特集シン・防災減災考

岩手大学地域防災研究センターにおける地域防災力向上のための実践活動

岩手大学 地域防災研究センター 越谷 信

2021年9月15日

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岩手大学地域防災研究センターでは、災害に強い地域づくりの「岩手モデル」を発信すべく、教育・研究・実践活動を行っている。本センターの設立前の経緯、現在行っている人材育成活動や防災教材の開発の取り組みについて紹介する。

■はじめに

日本列島では、地震、津波、洪水、斜面崩壊、火山噴火など、多種多様な自然現象が発生してきた。これらは、変化に富んだ景観や豊かな土地を生じる一方で、人々に多くの負担を強いてしまう結果ももたらす。岩手大学のある北東北太平洋側の地域にも、これらの現象が太古の昔から発生してきた。2011年の東日本大震災は、この中でも最大級のものであり、復興はいまだ途上の段階にある。岩手大学地域防災研究センター(以下、本センターという)は、2012年4月に全学組織として再編され、文理融合型のセンターとして活動を進め、現在に至っている。本センターは、岩手大学工学部(現、理工学部)に所属する防災に関わる教育・研究や実践活動を行ってきた教員が中心となり、2007年に工学部附属地域防災研究センターとして発足した。センターという形をとるに至った経緯も防災に関わる研究や実践活動に一定の蓄積があったことによる。

現在の本センターは、多重防災型まちづくり、災害文化の醸成と継承およびボトムアップ型の防災システムの構築をキーワードにして、災害に強い地域づくりの「岩手モデル」を発信すべく、教育・研究・実践活動を行っている。「岩手モデル」では、本センターの活動の特徴である地域とともに取り組む姿勢を明確にし、教育・研究・実践活動の地域への還元、行政、報道、住民と一体となって地域の防災を支える活動、および災害時や復興時において、Leave no one behind(誰も置き去りにしない)を忘れることなく取り組んだ成果を目指している。

本稿では、本センター設立に至る主要な防災関連の活動についてはじめに述べた後、本センターのメンバーが中心となって行ってきた人材育成および教材開発のための取り組みを紹介する。

■地域防災研究センター設立までの防災活動

1998年岩手山では火山性地震活動が急激に活発化し、噴火に至る恐れもあり、緊急の防災対応が望まれた。1998年当初、岩手山の噴火を想定したハザードマップもなく、防災対応を最初から構築する必要があった。この中で、岩手大学は、それまでに築いてきた産官学の連携関係を生かして、岩手山防災マップ、防災ハンドブックなどの策定に大きく寄与した**1。このとき、大学、国・県などの行政機関、気象台・消防・警察・自衛隊などの防災関連機関、報道機関、鉄道・高速道路会社や通信関連会社などの担当者が顔の見える関係を作り出すことで、防災活動を有機的かつ実際的に行うことができ、火山防災関係者からは「岩手方式」として注目されるようになった。このような連携の関係性は、地域住民の参加も促し、産官学民が地域の安全を支えるという考え方に発展し、現在の本センターの活動の中でも生かされている。

三陸海岸は、海岸線に特徴的な地形を持ち、地震が多い地域を控えていることから、過去甚大な津波被害を被ってきた。2004年にスマトラ沖を震源とした地震が発生し、巨大津波はインド洋沿岸地域を襲った。また、地震調査研究推進本部からも宮城県沖で高い確率でM7.5程度の地震が発生すると発表があった。これらのことから、三陸沿岸地域でも津波災害に対する危機感が高まってきていた。こうした中、岩手大学では岩手県宮古市鍬ヶ崎・角力浜地区において、岩手県などの協力の下、2005~2006年にかけて地元住民や宮古市などとともにワークショップを実施し、防災意識の醸成に努めた**2。対象地域は、リアス式海岸に面し、山地が海岸付近に迫り、その間に挟まれたわずかな平地に住宅が密集しており、防潮堤もなく、岩手県沿岸で津波に対して最も無防備な地域といわれていた。

この活動を踏まえて、地区の住民は自主的に津波避難マップを作成し、毎年避難訓練を行ってきた。2011年東北地方太平洋沖地震(M9.0)により発生した津波は、同地区に壊滅的な被害を与えたが、地区住民110人のうち109人は高台などに避難して無事であった。亡くなった1人も第一波からは逃れたものの、自分の船を見に海に戻ったところを第二波で犠牲になってしまった**3。当時、本ワークショップを中心的に進めた本学教員が受けた強い印象は、残念ながら、犠牲者がでてしまったものの、事前の防災活動が一定の成果を挙げることができたのは、この地区に地域を積極的に牽引(けんいん)するリーダーが存在していたことである。このような経験が基になって、後述の防災リーダー育成プログラムへと発展していく。

■人材育成活動

前項で述べたように地域活動の牽引役となるリーダーの重要性が明らかになり、実際の活動に結びつける方策を探っていたところ、文部科学省による2007年度社会人学び直しニーズ対応教育推進プログラム「地域を支えるエコリーダー・防災リーダー育成プログラム」に採択され、実施の運びとなった。エコリーダーと防災リーダーの両方が入っているのは、地域の防災だけでなく、地域の良好な環境保全も重要であると考えたことと、本プログラムの実施母体が岩手大学工学部建設環境工学科(現、理工学部システム創成工学科社会基盤・環境コース、同コースの防災に関心のある教員は本センターを兼務)であったことによる。

この防災リーダーコースは、一般市民を対象とし、募集定員15人、毎年5月から12月までの隔週土曜日に行っている。受講生は、まず自然災害の理解に必要な気象や地学の基礎を学び、地震、津波、洪水、火山噴火、斜面災害、防災・復興まちづくりおよび防災危機管理について学習し、防災関連施設などの現地見学を行う。これらの学習の後に、各自で防災リーダーとしての活動目標を設定し、目標達成のための方策について本センター教員や外部評価委員の前でプレゼンテーションを行い、十分な内容であれば防災リーダーとして認定される。外部評価委員は、国土交通省東北地方整備局岩手河川国道事務所、岩手県県土整備部、復興防災部、教育委員会、盛岡市総務部危機管理防災課などからそれらの組織の長または専門的な知見を有する方に担当してもらっている。また、本プログラムの修了生による現在の活動状況報告会も実施し、防災リーダーのネットワークづくりにも取り組んでいる。現在までの受講者は235人で、防災リーダー認定者は135人である。

2011年の東日本大震災は、地震の規模が想定外であったばかりでなく、行政、医療や学校など災害時に緊急の対応が迫られる組織にとっても予想を超える災害となってしまった。大災害などの緊急時においては、平時の組織による平常業務の延長上で考えられるものとは質的に全く異なる、危機管理の対応が必要となる。ところが、このような組織では人事異動のために、一定の防災に関わる知識や手法を身につけた職員が継続的に防災関連業務を続けられることは少ない。以上の問題点を改善するため、岩手大学では、これらの組織の構成員を主たる対象者として、 2013年度には実践的危機管理講座として、2014年の岩手県地域防災ネットワーク協議会(代表および事務局は本センター)の立ち上げに伴って、2015年度からは、防災・危機管理エキスパート育成講座として、危機管理の基本的な考え方や実践的な対応力を修得した人材育成に取り組んでいる**3

本講座は、基礎、実習および総合実習コースからなる。基礎コースは、災害危機管理の概要を学んだ後、気象情報、関連法制、医療・消防・警察・自衛隊・物流・行政対応・避難所運営・防災教育などの災害対応各論、報道や通信などの災害情報を座学形式で学習する。これらを踏まえて、実習コースでは図上訓練を学習する。ここで取り上げている図上訓練は、図1に示す。これらの図上訓練で防災意識や判断力を養い、地域の防災力や脆弱性を把握し、様々な状況の中での判断や意思決定の手法について学習していく。

図1
図1 図上訓練の種類と特徴**3

総合実習コースでは、仮想の災害対策本部を設定し、受講生はロールプレイング形式の図上訓練として、災害発生直後の被害予測、情報の処理・提供、状況判断や対応方針の決定に至る考え方などを学習する。本コースで行っている図上訓練では、受講生には事前には知らせずに、災害発生に伴う事象を時系列なシナリオにまとめ、これらを気象台や防災関連機関の職員がコントローラー役になって受講生に与え、対応を促していく形で進められる。このような実践形式の学習を通して、図上訓練の重要性を理解し、実際の訓練における問題点の抽出と改善に役立ててもらい、地域の防災力の向上を目指している。現在までの受講生は、実践的危機管理講座と合わせて、各コース延べ人数で485人に達している。

■防災教材開発

人々の防災力の向上には、学校教育が大きな役割を果たす。岩手大学は岩手県からの委託を受け、宮古市教育委員会との連携のもと、本センターのメンバーが中心となって2006年に小中学校の実際の授業で使用することができるような津波防災学習教材を作成し、県内の全小中学校に配布した。同メンバーは、この防災教材が実際に児童・生徒たちの授業に生かしてもらうために、配布後、沿岸全市町村の小中学校教員向けの防災教育研修会を実施してきた。沿岸全市町村を巡るこの活動は、東日本大震災の前年に終了した**3。東日本大震災において、岩手県では学校管理下にあった小中学生は全員無事であったが、これは本活動の寄与があったと推察される。

東日本大震災後、本センターは、岩手県の委託を受け、県内の防災教育全般の充実を図るため、地震編・津波編・火山編・土砂災害編・資料編からなる防災教育教材を2014年に、大雨・洪水編・土砂災害(資料)編からなる防災教育教材を2015年に作成し、県内全小中学校に配布した。これらの教材も、2006年版の津波防災学習教材と同様に、小中学校教員が授業での防災教育に活用してもらうことを企図して作成され、これらの教材を使った教員向け研究集会などで有効活用の向上に努めている。これらの教材では、災害の種類ごとに、災害を引き起こす自然現象の発生メカニズム、災害の特徴、防災対策について、図面、写真、動画、表などを使って、児童・生徒の理解が進むよう配慮して作られている。なお、地震編の中でも紹介されている防災カルタ(図2)は本センターホームページからダウンロード可能である。

図2
図2 地震防災カルタ

さらに、学校防災には、生徒・児童たちの防災教育、教員自身の防災に関する知識・知見・ノウハウの深化および学校運営における防災活動という多面性を有する。これらは互いに補完し、融合して実践的な防災活動につなげていく必要がある。このような点を達成するため、実践的に行った例として、防災教育教材「台風・大雨から身を守る」の作成がある。本教材は、2016年8月に岩手県南部に上陸した台風10号による大雨災害をきっかけとして、甚大な被害を被った岩手県岩泉町の教育委員会、さらに岩手県教育委員会および本センターが連携して、作成された。本教材では、系統的に「地域を知り、気象情報を基に災害対応を考え、行動計画を作成する」ことを学習することができ、それを学校版タイムラインとしてまとめていくようになっているのが特徴である。学校版タイムラインでは、気象庁や国交省による気象や河川の情報、県・地方自治体や教育委員会の対応や情報、学校の対応、家庭や地域の対応を時系列に分けて整理し、学校、家庭や地域の対応の内容とタイミングを理解するのに役立てることができる。本センターでは、岩泉町以外の地域の小中学校でも本教材を活用した防災教育のサポートや教員研修において本教材を使った図上訓練に活用している。

■おわりに

地域防災研究センターでは、前述の活動のほかにも、地域防災力向上のために自主防災組織の活性化事業に取り組んでいる。岩手県や県内市町村からの依頼などにより町内会・自治会や自主防災組織に、本センターのメンバーが出向き、組織の立ち上げや組織がすでにある場合には防災活動の方向付けを講演会や図上訓練などを通して実施している。そのほかにも、社会的に関心の高い防災に関わる話題について、地域防災フォーラムとして取り上げ、内外の有識者を招いて、最新の情報の提供、現状での課題の抽出、将来の展望に向けた議論を行っている。地域防災研究センターはこのような防災や減災に関わる活動を通してより安全な社会の構築を目指している。

参考文献

**1:
斎藤徳美(監修)・土井宣夫・菊地真司・吉田桂治(編集)(2005)1998年岩手山噴火危機対応の記録.国土交通省東北地方整備局岩手河川国道事務所・岩手県、525pp.
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**2:
小笠原敏記・佐々木信也・堺茂樹・古川隆(2006)自主防災の意識向上に対する津波ワークショップの役割.海岸工学論文集,53,1346-1350.
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**3:
岩手大学復興活動記念誌編集委員会編(2019)東日本大震災被災で大学はどう動いたか2.287pp.
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