リポート

糖尿病足病変で苦しむ日本人を減らしたい!
-産学医連携によるフットケアシューズ開発-

佐賀大学 医学部附属病院形成外科 上村 哲司

写真:佐賀大学 医学部附属病院形成外科 上村 哲司

2021年8月15日

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糖尿病に起因して足に潰瘍(かいよう)や壊疽(えそ)が生じる糖尿病足病変の予防には、糖尿病の初期から、足底圧の軽減や靴擦れ防止などへの配慮が施されたフットウェア(医療用のシューズなどの通称)を履くことが重要である。患者さんが普通の靴と同様に気軽に履けて、かつその予防効果について十分な医学的根拠を備えたフットウェアの実現に医療関係者からの強い要望があった。それを受け、佐賀大学医学部形成外科とアサヒシューズ株式会社(福岡県久留米市)との約8年間の産学医共同開発*1により、患者さんの足に優しいフットケアシューズがついに実現した。

■糖尿病(とうにょうびょう)足(あし)病変(びょうへん)とフットケアシューズの重要性

筆者は、佐賀大学医学部附属病院において形成外科医・診療教授として勤務している。この中では、形成外科、循環器内科、心臓血管外科などの複数の診療科の医師たちと連携し、末梢動脈疾患や糖尿病を原因とする足病変(足壊疽や皮膚潰瘍)を対象に、下肢救済カンファレンスを定期的に実施し、病院内外の患者さんへの対応を行ってきた。足病変については糖尿病を原因とするものが近年増加しており、非常に重要である。そこで最初に、「糖尿病足病変」について基本的な解説をしたい。

糖尿病患者の約50%は神経障害を併発する。これは、足部の感覚障害から始まり、進行すると痛みや熱さなどを全く感じなくなる無知覚状態になり、さらには運動神経障害による足の変形も発症する。無知覚状態となり、自分の足の異常を感知できなくなると、足に潰瘍が形成されていても気付かず、傷口が悪化してしまう危険がある(写真1)。さらに、潰瘍部の傷口が原因となって感染症を発症してしまうと、足の壊疽、最悪の場合は足の切断に至る場合がある。このような足のトラブルを総称して糖尿病足病変と呼んでいる。

写真1
写真1 糖尿病足病変で生じた左足底の皮膚潰瘍例
胼胝(たこ)の中央に皮膚潰瘍が生じている

現在、日本においては、糖尿病が強く疑われる患者数は推計で1,000万人、さらに、糖尿病予備軍も1,000万人と言われており**1、その対策が重要となっているが、糖尿病患者数の増加に従い、糖尿病足病変予防の重要性も高まっている。

ここで、糖尿病の初期段階では運動療法が重要とされ、日常生活の中でウォーキングを実践する患者さんも多い。しかし、患者さんの履くシューズの構造や形状が適切でなく足底の特定の部分にのみ過剰な圧力がかかり、胼胝(たこ)ができたり、靴擦れが起こりやすかったりすると、前述の糖尿病足病変の発症が懸念される。そのような事態は避けなければならず、本開発の動機として、糖尿病患者さんの足の健康をシューズの面から護(まも)り、重視する理由はこの点にある。

■糖尿病足病変を予防するための靴の現状および開発ニーズ

さて、糖尿病患者さんの足のケアには、靴型装具も用いられている。これは、医師の処方によって義肢装具士が作製する。この靴型装具には、一般的には、足の底面に加わる圧力を適正化し、また、感染症の原因となる軽微な外傷を防ぐ効果が認められている。しかし、患者さん個人の足の形状を綿密に測定してオーダーメイドでの製作となるため、通常は8~10万円の費用がかかり、患者さんの経済的負担は大きい。また、この装具は重たく、着用しての歩行に慣れるまでに時間がかかるという問題や、デザイン性の問題(外観で普通の靴と明らかに異なる)もあり、患者さんからの声として、日常的な使用に難があるとの意見もある。そのため、糖尿病足病変の予防効果はあっても患者さんの生活に受け入れていただけず、使用される頻度が少ない傾向がある。

一方、通常の靴と区別がつかない外観で、足の負担軽減や糖尿病患者さんのフットケアを謳(うた)った靴の販売も散見されるが、その効果について必ずしも明確な医学的根拠が示されているものばかりではない。

これらの現状から、糖尿病患者さんと日々向き合う医師やフットケアの専門家からも、患者さんが日常生活で気軽に履くことができ、そして、安心して使用を推奨できるような糖尿病足病変の予防効果が医学的にも確認された靴の実現について強い要請があった。

■アサヒシューズ社との産学医連携による共同開発の実施

アサヒシューズ社は創業1892年の靴専門メーカーである。本社を福岡県久留米市に置き、佐賀市内にある本学とは比較的距離が近い。従来から「健康」「快適」「信頼」をキーワードにした、健康志向型の靴づくりを掲げており、産学連携開発にオープンマインドな企業である。筆者は本フットケアシューズの理念に早くから共感し、2011年11月より共同研究を開始した。当初は大学の支援も得た学内研究所としての立ち上げを行った。

まず、2014年には、佐賀大学医学部形成外科「糖尿病足病変予防戦略研究所」**2が設立された。この研究所の目的としては「糖尿病足病変の発生を予防する治療方法の確立」や「足の切断に至る原因となる急性感染を簡便かつ早期に診断する方式の確立」に加え、「糖尿病足病変の発生を有効に予防する靴の開発」も掲げていて、医学系研究者を中心として複数の研究者の連携の下、開発を実施した。この中では、足部CTモデルと足底圧データを用いた三次元的足圧分布の予測、および様々な靴の形状や素材に対する足圧分散のシミュレーションを本学理工学部(萩原世也研究室)との共同で実施した。

また、2019年からは、それまでの研究成果を活用し、シューズ開発に特化するため、筆者をプロジェクト長とする佐賀大学「メディカルシューズプロジェクト研究所」**3を設立した。この中では、足圧分布測定システムで測定した糖尿病性神経障害患者の歩行時足底圧(裸足時および靴装着時)のデータから、足の荷重圧分散を行うための靴モデルを作成した。また、協力をいただいた被験者に、試作した靴モデルを装着してもらい、再度、歩行時足底圧を検証した。また、装着による有害事象(足の傷の発生など)の有無も調査した。

さらにその後、シューズの試作品を用いた本格的な臨床試験を実施するため、2019年6月からは同社との共同研究契約を締結し、共同開発を推進、ついに、市販化可能な水準にまで到達することができた。

開発には合計で約8年を要し、主として「患者さんの足に優しい靴」を実現するための歩行解析試験の実施と、データの検証結果による靴の改善が繰り返された。硬さと反発性などの相反する要素の両立も考慮しながら、最適な靴形状のバランスをひたすらに追求していった。その結果、歩行時の足底圧は、本シューズを装着すると、裸足や一般靴と比較した場合において有意に減少する一方で、有害事象は認められないことを最終的に確認し、得られた研究成果をまとめて、2020年12月に学会発表(第1回日本フットケア・足病医学会学術集会)を行った**4

また、シューズの造りについても様々な配慮を行った。まず、シューズの縫い目が靴擦れの原因とならないように、可能な限り縫い目を少なくし、さらに、感染症予防のため抗菌性素材を採用した。シューズの外観は颯爽(さっそう)としていて、いかにも病気予防用という雰囲気はない(写真2)。これらの付加価値を備えながら、販売価格は普通のウォーキングシューズと同等に設定することができ、「患者さんが気軽に履ける靴」という目標も合わせて達成できた。この成果達成には同社で約130年にわたって培われてきた靴づくりに関する技術・ノウハウが不可欠であり、産学医共同開発において「産」が保有する「ものづくり」力が発揮された模範的事例となるのではないか。

写真2
写真2 開発したフットケアシューズ「アサヒフットケア」

なお、本フットケアシューズについては「アサヒフットケア(商標第6208329号)」と命名され、2021年9月からはいよいよ一般への販売が開始される予定である。

■おわりに

本稿では、患者さんの足に優しいフットケアシューズの産学医共同開発について報告した。このシューズが患者さんの日常生活での歩行を快適なものにすること、そして、足の傷が原因となる感染症が悪化し、足の切断を余儀なくされるという最悪の事態が少しでも減ることを願う。

ますます進む日本の高齢化社会において、100歳まで健康に生きることを進める日本の国家戦略の中、足の健康は糖尿病を罹患(りかん)されていなくても重要であると筆者は考えている。日本では家の中で靴を脱ぐ習慣があり、靴と足の健康との関係に無関心な人が多いように思われる。足を大切にするために自分に合った靴を選択するということについて、本稿がその啓発となれば幸いである。

*1:
利益相反 本共同研究において、アサヒシューズ株式会社から年間200万円の研究費を2019年から受けている。
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参考文献

**1:
厚生労働省、“平成28年(2016年)国民健康・栄養調査報告”
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**2:
佐賀大学医学部形成外科・糖尿病足病変予防戦略研究所ホームページ
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**3:
佐賀大学プロジェクト研究所(SUPLA)ホームページ
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**4:
上村哲司、“産学連携から生まれた次世代のフットケアシューズの開発 メディカルシューズプロジェクト -佐賀大学プロジェクト研究-”、第1回日本フットケア・足病医学会年次学術集会、2020年12月
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