リポート

WiDS
~データサイエンスとSDGsとの邂逅の場~

横浜市立大学 データサイエンス学部 データサイエンス学科 准教授 小野 陽子
横浜市立大学 特別契約教授 村田 貴司

2021年8月15日

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1972年の「成長の限界」**1が、資源と地球の有限性を指摘したことを引くまでもなく、今日、気候変動、生物多様性の損失など、地球規模の課題が指摘され、感染症、饑餓(きが)、水問題など、先進国、途上国を問わず、弱い立場の人たちに深刻な影響が及んでいる。

1980年代、開発と環境を共存し得るものとして捉え、節度ある開発を目指す文脈から生まれた「持続可能性」の概念**2は、環境と開発との関係を超え、人間社会およびその場としての地球に関係するすべての問題に妥当する概念として発展、2015年、国連の持続可能な開発目標(SDGs)**3として現在につながっている。

SDGsは先進国を含めすべての国が追求すべき「普遍性」を有し、社会的に弱い立場にある人々を含め、すべての人々の福利に配慮を払うとの「包摂性」に貫かれた目標群であり、すべてのステークホルダーの参画を得て、統合的に取り組むために、定期的なフォローアップを含む透明性の高いプロセスにより、2030年までにその実現を図ろうとするものである。

SDGsは17の個別目標と162のターゲットから構成されているが、子細に見ると、それらは相互に、時にシナジー、時にトレードオフの関係にあるものが多い。

例えば、持続可能な食糧生産システム(ターゲット2.4)は水質の向上(6.3)、飢餓の削減(2.1)につながるが、逆に、食糧生産性の向上(2.3)は水不足や衛生環境の悪化(6.3/6.6)を招く。こうした輻輳(ふくそう)した問題を超克するためには、データ、エビデンスに基づく、合理的な分析と包括的な判断が不可欠で、近時人口に膾炙(かいしゃ)されてきたデータサイエンティストには、SDGs目標達成をけん引することが期待される。

筆者が所属する横浜市立大学は、2018年度にデータサイエンス学部を、また2020年度には大学院同研究科を設置するとともに、社会連携活動の一環として、本稿で取り上げる米国スタンフォード大学が世界展開するWomen in Data Science(WiDS)プロジェクトを国内でいち早く開始、SDGsとデータサイエンスが出会う場を形成し、そこに多くのフレッシュな人材をいざなおうとする活動を進めている。

■WiDSとは

スタンフォード大学のWiDSプロジェクトは、データサイエンスの意義、おもしろさなどを広く伝え、この分野に、男女を問わず多くの人材をいざない(inspire)、学びの機会を提供し(educate)、また支援する(support)ことを目的としている。2015年に開始したWiDSは、今日、世界60カ国以上で年間200以上の地域イベントが開催され、10万人が参加する活動に成長している。その活動としては、世界大会、ワークショップのみならず、社会課題を題材にデータサイエンスのスキルを磨くことを目指すデータソン、データサイエンスの知見を用いて幅広い分野で活躍している人材が、インターネット上で音声や動画を公開し、その仕事の内容や教訓などを広く共有するポッドキャストなど、多岐にわたる**4

■日本におけるWiDS

日本では、2018年度以降、横浜市立大学ほか表1に示す大学・企業などがこの活動を推進している。

表1 日本におけるWiDS の活動
表1

ここでは、横浜市立大学の活動であるWiDS TOKYO @ Yokohama City University(以下「WiDS @ YCU」)の活動を中心に解説する。

WiDS @ YCUの活動は大きく次の三つの大きな柱がある。

  • (1)シンポジウム:この分野で先駆的、斬新な活動を行っている者による基調講演のほか、(2)のアイデア・チャレンジの成果発表、ライトニングトークなど、多様なプログラムが展開される。
  • (2)アイデア・チャレンジ:スタンフォード大学のWiDSでは、いわゆるデータソンが行われているが、わが国では、利用可能なデータの制約などもあり、データからアイデアを紡ぎ、語るという、専ら啓発的な視点からアイデア・コンペティションを実施している。
  • (3)ワークショップ:WiDS @ YCUでは、数十人規模のワークショップを開催し、多様な意見交換、情報交換を行っている。
①WiDS @ YCUの視点

WiDS @ YCUでは、当初より、SDGsを意識したプログラム設定を行ってきた。

上述の通り、SDGsの達成には多様な方法が取られる必要があるが、いずれの場合にも、データをベースにした検討がなければ、効果的なアプローチはおぼつかない。WiDS @ YCUでは、この観点を踏まえ、また、わが国では、女性の社会進出の在り方を含め、働き方改革が大きな社会課題になっていることから、第1回、第2回のアイデア・チャレンジのテーマに新しい働き方に関するテーマを選定、学生のみならず広く社会人から、データをベースとした検討による新たなアイデアの創出をいざなった。これはSDGs目標の「5.ジェンダーの平等を実現しよう」、「8.働きがいも経済成長も」などに関係する。

また、第3回シンポジウムでは、新たに「データサイエンス×SDGs17目標中の1目標×任意のキーワード」をテーマとするライトニングトーク(LT)セッションを実施した。LTとは、特定のテーマについて限られた時間の中で自らのアイデアを発表し共感を求めるものであり、表2に示すようなSDGsと関連付けられた意見表明などが行われた。発表の内容は、WiDS @ YCUのホームページ**5で確認できる。

表2 ライトニングトーク発表者のテーマ
表2
②新しい展開

WiDS @ YCUでは、データサイエンス分野で先駆的な活動をしている女性が、その特徴的な経験、気づきなどに関する講演を行う。ここでは、データサイエンスの知見を新たな領域に広げる活動の例として、以下の2例を紹介する。

(1)ファッション・デザイン×データサイエンス

ファッションデザイナーのエマ理永氏によれば、データサイエンスの力は、芸術文化の領域でも新たな価値を創出する原動力になりつつある。

第2回WiDS @ YCUシンポジウム(2020年3月)における講演で、氏はサイエンスとファッションの融合、「思考」と「感性」の融合をテーマに、データサイエンスの可能性、広がりについて語り掛けた。人間知能と人工知能が共同で生み出すドレス、対数螺旋(らせん)のフラクタルパターンによるドレスのデザインなどが紹介された。

氏は、データサイエンスが、「美しさ」といった感性の世界にも関係が深いという明確なメッセージを提示した。「自然界を抽象化する考え方、つまり数学の視点からの発想が、美しく革新的なデザイン・スタイリングを生む」。氏は、「より身体にフィットする服をデザインするためには、複雑な曲面からなる人体や生地の特性を、人体や身体の個体差を考慮しながら制御する必要」があり、そのためには「感性と科学・数学の融合が重要で、データサイエンスはその中心的な役割を果たす」とした。「科学や数学は人間が捉えた自然界の抽象であるから、美しくないはずがない」。

ドレスという実体で、人間の感性に切り込む。その有力な手段としてデータサイエンスがあることを示した氏のプレゼンテーションは、スタンフォード大学側も注目し、2021年3月に開催された第3回WiDS世界大会において、世界のベスト・プレゼンテーションの一つに選出された。

私たちは、WiDS@YCU活動が、多様な人材をデータサイエンスの領域に呼び込み、この場に集まる多彩な人々のプラットフォームになることを目指しているが、工学系、理学系の世界が、芸術・文化の世界とデータサイエンスを通じて融合することができるなら、世界に対して日本のしなやかな価値を発信することができると考えている。

(2)日本酒×データサイエンス

第3回WiDS@YCUシンポジウム(2021年3月)で、三浦亜美氏(株式会社ima代表取締役CEO)は、日本酒の醸造プロセスとデータサイエンスの知見との組み合わせについて講演した。

氏によれば、日本酒は「糖化」と「アルコール発酵」が同時に進むため、でんぷんの吸水が日本酒の味に大きな影響を与える要因となる。ところがこの吸水、原料の米の状態が、品種のみならず、産地、年度、精米割合、水温、含水量など様々な要因で変化しているにもかかわらず、一定の品質を発酵の時間だけで制御しなければならない。従来は、これを杜氏が発酵の状況を目で見ながら確認してきたが、再現性、データの質、精米歩合がもともとの米の粒径を考慮していないといった課題など、品質管理上多くの困難を抱えていた。それを氏の「AI-Sakeプロジェクト」では、画像データ、気象データ、粒径分布、膨張率などのデータによる客観化を実現、システムの実用化を図っている。

氏は、どのようなお酒を造りたいかは人間の意志であり、データサイエンスはそのサポートで、世代を超えた人と人とのつながりを可能とするとの考えを示した。データサイエンスは、酒造りという伝統的、文化的なプロセスに科学の目を組み込むことで、新たな価値を引き出しながら、それを持続可能なものとしていく。

■考察

わが国におけるWiDSの活動を以下の二つの視点から考察する。

①ジェンダー平等の視点

内閣府男女共同参画局のホームページによれば、男女共同参画に関連する国際的な指標としては、人間開発指数(HDI:「長寿で健康な生活」「知識」及び「人間らしい生活水準」との人間開発**6の三つの側面を測定)、ジェンダー開発指数(GDI:男女別のHDIの比率。人間開発における男女格差を表す)、ジェンダー・不平等指数(GGI:経済、教育、保健、政治の分野ごとに各使用データをウェイト付けして総合値を算出。その分野ごとの総合値を単純平均してジェンダー・ギャップ指数を算出)などがある。前2者は国連開発計画(UNDP)、GGIは世界経済フォーラムが公表している。

このうちジェンダー・ギャップを直接観察できる指標として、GDIとGGIを見ると、わが国は、それぞれ166カ国中51位(2019年)**7、156カ国中120位(2020年)**8となっている。

GGIは、経済、教育、保健、政治の4分野、14項目をそれぞれ指数化し算出しているが、日本は教育、保健分野は世界でもトップクラスの項目もあるものの、経済分野、政治分野といった活動に関する項目において劣後状態にあり、全体順位を押し下げている。

このように、「ジェンダー平等」の実現は、わが国における社会的、経済的活動において、さらに意識的な努力が必要な課題であるが、ICTとAI技術の進展と社会実装を背景に持つデータサイエンスの知見を有する女性人材には、大きな期待が寄せられる。データサイエンス人材の活動の基盤を成すICTの利用は、通信環境が許す限り、時間的、場所的制約を解消するとともに、医療や教育といった基本的なニーズへのアクセスを容易にするなど、従来、女性の社会進出の制約要因とされてきた要素を克服することが期待されるからである。

データサイエンス分野に男女を問わず、特に女性をいざなうことを目指すWiDS@YCU の活動は、SDGs目標のジェンダーの平等に好影響を与える可能性があるものとして意義が大きい。

②イノベーション促進の視点

データサイエンスのベースとなるデータは過去のものであるが、その中から「未来の芽」を紡ぎ出すためには、様々なアイデア、価値の邂逅(かいこう)による新たな価値創出との態度が重要である。WiDS @ YCUは、データサイエンス分野に関心を有し、男女を問わず、多様な価値を持つ者に、経験談や意見を交わしあう場を提供することで、新たな価値創造のプラットフォームを提供する。私たちは、こうした場に新しい人材が引き寄せられ、データサイエンス分野の知恵、実践に触れinspireされるという循環が生まれることを期待している。WiDS @ YCUの活動に代表される国内のWiDS関連活動はまだ緒に就いたばかりであるが、人口の半分ずつを占める男女の枠を超え、また、SDGsの実現という商業的活動の枠を超えたビジョンを得たこのデータサイエンス分野のプラットフォームが、わが国において定着し、様々な態様で面的な広がりを持つことを期待している。

それは、特定の組織が国内のWiDS活動すべてを統括するというようなものではなく、「みんな違って、みんないい」多様で、柔軟な、多くの人材がそれぞれの観点から集い、何かを得て帰って行く、邂逅の場である。

私たちは、SDGsを縦糸に、データサイエンスを横糸として、WiDS @ YCUの活動を様々な形で展開していくので、引き続きご注目、ご支援をお願いする次第である。

参考文献

**1:
ローマクラブ、成長の限界(1972)
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**2:
United Nations, World Commission on Environment and Developmen(WCED), Our Common Future(邦題『地球の未来を守るために』、通称「ブルントラント報告」)(1987)
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**3:
ウエブサイトページタイトル:SDGsとは? | JAPAN SDGs Action Platform | 外務省
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**4:
ウエブサイトページタイトル:Women in Data Science (WiDS) Conference - Women in Data Science (WiDS) 2021
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**5:
ウエブサイトページタイトル: WiDS TOKYO @ Yokohama City University
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**6:
人間開発:人々が各自の可能性を十全に開花させ、それぞれの必要と関心に応じて生産的かつ創造的な人生を開拓できるような環境を創出すること
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**7:
United Nations Development Programme, Human Development Reports
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**8:
World Economic Forum, Global Gender Gap Report 2021 INSIGHT REPORT (2021)
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