海外

日本からの投資全米1 位を記録した
インディアナ州の裏側3 パデュー大学編

インディアナ大学 医学部 リサーチアシスタントプロフェッサー 社団法人海外日本人研究者ネットワーク(UJA)理事 株式会社Quantaglion Co. Ltd. 米国アドバイザー Indy Tomorrow 代表幹事職 河野 龍義

写真:インディアナ大学 医学部 リサーチアシスタントプロフェッサー 社団法人海外日本人研究者ネットワーク(UJA)理事 株式会社Quantaglion Co. Ltd. 米国アドバイザー Indy Tomorrow 代表幹事職 河野 龍義

2021年9月15日

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■パンデミックとメタモルフォーシス

パンデミックとの戦いの中で、世界中の多くの人々が長い我慢の時間を過ごした。逆風の中で静かに耐えしのいだ私たちは羽化を待つ蛹(さなぎ)だったのではないだろうか。東京2020オリンピックで躍動した全ての素晴らしいアスリートたちの姿を見て、私はそんなことを思い描いていた。研究者や産業界に関わる多くの方々にとっても、我慢の時間を乗り越えて長年の努力が実を結び自分たちの技術をさらに昇華させて全世界に届ける時が近づいていると強く信じたい。

前回の記事で日本とつながりの深いインディアナ州の重層的な起業支援システムの概要を紹介させていただいたが、実際にインディアナのシステムに注目して日本から米国への企業進出を行ったばかりの矢島工業株式会社 横山淳社長にお話を伺ったので紹介したい。また、インディアナ州にあり工学、化学、農学、宇宙物理学などが世界でも有数であるパデュー大学の先進的な動向についても紹介したい。

■新素材の技術と2020年のアメリカ進出の決め手

横山淳氏はイギリスの大学を卒業後、レーシングエンジニアとしてヨーロッパを中心に世界各国で活躍された後、自動車部品の開発製造を中心に行う矢島工業株式会社の3代目社長として様々な事業を展開されている**1。横山氏の活動は多岐に及び、自社技術の医療応用にも取り組んでおり、カーレースのエンジニアであった経験を生かし、競技車両製作に関わる ART SYMS RacingではDirectorも務められている(写真1)。

写真1
写真1 矢島工業株式会社 横山淳社長

米国進出においては経済産業省の先端的技術開発分野でも認められた研究開発チームの高度な技術力を生かして、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)の新素材の開発と部品提供を行うために2020年に米国インディアナ州にYAJIMA USA Incを設立されている。軽くて強いカーボンファイバーとして広く普及しており、今後の開発も大きく期待されている材料であるが進出先としては米国内ではインディアナ州1択であり、その他の地域に関しては参考に調査を行った程度であるということであった。

進出先を決めた理由として四つ挙げていただいた。①すでにインディアナに進出している日系の340社の中に重要な取引先があり人脈の紹介を含めた情報を十分に得られたこと、②インディアナ州政府の駐日事務所およびIEDC(経済開発機構)から多大なサポートが得られたこと、③パデュー大学に複合材料分野の大きな研究センターが存在し、カーボンファイバーの応用を含む材料研究の世界的第一人者と会ったときに研究内容で意気投合し共同開発を行う話が進んだこと、④インディアナ州と日本のつながりの深さ、特に本社のある群馬県との交流の歴史という縁があったこと。

■豊富なパデュー大学の産学連携のオプション

YAJIMA USA Incはパデュー大学を介してRobert Byron Pipes教授との共同研究契約を締結し、従来の製品に比べ耐熱性に優れた新素材の開発研究を進めている(写真2)。15年間も海外生活をされており、海外展開の経験もある横山氏にとってもパデュー大学の産学連携のオプションは豊富で、いつでも大学内の製造ラインで生産を行うことができそうなくらいに非常にアクセスしやすい印象を受けたとお話しくださった。最新のシミュレーション技術により材料開発の効率と速度は格段に上がっているとのことで、すでに2020年に締結した契約に含まれる3段階のうちのPhase1がたった1年で終了し、現在はPhase2の段階であり2023年の量産化を目標に順調に進めているとのことだった。

写真2
写真2 YAJIMA USA Inc とRobert Byron Pipes 教授との共同研究

その他のメリットとして製品化の補助金の金額が大きいことと州からの事業サポートが素晴らしいという点があり、その一方で製品化に向かう際の知財戦略は非常にシビアで、特許の内容に関してもしっかりと注意して進めていくことが大事であるということを強調されていた(こちらは前回記事にしたウィットニー氏も強調していたが、専門家を含めたチームで隙のない知財戦略というものがカギになるようである。一昔前の大学や企業の残念な穴だらけの国内外の知財戦略からは脱却しなければいけないようだ)。

YAJIMA USA Incとパデュー大学との共同研究の先には、航空機事業や飛行可能な自動車も含めて、持続可能な次世代の移動手段を多くの方に普及させたいという横山氏の夢が広がっているのを感じた。

■パデュー大学学長 ミッチ・ダニエルズ氏

私にとってパデュー大学の一番の思い出と言えば、根岸英一名誉教授のノーベル賞受賞とその翌年の先生との出会いであるがすでに別の記事で書かせていただいているので、ここでは学長のミッチ・ダニエルズ氏について触れたいと思う。根岸先生とのつながりで招いていただいたパーティーで「President is going to say something ! (大学長が話すぞ!)」といった口調で、自ら注意を促しながら前に出てきてお話をした方がいた。

ミッチ・ダニエルズ学長である。世界的製薬会社であるイーライリリー社の副社長を務めた後、2012年までインディアナ州の州知事として活躍し、一時は有力な大統領選候補でもあった。日本企業のインディアナ州の誘致にも積極的に取り組み、パデュー大学と日本企業の連携でも成功を収め2017年には旭日重光章を受勲されている**2。これだけの人が大学長としてパデュー大学の産学官連携の中軸を担っているのである。

ミッチ・ダニエルズ氏の学長としての年収が90万ドルを超えたというニュースではその内訳まで公開されたりするのだが、アメリカのPublic Schoolの大学長の収入は100万ドルを超えることは珍しいことではない。もちろんその分、成果が求められる。近年のパデュー大学の躍進は目覚ましく、学生の満足度も高く、大学ランキングはもちろん、大学の研究財団からの年間報告(Purdue Research Foundation Annual Reportから)を見ても2013年から2020年までに300を超えるスタートアップ企業と400億円以上の資金調達に成功しており、アメリカの国内ランキング3位の数字を残している(2020年IPWatchdog Institute調査結果)。こちらの集計をよく見てみると、1位がMIT、2位がコロンビア大学、3位がパデュー大学となっており、大きな大学連携システムを除いたランキングである。つまりUCLA、UCSF、UCDAVIS、UCSDから成るカリフォルニア大学のような大きな連携システムを除いたものではあるが単独大学としては素晴らしい数字と言える。例えばハーバード大学やカリフォルニア工科大学の同時期のスタートアップ件数と比べてもパデュー大学が上回っていることが分かる(数字はいずれもAUTM STATTs databaseより)。パデュー大学の先進性を感じる分野は量子コンピューター、AI、IoT、宇宙開発、コンピューターシミュレーションなど様々あるが、その一つがサイバーセキュリティーである。5月13日アメリカでサイバーセキュリティーに対する大統領令が出された**3が、古来の「環境、ミス、内部不正」に加え金銭目的及び社会混乱を目的とした複雑な「国際的サイバー攻撃」を対象とした対策が急務である。1件あたりの被害損失額も大きく、国家としての研究費の額も大きく増加している。インディアナ大学も早くからH4D(Hacking for Defense:防衛のためのハッキング)という様々な分野の専門家が集まりアイディアを競うイベントなどで成果を出しているが、量子コンピューターのスタートアップ企業を複数抱えているかつサイバーセキュリティー分野で国内6位に位置するパデュー大学が頭一つ抜けている印象である。

■Biggest risk of all is that we stop taking risks at all

今年のパデュー大学卒業式にてミッチ・ダニエルズ氏は挑戦することの例えに冒険すること、起業すること、新しい世界に挑むことなどを挙げて、パンデミックを理由にリスクを回避する大人が増えていることを指摘した。私たちが学んだことは未知の恐怖に怯えることではなく「どんな困難でも乗り越えることができるという自信」であるということを述べた後、リーダーシップに対する一番のリスクは挑戦を止めることだと強く訴えた。

■研究者が集まるハッカソン「SXR Innovation Hub」の開催

一方、この状況の中で、海外の日本人研究者はどのような取り組みを行っていたのだろうか。

私が所属する海外日本人研究者ネットワークUJAは慶應反分野的サイエンス会(ASG-Keio)と共催の形で2月と5月の2回のハッカソンイベント「SXR Innovation Hub」を主催した(写真3**4。このイベントでは「越境し共創する研究シーズの発掘と事業開発」をテーマに掲げ、CIC東京などの日本の拠点と仮想現実空間をつないだハイブリッド形式で行い、世界各国で活躍する研究者と日本の研究者、さらに日本の高校生が参加して、様々なテーマに対する解決策を創造する機会を設けた。

写真3
写真3 セレンディピティと知的創造を育む取り組みとして開催されたイベント「SXR Innovation Hub」

大きな注目を浴びた開催であり、ご存じの方もいると思うが海外をリードする企業が開催するハッカソンに匹敵するほどの素晴らしい提案がなされ、異分野の研究者が集うイベントの重要性を改めて認識できる機会となった。特にパンデミックに強い社会を実現するための提案は秀逸で、大学関係者だけではなく協賛企業からも高い評価が得られていた。同時に日本の高校生の起業意識の高さを感じることができ、次世代の挑戦をより強固な体制で支援していくことが日本の将来にとって不可欠であるということを考えさせられた大会でもあった。

■ドン・キホーテのように

今回はパンデミックの中でのアメリカ進出の実情やパデュー大学の先進的な動向について取り上げさせてもらった。

研究者や起業支援に関わっている多くの方々にとっても我慢の時期が続いている分野も多くあると思うが、蛹から蝶に羽化する時と同じように、かつてない大きな変化のための準備期間であるように私には感じられる。挑戦する多くの方に心からのエールを送りたいと思う。

最後になるが、今年の6月、長く若手研究者育成支援に熱心に取り組んでおられた根岸英一先生のご訃報に接した私は大きな喪失感を持つとともに先生の存在の偉大さを改めて知った。2011年に偶然お会いしてから頂いた激励の言葉の数は数えきれない。根岸先生は海外の日本人研究者グループのアドバイザーを務めてくださり、研究者としても教育者としても憧れの存在であるとともに、私たちの大きな支えであった。高潔な理想を掲げ、どんな困難にも決して屈せずに前に進み続けるドン・キホーテの物語のように不可能を可能にすることに挑み続けようというメッセージは心に刻み込まれている。先生への心からの感謝と哀悼を胸に今回はパデュー大学に関する記事を書かせていただいた。

冒頭で紹介させていただいた横山氏の夢のある挑戦やパデュー大学の取り組み、またハッカソンの開催が日本の産学官連携のヒントになることを願っている。

参考文献

**1:
ウェブサイト <title>矢島工業株式会社|世界に向け、価値のある製品を発信する</title>
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**2:
ウェブサイト 2017年パデュー大学ニュース:Japan honors Daniels with prestigious Order of the Rising Sun
<title>Japan honors Daniels with prestigious Order of the Rising Sun - Purdue University News</title>
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**3:
ウェブサイト ホワイトハウス サイバーセキュリティーに関する大統領令President signed the executive order (EO) on Improving the Nation's Cybersecurity. May 12, 2021.
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**4:
ウェブサイト PRTIMES 、 ASG-KeioとUJAは、CIC Tokyoで異分野・異世代が交流するハッカソン&サイエンスフォーラムイベントを現実と仮想現実空間をつなぐクロスリアリティ(XR)空間で開催しました 2021年6月8日
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