特集知財戦略最前線

知財戦略支援から見えたスタートアップが
つまずく14の課題とその対応策

特許庁 総務部 企画調査課 工業所有権調査員 櫻井 昭喜
特許庁 総務部 企画調査課 法務調査員 比留川 浩介
特許庁 総務部 企画調査課 ベンチャー支援班 係長 今井 悠太

写真:特許庁 総務部 企画調査課 工業所有権調査員 櫻井 昭喜 写真:特許庁 総務部 企画調査課 法務調査員 比留川 浩介 写真:特許庁 総務部 企画調査課 ベンチャー支援班 係長 今井 悠太

2021年8月15日

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■IPAS(知財アクセラレーションプログラム)とは

IPASは、特許庁が実施している、スタートアップの知財戦略構築を支援するプログラムである。IPASでは、支援先企業の技術・アイデアと事業計画から、企業の課題や支援ニーズを抽出し、それに対応した知識、スキルを持つビジネス専門家と知財専門家からなる「知財メンタリングチーム」を組織する。知財メンタリングチームは、支援先企業との数カ月間のメンタリング(2018~2019年度は3カ月間、2020年度は5カ月間)を通じて事業戦略の診断と、事業戦略に連動した知財戦略の構築を行う。

IPASは2018年から始まり、2018~2020年の3年間で、合計40社のスタートアップに支援を行ってきた。

IPAS事例集「知財戦略支援から見えた スタートアップがつまずく14の課題とその対応策」は、この2018~2019年のIPASでの支援事例を元に、スタートアップがつまずきやすい14の課題を、「ビジネスモデル・シーズ戦略」、「知財戦略」、「出願戦略」に分けて整理し、それぞれの対応方法について紹介している。例えば、「ビジネスモデル・シーズ戦略」の課題として、「AI知財を使ったライセンス事業を始めたいが、有効なライセンススキームを描けない」という事例や、「知財戦略」の課題として、「他企業と共同研究開発を開始したが、自社の知財が相手のものになるリスクを抱えている」といった事例が、それぞれの対応策とともに掲載されている。

■プログラムを通じて明らかになったスタートアップの課題

プログラムを通じて明らかになったスタートアップの課題は、次の14である。このうち、四つ(課題1、課題3、課題6、課題9)をピックアップして紹介する。

  • 課題1:事業の絞り込み・優先順位付けが難しい
  • 課題2:自社の製品/サービスの顧客への提供価値が不明瞭
  • 課題3:有効なライセンスビジネスを描けない
  • 課題4:資金調達に有効な知財の活用法が分からない
  • 課題5:秘匿または権利化の見極めがうまくできない
  • 課題6:大学や共同研究の成果に関する権利の帰属が問題になる
  • 課題7:アルゴリズムなどのソフト面での知財活用が難しい
  • 課題8:特許権による独占期間を長期化する戦略が不十分
  • 課題9:既存の特許では自社のコア技術を十分に守り切れていない
  • 課題10:自社技術に関連する特許調査の検討と対応方法
  • 課題11:契約や利用規約の文言の検討が不十分
  • 課題12:専門官に何を相談してよいのか分からない
  • 課題13:社内で知財の情報が共有できていない
  • 課題14:社内において、知財戦略の必要性を理解してもらえない
課題1 事業の絞り込み・優先順位付けが難しい

事例1 優先的に進出する分野を、自社技術の強みと想定顧客の悩み事を起点に絞り込む

(1)スタートアップの課題

スタートアップは、さらなる成長を目指し、受託開発事業のみに頼らない事業形態を目指すことにした。そこで着目したのが自社技術を生かしたライセンス事業であった。しかし、ライセンス事業を確立しようにも、今後進出する分野が絞れていないため、想定顧客やバリューチェーンなどが具体化できず、ライセンス事業を具体化できずにいた。

(2)IPASでの対応

上記の課題に対し、メンタリングチームは、ブレイン・ストーミングにより、事業のアイデアを、スタートアップと一緒に出し合うことにした。次に、出てきたアイデアを一定の視点から絞り込むことにした。

今回は、当該スタートアップの技術の強みと想定顧客の悩み事の「マッチング」を起点にし、その後、市場性や事業の熟度の視点で絞っていった(図1)。

(3)本事例のKey Factor

顧客にとっての価値を起点としよう

自社に適した事業を絞り込むためには、自社技術の強みだけではなく、その強みにより、見込み顧客の悩みを解消できるかどうかを考えることが重要である。

図1
図1 自社技術の強みとこれが効く場面から、技術の強みと想定顧客の悩みをマッチングさせる

他の視点も加えて事業を絞り込もう

自社技術の強みと想定顧客の悩みがマッチする事業が複数具体化できたら、市場性や自社技術の開発段階等の視点も加えて、最適な事業を絞り込むことが重要である。

課題3 有効なライセンスビジネスを描けない

事例6 他社と協業したライセンスビジネスなど複数のスキームを描く

(1)スタートアップの課題

スタートアップは、その技術を使ってライセンス事業に踏み出すことを模索していた。

しかし、これまでは受託開発を中心としていたため、ライセンス事業のスキームを明確に描けていなかった。そのため、ライセンス事業の実現に向けた取り組みが進んでいなかった。

(2)IPASでの対応

メンタリングチームは、スタートアップに対し、ライセンス事業のスキームは複数考えられることを助言した(図2)。

具体的には、自社の技術が組み込まれる部品の製造会社に対してライセンスするスキームと、自社の技術を組み込んだ部品を使用する完成品メーカーに対してライセンスするスキームがあり、それぞれの特徴を示した。

後者の場合、前者に比べて製品の売上が大きいためライセンスフィーが高くなる反面、自社の技術を組み込んだ部品が完成品メーカーにとって価値のあるものになるよう、部品製造会社とともにブラッシュアップしていく必要があるため、より戦略的な取り組みが求められることになる。

図2
図2 ライセンスのスキームの特許を理解し戦略を検討

(3)本事例のKey Factor

複数のスキームを描こう

一口に「ライセンスビジネス」と言っても、多様なスキームを描くことができる。自社の技術優位性や想定顧客(ライセンシー)の売上、そのビジネスを行うために自社が割けるリソースなどを勘案し、最適なスキームを選ぶことが重要である。

他社との協業によるライセンスも考慮しよう

実現のためのハードルは存在するが、より大きな売り上げを見込むためには、他社の製品と組み合わせた製品を完成品メーカーなどにライセンスすることが有効な場合もある。

課題6 大学や共同研究の成果に関する権利の帰属が問題になる

事例11 前所属先で取得した権利に関しては、独占的に実施できるような策を取る

(1)スタートアップの課題

スタートアップの社長は、起業前に大学で発明した技術を大学の名義で特許化していた。現在、この技術を活用した事業を行うため起業をしており、大学と交渉し特許の譲受(購入)又は実施権許諾(ライセンス)を受ける必要があったが、どのように交渉すればいいのかが分からなかった。

(2)IPASでの対応

選択肢として権利の譲受と実施権許諾を挙げ、長所・短所を整理した(図3)。次に、理想のゴールと、最低限堅守すべき条件を設定した。理想は権利の譲受だったが、最低限大学から実施権を受ける形でもよいとの方針とした。

(3)本事例のKey Factor

投資家を意識した交渉のゴール設定をしよう

大学から通常実施権しか得られていない場合には、投資家からの評価が低くなる場合がある。可能であれば、権利の譲受か専用実施権、サブライセンス付独占的通常実施権を得るようにし、少なくとも独占的通常実施権を得ることが望ましい。

図3
図3 他者の特許技術を実施する際の選択肢とそれぞれの特徴

可能な限り独占権を得よう

通常実施権のみを得てビジネス展開すると、大学は他社へもライセンスすることができるため、自社独占ができなくなる。

一方、特許権を譲受したり、専用実施権や独占的通常実施権を得ておくと、技術を独占できないという不安がなくなる。

事例12 共同研究の際、自社が持つ知的財産権を明確化して契約する

(1)スタートアップの課題

スタートアップは、社内に技術者が多く、契約で互いの権利・義務を明確化することの重要性までを十分認識している人材が不足しており、共同研究先との間で、権利のすみ分けを明確化しないまま共同研究を開始した。そのため、権利化できそうな開発があった場合、当該スタートアップの知財となるか否かが分からない状況となっていた。

(2)IPASでの対応

次の四つの助言をした。

  • ⅰ 共同研究前に自社のみで発明した内容については出願しておくこと。
  • ⅱ 共同研究前に自社のノウハウの確認を行い、共同研究で使用するノウハウと使用しないノウハウとに分け、使用するノウハウのみ自社ノウハウとして開示し、かつ自社の知的財産である旨を契約上で担保しておくこと。
  • ⅲ 共同研究で出た成果については、自社に不利益な事態とならないような契約とすること(不利益な契約の例:権利を全て相手方が取得し、将来自社の実施ができなくなるなど)。
  • ⅳ 共同研究で自社のみで開発した範囲については、少なくとも自社単独で出願できるような契約にすること。

(3)本事例のKey Factor

共同研究開発の際は他社との契約を前提としよう

共同研究では、研究成果の知的財産権の帰属について共同研究者ともめる場合がある。そのため、研究開始前に、共同研究開発契約などでルールを作成し合意しておくことが重要である。

自社に有益な成果を自社の権利としよう

共同研究開発において押さえるべき権利範囲は非常に重要である。専門家などの力を借りて、自社に有益な研究成果を自社の権利として確保できるように留意されたい。

課題9 既存の特許では自社コア技術を十分に守り切れていない

事例15 周辺技術の特許出願により自社のコア技術の保護を強化する

(1)スタートアップの課題

スタートアップは、現在の自社のコア技術はすでに出願した特許などで守られていると考えていた。しかし、特許の出願時に想定していた事業と現在の事業が少しずれてきたことから、現在の事業は今持っている特許では完全には保護されていないことが分かった。スタートアップは大手企業と共同研究開発の契約交渉を実施している段階だったため、このコア技術が守られていないと、大手企業に対する交渉力が落ち、自社に有利な契約を結べない状況に陥ることが懸念されていた。

(2)IPASでの対応

既存の特許の周辺技術について新たに特許出願し、周辺特許を押さえることを提案した。周辺特許の出願に当たっては、事業の5W1Hの検討と事業計画との擦り合わせを行った上で、コア技術のどの部分が既存の特許権では保護されていないかを明らかにした(図4)。

図4
図4 周辺特許の取得による自社のコア技術の保護

(3)本事例のKey Factor

出願時に、事業を具体的に想定しよう

特許は、取得することに意味があるのではなく、事業に活用して初めて意味があると考え、出願時に具体的な事業を想定して権利化するように留意されたい。

守られていない部分は追加出願しよう

既に取得した特許で現在の自社の技術、事業が守られていないと認識した場合は、可能な限り追加出願を行って、事業範囲をカバーされたい。

事例16 現時点でのMVP(Minimum Viable Product:必要最小限の機能のみを持つ最もシンプルな製品)を守るため、分割出願を行い自社技術の保護を強化する

(1)スタートアップの課題

スタートアップは、社長が大学時代に取得した特許をコア技術として事業を展開することを考えていた。しかし、MVPを明確化したところ、既存の特許では、MVPを守り切れていないことが分かり、他社が同様の製品を出してきても対抗できないことが懸念された。これは、特許出願段階では、まだ開発段階で具体的な事業が見えておらず、MVPがはっきりしていなかったためと考えられる。

(2)IPASでの対応

自社技術の顧客への価値からMVPを特定し、そのうち既存の特許でどの部分が守られていないのかを特定した。そして、既存の特許の分割出願を行うことで、MVPを守ることを提案した。

なお、既存の特許は社長が大学時代に取得したものであり、大学名義の特許となっていた。そのため、スタートアップに対し大学とライセンス契約を締結すること、そして、契約の中では、分割出願などの際にスタートアップが独自に弁理士を選べる権利を持つ条項を入れることを提案した。これにより、分割出願の方針策定や特許審査への対応を円滑に行えるようになる。

(3)本事例のKey Factor

既存特許の権利範囲は常に意識しよう

特許出願時と現時点では、事業に求められる技術のコア部分が異なる場合がある。そのため、定期的に既存特許の権利範囲を確認し、必要な措置を取ることが重要である。

特許を補強しやすい環境を整えておこう

特許のライセンスを受けている場合は、特許の補強にライセンス元との交渉や調整が必要になる。このため、特許を円滑に補強できるよう、ライセンス契約の条項を工夫するなどの措置が有効である。

■おわりに

今回、IPAS事例集の14の課題の一部について紹介を行った。皆さまの知財戦略構築の一助となれば幸いである。

紹介しきれなかった課題については、IPAS事例集の紹介ページ(ページタイトル:IPAS成果事例集 | IP BASE)よりご覧いただきたい。

また、上記の紹介ページでは、2020年度に作成したIPAS事例集「IPASを通して見えた知財メンタリングの基礎」も公開している。こちらの事例集では、実際のIPASのメンタリングを基に、メンタリングチームがどのようにスタートアップの知財戦略構築を支援していくのかを、登場人物を交えてストーリー風に紹介している。スタートアップを支援する専門家向けの事例集だが、IPASによるメンタリングのイメージをつかむ上で参考になるので、IPASに関心のあるスタートアップの皆さまにも、ぜひご覧いただきたい。