特集シン・防災減災考

東日本大震災と福島大学うつくしまふくしま
未来支援センター

福島大学 うつくしまふくしま 未来支援センター長 行政政策学類 教授 菊地 芳朗

写真:福島大学 うつくしまふくしま 未来支援センター長 行政政策学類 教授 菊地 芳朗

2021年9月15日

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■はじめに

福島大学うつくしまふくしま未来支援センター(FURE)は、2011年の東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故(福島第一原発事故)を受け、同年設置され、今年で満10年を迎えた。本稿では、FUREの目的や組織、そして活動を紹介したのち、現在の成果や課題等について述べることとしたい。

■FUREの目的と組織

FUREは、2011年4月に設置された。その目的は、前月に発生した東日本大震災と福島第一原発事故に伴う福島県内の被害に関し、地元の国立大学として、生起している事実を科学的に調査・研究するとともに、その事実に基づき被災地の推移を見通し、復旧・復興を支援することにあった。

ここで強調したいのは、FURE設置の目的が「研究」ではなく「支援」にあったということである。スタッフ自らが被災地に赴き、専門に基づいて福島県内を中心とする住民や関連機関などと密接に連携・交渉しつつ様々な実践的な活動を行い、それらを「実践知」、「支援知」として蓄積し、さらなる活動の継続や発展を目指した。発生から10年が過ぎ、福島県内の状況は大きく変化しているが、「復興支援」という当初の目的は変わることなく現在も続いている。

設置当初のFUREは、まとまった組織・施設・スタッフがなく、走りながら体制を整えていった。2011年度中には山川充夫・初代センター長(現名誉教授)の下「企画・コーディネート」、「環境エネルギー」、「復興計画支援」、「こども・若者支援」の4部門・9担当を立ち上げるとともに複数の特任教員を採用し、ほぼ形が整った。FUREの運営経費については、復興庁から5年間の時限付きで補助金が措置され、設置6年目からは文部科学省からの予算措置を受け、現在に至っている。

FUREは、被災地の実情に合わせてスタッフの増減と組織体制の改変を重ね、最大時の2013年度には、四つの部門と10の担当に約70人のスタッフを擁する一大組織となった。スタッフは、専任教員を中心に、兼任教員(学内の他の学部等所属の教員による兼務)、客員教員、事務職員などからなる。また、2013年8月にはキャンパスの一角に5階建てのセンター棟が完成し、活動の拠点となった。

2021年現在のFUREは、「企画コーディネート」、「地域復興支援」、「こども支援」の三つの部門に約30人の専任・兼任スタッフを抱える(図1)。これは、震災・原発事故からの復興過程の変化に対応した結果であり、特に2013年に「環境放射能研究所」、2019年に「食農学類」が福島大学にそれぞれ設置され、それまでFUREの「農・環境復興支援部門」に所属していた機能とスタッフの多くがこれらに移籍したことを大きな理由とする(これにより、センター棟は食農学類棟となった)。

図1
図1  福島大学うつくしまふくしま未来支援センターの組織図

■FUREの活動

①活動の推移

FUREの活動は、原発事故直後の福島県内の放射線量の測定を皮切りに、避難所運営支援やボランティア支援など、東日本大震災および原発事故の発災直後に生じた緊急を要する各種問題への直接的な対応と支援から始まった。そして、営農再開のための調査や各種農業団体との連携、仮設住宅と旧居住地を結ぶジャンボタクシーの運行、避難区域の博物館に取り残された歴史資料の救援と保全、学校生活などに不安を抱えた子供や若者の学習や自立のためのサポートなど、震災・原発事故によって福島県内に起きた諸問題の支援活動へと展開していった。

発災から数年が過ぎたころからは、原発避難者への聞き取りや行政との橋渡し、再生可能エネルギーの計画立案、基礎自治体の復興・まちづくり計画へのアドバイザリーなど、中長期的視野からの広い意味での支援活動が多くを占めるようになった。そして、避難区域の解除が進み、インフラやハード面での県内の復旧がほぼ達成された現在では、10年間のなかで新たに生じてきた各種問題への対応や、住民帰還が進まない自治体の復興計画への参画など、原発事故という過去に例のない長いスパンを持つ災害への取り組みが中心となっている。

FUREは基本的に教育機能を持っていないが、各種活動による支援知・復興知を福島大学学生に還元するため、2013年度から主に1~2年生向けの授業として「災害復興支援学」を開講し、専任・兼任教員がオムニバス形式(全15回の授業を複数の教員で1回~数回ずつ担当する)で自らの活動を学生に紹介する機会を設けている(写真1)。この授業は、被災地や支援活動を直接経験したことのない学生にとって貴重な学びの機会となっており、これまで多くの受講生を集めるとともに、高い評価を受けている。

写真1
写真1 「災害復興支援学」の授業風景
②企画コーディネート部門

ここはFUREの窓口調整機能を有する部門であり、産官民学間の連携、情報収集・情報発信、シンポジウム・講演会の開催などの活動を行うことにより、センター業務を側面からサポートする役割を担っている。

FUREでは、福島県内の被災状況や課題、そしてFUREによる活動を外部に発信するための手段の一つとして、毎年福島県内外でシンポジウムを開催している。県外ではこれまで、東京、名古屋、大阪、新潟、仙台などで開催しており、テーマも「食と農」、「教育」、「街づくり」、「震災アーカイブ」など多彩で、多くの参加者を得ている(写真2)。

写真2
写真2 FURE2018 仙台シンポジウム「ほんとの空が戻る日まで」

また、本部門は福島県から委託を受け、被災地域の復興や住民帰還を支援する現地拠点として、2012年から沿岸地域(浜通り)に「相双地域支援サテライト」を設置運営している。サテライトは、住民帰還の状況や避難区域の解除に伴って設置場所を移し、現在では富岡町の本所と浪江町の分所の二カ所体制となっている。サテライトの設置によって、住民の生の声を聞くとともに、そのニーズによる様々な支援対応を取ることが可能となっている。

③地域復興支援部門

本部門は、こども支援を除く全ての人文社会系の分野をカバーする幅広い活動を特徴とし、これまで、仮設住宅・借り上げ住宅で生活する避難者の支援、商工・観光・水産などの産業復興支援、避難地域での文化財の救出・保護、災害が起こりやすい地域の研究とそれに基づいた防災教育、被災地域の新しい都市計画や交通計画の支援などを行っている。

本部門で近年力を入れている活動の一つが、大規模災害時に開設される避難所を円滑に運営するためのシミュレーション教材の普及・研究活動である。「さすけなぶる」(「心配ない」を意味する福島方言の「さすけない」と「sustainable」を合わせた造語)と名付けたこの教材は、東日本大震災の避難所運営で実際に起きた問題を解決していきながら学ぶワークショップ型防災教育ツールで、その普及・研究のため学内外の研究者による「さすけなぶる研究会」を組織し、福島県内外でワークショップ、認定ファシリテーター養成講座、シンポジウム等を開催している。

④こども支援部門

本部門は、東日本大震災により被災した子供やその保護者に対し、個別に専門的な支援を継続して行ってきた。支援当初から、子供たちの「生きる力」の育成を目指して活動を行い、近年は自分らしさを生かしながら、他者と協働してより良い社会を作ろうとする力「社会力」の育成も目標としている。

近年は、課題を抱えた子供たちのための「相談支援活動」と、子供たちの防災力の向上を目指した「防災リーダー育成プログラム」に力を入れている。

■課題と展望

東日本大震災と原発事故の発生から10年が過ぎ、福島県内の状況や人々の感情が様々に変化する中、簡単には解決できない多様かつ複雑な現実が「被災地」にはなお多く存在している。「支援する側」と「される側」といった単純な括りではもはや通用しない時期に至っており、それを受ける形でFUREの再編計画が学内で議論されており、新たな方向性も模索されている。また、猛威を振るう新型コロナウイルス感染症により、FUREによる対面での活動の多くを中止・縮小せざるを得ない状況が続いており、生命線ともいえる対面や現地に赴いての活動を制限せざるを得ないことは、FUREにとって大きな痛手となっている。

東日本大震災・原発事故後、2016年の熊本地震や2019年の台風19号など、国内で大規模な災害が相次いで発生しているが、これに際してFUREスタッフや元スタッフが現地に赴き、これまでの支援知を踏まえた様々な支援活動を行ってきた。また、FUREの元スタッフは新たなポストを得て学内や福島県内だけでなく広く全国で活躍しており、今も様々な機会に連絡や連携を取り合う関係にある。このようなFUREや東日本大震災という枠を超えた活動や連携が全国規模で広がりを見せていることは、FUREの大きな財産といえる。

福島県内では、東日本大震災と原発事故は決して過去の出来事ではなく、現在進行形のものである。上で述べたように、これまでFUREは「支援」に大きく注力してきたが、今後は現地の状況を的確に汲み取りながら、蓄積してきた支援知と復興知を現在と未来に広く伝えるための「研究」と「教育」にも一層力を入れるべきであり、そのことが福島県内に所在する唯一の国立大学としての重要な責務でもあると考えている。