特集シン・防災減災考

震災復興に対する大学の貢献:ましきラボの活動から

熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 准教授 星野 裕司

写真:熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 准教授 星野 裕司

2021年9月15日

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■はじめに

熊本大学は2016(平成28)年の熊本地震に対して、発災から2カ月後には八つのプロジェクトからなる「熊本復興支援プロジェクト」を立ち上げた。このうち、「震災復興デザインプロジェクト」の中核をなす活動として、最も被害が大きかった益城町の秋津川河川公園内に、「熊本大学ましきラボ」というサテライトラボを設置することとなった(2016年10月19日開所)(写真1)。設置の目的は、着実に復興を実現したい行政と、想いや希望を伝えたい住民の間に入り、持続可能なコミュニティを創出・支援する場として潤滑剤のような役割を果たすことである。さらには、地元の大学として被災地とともにあるという姿勢を明確に示したかったこと、被災者たちが落ち着いて街の将来を議論できる場を提供したかったということがある。立派なサクラ並木を有する環境豊かな秋津川に隣接した「ましきラボ」を拠点として、変わらないふるさととしての益城町を思い直し、さらに新しい価値を創造する場として機能していくことを期待した。この設置活動は、当初から益城町と十分な連携の元に行われていたため、「益城町震災復興基本方針」(2016年7月)や「益城町復興計画」(同年12月)においても、ラボは行政と住民をつなぐ役割を果たす場として位置づけられていた。また、発災時からの貢献が評価され、地震からおよそ1年後の2017年4月12日には、益城町と熊本大学において包括的連携協定が結ばれた。

写真1
写真1 ましきラボ全景

■ましきラボの活動

「ましきラボ」は、柿本竜治(都市計画)、田中智之(建築計画)、田中尚人(まちづくり)、竹内裕希子(地域防災)、円山琢也(交通計画)、筆者(景観デザイン)を中心とする、多様な専門を持つ土木建築系の教員と研究室に所属する学生によって構成されている。毎週開催する「オープンラボ」、夏祭りや梅仕事など地域イベントへの参加や外部講師を招いてのシンポジウムの企画、行政が主催する各種委員会への参加などを通じた行政へのアドバイスなど、益城町の復興に関わる様々な活動を、「ましきラボ」という枠組みのなかで緩やかにつなげ活動している。

中でも、住民とともにあり続けようという「ましきラボ」の姿勢を最もよく示す活動が「オープンラボ」である。これは、毎週土曜日の14~17時まで、教員が最低でも1人、学生は数人がましきラボに待機し、来所された住民と自由に意見交換を行う活動であり、コロナによる幾度かの中断を挟みながらも2021年7月末現在、計160回、来所者は800人を超えている。開所当初は、益城に住宅を再建してよいのかという復旧復興に関わる個人的かつ切実な相談が多かったが、その後は、町が策定する復興計画への意見など復興の在り方に関する議論が生まれ、現在では、来所いただいた方々が暮らす地域をこれからどうしていこうかという地域づくりに関する相談が多くなっているように感じる。開所当初には自宅の片付けに仮設住宅から通っていた地域の方々が学生との会話を楽しみに訪れてくれたことや、コロナによる中断明けには再開を待っていたように常連の方々が顔を出してくれることなどを思うと、様々な政策提案などの基盤に、「オープンラボ」のような住民との親密なコミュニケーションの場を継続していることの重要性を強く感じる。加えて、地域の方々の生の声に触れる場を学生に提供できているということも教育という点でとても貴重なことである。

■政策提言:県道四車線化

益城町の復興における「ましきラボ」の具体的な貢献の一例として、県道四車線化事業をここで紹介したい。益城高森線と呼ばれていた県道益城中央線は、益城町の中心的な道路でありながら、最も狭いところで幅員10m、歩道もない劣悪な道路環境であった。発災時においても、両側の家屋やブロック塀、電信柱の倒壊によって通行困難な箇所も発生し、避難、復旧に対して大きな障害となった道路である。熊本市と益城町の境界から全長約3.5km、4車線の車道と広幅員の自転車歩行者道を有し、全幅で27.0mとなっている。

沿線住民にとって非常に影響の大きな事業となるため、反対意見も根強くあった。反対意見の要点としては、都市計画決定および事業認可が早すぎるため、住民の意見を十分に汲み取ったものとなっているかという手続きの問題や、益城町市街部は歴史的経緯もありコミュニティが南北に連続しているため、横断が困難になることによる地域分断の問題、交通量の増大や走行速度の増加による安全性の低下、そして事業期間の長期化による沿線住民、特に事業者の生活再建の問題などである。行政と住民だけでは、なかなか合意形成が進まず、建設的な議論ができない状況であったため、「ましきラボ」は包括的連携協定に基づき、新しい県道のデザイン案を住民に示し、意見交換を行うことによって、その可能性や課題を明らかにし、行政へ提言することとなった。

筆者らは、都市計画決定と同様の幅員構成の「一般道路型」、植栽帯を中央に集約し、新しいシンボル的な道路となるような「グリーンベルト型」、歩道の中央に植栽帯を設置し、自転車と歩行者の分離を促し、多様な植栽などによって沿道と道が一体的な印象となる「沿道にぎわい型」の3案を提案し、2018年2月21日および5月28日の「27m県道の姿をみんなで考えるオープンラボ」というワークショップ、「オープンラボ」や益城町のお母さんたちのグループなどに出向いての意見収集を行った(写真2)。これらの議論をまとめて、県道の四車線化事業において大切だと思われる項目を、復興のシンボルとして新しい「益城らしさ」をつくること(益城の顔づくり)、車中心ではなく歩行者や自転車にとって快適な道をつくること(歩行者を中心とした道づくり)、沿道の店舗へのアクセス性を高めるなど街全体の環境改善を図ること(周辺へ波及するまちづくり)、住民との継続的なコミュニケーションを図ること(住民と協働する仕組みづくり)を四つの柱とした12の提言にまとめ、2018年8月15日に蒲島熊本県知事に提出した。

写真 2
写真 2 オープンラボでの意見聴取の様子

現在も、ラボと熊本県、益城町の協議は継続しており、舗装や植栽、交差点周りなどデザインに対して入念に議論を行っており、12の提言は着実に具体化され、歩道の一部区間は完成している。特に「住民と協働する仕組みづくり」に関して、原寸模型による検討が効果的であった。熊本県の益城復興事務所にある広大な駐車場に、バス停部分を原寸かつ実際の材料で施工していただき、様々なディテールを検討するとともに、2019年10月2日には多くの住民を招いて原寸模型の体験も行っている。このような丁寧(ていねい)なプロセスは、空間の質を向上させるのみならず、事業を進める行政職員にとっても、大きなやりがいにつながるのではないかと考えている。

■住民との協働:記憶の継承

復興は行政による公共事業のみで行われるものではない。「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉が示す通り、様々なリスクとともに暮らす私たちにとって、災害の記憶を継承することはとても大切であり、この記憶の継承にとって住民の果たす役割は大きい。ここでは、「ましきラボ」という場があったからこそ実現することができた、住民主導の記憶の継承活動について紹介したい。

記憶の継承において、具体的な物証としての震災遺構の意義は大きい。しかし、震災後に多く見られた断層によってズレた道や水路、倒れた石碑や標識などは、生活の復旧を優先するためにほとんど遺構として残らないのが現状である。そのような状況に問題意識を感じていたまちづくり協議会の会長が「ましきラボ」に相談を持ち掛け、協議会の活動として遺構を保存し、その活動をラボがサポートすることとなった。具体的には、地震によってズレた用水路に対して、ズレを遺構として保存しながら機能を復旧させることである。方法としては、クランク状のズレを一つの枡と位置づけ、コンクリートのたたきと石垣で囲うこととした。地権者との交渉などを協議会会長が、デザインを筆者が、施工の段取りを造園協会が担当した。2019年12月15日の施工当日は、協議会や造園協会、研究室の学生に加えて、地元の小学生も参加し、積む石にメッセージを書いてもらったり、にぎやかで楽しい会となった(写真3)。断層と共存しながら力強く生きる「益城らしさ」を、住民主導で実現できたプロジェクトになったと思う。なお、現在は水路としても無事に復活し、豊かな水を水田に運んでいる。

写真3
写真3 住民主導で行われた遺構保存の様子

■おわりに

現在、熊本地震から5年が経ったが、未だ仮設住宅暮らしを続けている方もおられ、当然ながら復興は終わっていない。むしろ、やっと少しずつ形が見え始めた段階である。「ましきラボ」の活動の核は、計画や方針ではなく、住民とともに考え活動を続けようという姿勢にあると考えている。おそらく、住民のニーズや課題は、刻々と変わっていくだろう。核となる姿勢を維持しつつ、活動は柔軟に変化させながら、益城町の復興にこれからも貢献していきたい。