視点

車社会は人類には早すぎた?

愛媛大学 社会連携推進機構 准教授 秋丸 國廣

2021年9月15日

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「車の運転は人類には早すぎた」という議論がある。「車の運転は難しく、事故が後を絶たない」、「全てが運転者任せ」、「デジタル時代になぜいつまでもアナログなのか」という主張である。自動車メーカーの努力(技術の発達)でドライビング性能が向上し、さらに安全装備の導入で乗員事故死は間違いなく減っているが、歩行中の事故で亡くなる方は多い(警察庁交通事故統計によれば、令和2年度の交通事故死者数2,839人のうち、乗車中882人、歩行中1,002人)。運転する人の中には制限速度超過、飲酒運転、運転中のスマホ操作をする人もいるし、誤操作による事故もあり、今の車載安全装備では対人事故を無くすには不十分だ。自動運転車の普及はその解決法かもしれないが、技術の進歩を待つより社会のシステムを見直し、例えば車と人の接点を無くす都市構造で解決できないだろうか。ヒントの一つはバルセロナのスマートシティ(道路センサーと信号の連動やブロックごとの通行規制)で、交通事故の削減に成功したと聞く。技術革新だけを追い求めるのではなく、市民目線で新しい技術を街づくりの中でどう使うかを考えることも大事だと思う。ガソリン自動車普及からわずか120年であるが、歩行者の安全を守ることが、運転者のモラル任せとなっていること自体、大きな社会的欠陥で、確かに人類には車社会はまだ早かったのかもしれない。