患者の心機能の長期的な改善に寄与することが期待されている。高い技術力と海外大手企業との積極的な連携関係構築などのグローバル展開を含めた戦略的取り組みは、日本の再生医療ベンチャーにおけるロールモデルとなり得ると考えられ、今後大きく成長することが期待される。

■iPS細胞から心筋細胞を作製し、重症心不全患者の心臓に移植する治療法を開発

Heartseed株式会社はiPS細胞を用いた心筋再生医療の実用化を目指して研究開発を行っている企業です。心筋梗塞、心筋炎、抗癌剤の副作用などにより心筋細胞は失われますが、心筋は再生しないため心筋不足による心不全となります。当社は、iPS細胞から製造した再生心室筋細胞を高純度に精製し、心筋球という微小組織を作製し、特殊な移植針を用いて左心室の収縮が低下した部分に移植する治療法を開発しました。移植した心筋は患者さんの心臓に生着するとともに同期して収縮します。また、移植した細胞は時間経過とともに徐々に成長(肥大)することで、不足していた心筋を補充することができるので、心不全を根本から治療することができます。当社の強みは、慶應義塾大学循環器内科と連携し、高品質のiPS細胞を作出する技術、iPS細胞から心室筋だけを作製する技術、残存iPS細胞などの細胞を除去し高純度心筋を作出する技術、再生心筋を心筋微小組織に凝集させ効率的に移植する技術など、移植部位の損傷を最小限にした特殊移植針の開発など、次々と新規技術の開発に成功したことです。

心不全は本邦で120万人、米国で600万人、世界では2,600万人といわれております。心臓移植は効果的ですが、ドナー不足から普及した医療にはなりません。今後国内外で臨床治験を実施する予定です。国内は自社で開発を行いますが、世界に向けては世界第7位の製薬会社であるノボ・ノルディスク社と提携して開発を進め、世界を視野に入れた事業展開を行ってゆく予定です。

Cardiac spheroids(心筋細胞)

■iPS細胞医療の成否の鍵を握る腫瘍形成抑制技術の開発

山中伸弥教授が開発したiPS細胞は、試験管の中でさまざまな細胞を分化させることができることから次世代の再生医療の切り札とされています。しかし、実際には分化させた細胞の中にiPS細胞が残っていることが多く、そのまま移植すると奇形腫という腫瘍(しゅよう)を形成してしまいます。眼科領域のように移植する細胞数が少ない場合には問題となることはありませんが、心不全に対して心筋細胞を移植する場合には大量(数億個レベル)の細胞を移植する必要があるため、iPS細胞の残存は大きな問題になってきます。また、心臓の場合には心筋以外の細胞を心臓の壁の中に移植すると壁の脆弱性や線維化を生じてしまう危険性があるため、心筋以外の細胞を完全に取り除く必要があります。心不全治療には大きなアンメットニーズがあるにもかかわらず、iPS細胞が臨床応用されてこなかったのは、こうした技術的問題が解決されなかったことが原因です。

当社が成功した鍵となる技術は、iPS細胞から心筋細胞を分化誘導させたのちに、残存しているiPS細胞や心筋以外の細胞を完全に除去することができる技術を開発したことです。そしてこの技術の開発が可能となった背景には、慶應義塾大学医化学教室の末松誠教授のご指導と味の素株式会社の甚大なご協力をいただいたことが大きかったと思っております。われわれは心筋細胞とiPS細胞の性質が大きく異なることから、この両者で細胞エネルギー代謝も異なるであろうと推測し、末松教授にこの両者の差をメタボローム解析していただきました。そして、iPS細胞は代謝基質としてブドウ糖とグルタミンに大きく依存する一方でクエン酸回路や酸化的リン酸化には依存していないことを見いだしました。その一方で、心筋細胞は逆にクエン酸回路や酸化的リン酸化が発達し、ブドウ糖とグルタミンがなくても乳酸が存在すれば乳酸→クエン酸→クエン酸回路→酸化的リン酸化へと進むことを見いだしました。そして、味の素株式会社にはブドウ糖とグルタミンを含まず乳酸を過剰に入れた培養液の作製(心筋純化精製培地)をはじめとして、再生医療に必要なベストの培養液の作製に試行錯誤していただきました。このようなアカデミアのサイエンスと企業が有機的な協力をすることが大学発ベンチャーの成功の秘訣だと思っております。

安全かつ高密度・均一に細胞を移植するデバイスの開発

日本は再生医療研究が非常に盛んで、シーズも数多く育っております。しかし、再生医療ベンチャーを成功させるにはアカデミアだけの力では不十分であり、研究開発、細胞製造、臨床開発、品質管理、当局対応、資本政策、IR、特許政策、財務、人事、経理、総務などの領域に明るいそれぞれの領域の専門家が必須となります。Heartseed社は幸運にもこれらの全ての領域の専門家を集めることができ、海外への出口戦略も明確にすることができました。今後新たに生まれてくる日本のアカデミア発ベンチャー企業を成功させるには、これらのベンチャーに優れた人材を提供できる仕組み作りと支援体制の確立が重要であると思っております。