リポート

文化起点の産官学連携
―マンガによる産官学連携で、分かりやすく訴求する―

京都精華大学 国際文化学部 グローバルスタディーズ学科 准教授/共通教育機構 社会実践力育成プログラム 部門長 南 了太
京都精華大学 京都国際マンガミュージアム 事業推進室室長 黒飛 恵子

写真:京都精華大学 国際文化学部 グローバルスタディーズ学科 准教授/共通教育機構 社会実践力育成プログラム 部門長 南 了太

2021年7月15日

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科学技術によるイノベーションの創出が政策的に求められているが、高度な科学技術なくともイノベーションの創出は可能であり、むしろそのような思考法の方が現実にマッチしている。本稿では理工・生物系分野に見られる科学技術を活用し機能性・精密さ・正確さ・数値化を求める普遍的な価値を指す「文明価値」と、人文社会・芸術・デザイン系分野にみられる日本文化や伝統などのコンテンツを活用し独自性や感性に訴えかけ、特殊な価値を指す「文化価値」の二つの軸から産学連携を分類し、コンテンツ産業の一事例として京都精華大学のマンガ分野による産学連携の事例を紹介する。

■はじめに

スイス国際経営開発研究所の「世界競争ランキング」**1によると平成時代の30年間で日本の世界競争力ランキングは、1位(1989年)から25位(2018年)まで低下し、イノベーション不足の深刻さがうかがえる。この間、科学技術によるイノベーションの創出が低迷する一方、日本文化を起点としたコンテンツ産業は平成時代に大きく伸びた。日本で興行収入を更新した「劇場版鬼滅の刃」はアメリカでも興行収入1位となり、マンガやアニメなどのコンテンツ産業市場は11兆8558億円に上り**2本数字は白物家電の国内出荷金額実績**32兆5240億円と比しても大きな数字である。ところがこれまで産官学連携は理工・生物系分野中心で、主に共同研究や受託研究、ライセンス、ベンチャーの枠組みで語られ、コンテンツ産業に寄与するであろう人文・社会系分野はおろか芸術・デザイン・マンガ分野に対する関心はわずかであった。

本論では、コンテンツ産業の中でもマンガ分野における産官学連携に着目し、本分野が求められている背景やどのような連携が可能かについて京都精華大学の事例を基に紹介する。

京都国際マンガミュージアムは、京都市と京都精華大学の共同事業で元小学校校舎を活用し2006 年に開館。マンガ資料の収集・保管・公開とマンガ文化の研究、これらに基づく展示・イベントなどの事業を行う、新しいかたちの文化施設。

■文化を軸としたイノベーション創出を

以下では、山口・水野(2020)**4や林(2008)**5を参照に「文明」と「文化」という切り口から産官学連携の整理を行う。大辞林によると「(文明)とは、人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な(文化)に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす」との記述がある。明治時代、日本は「文明開化」に代表されるように西欧列強に追いつくために産業活性化を目指した。その際に重要視されたのが科学技術であり、機能性や精密さ、正確さ、数値化可能なものであった。技術に改良を重ね、日本は世界に「文明価値」を提供し続けることで存在感を示した。科学技術と製造業がうまく組み合わさり先進国の仲間入りをし、科学技術が日本の経済活性化の原動力となったことは言うまでもない。この成功体験に基づき、「科学技術創造立国」という用語にみられるように産官学連携分野においても科学技術によるイノベーション創出が望まれ連携が急速に深まっていったのは周知の事実である。

その一方で、明治時代には既に行政機構において文官と技官の区分や大正時代には入試制度において「高等学校高等科ヲ分チテ文科及理科トス」**6という記述、戦時・戦後の理工拡充政策、平成時代の「この法律は、科学技術(人文科学のみに係るものを除く。以下同じ。)の振興に…」**7に見られるように理工・生物系分野と人文社会系分野を区分する政策を行ってきた。常に理工・生物系の科学的な知見を役に立つ科学技術に変換し「文明価値」の追求を行ってきたのがこれまでの産官学連携政策であったと言って差し支えないであろう。ところが新興国の追い上げもあり科学技術に裏付けられた「文明価値」は競争優位性が低くコモディティー化されやすい。半導体も白物家電も新興国に代替された。日本社会の低迷の一因として政策的に「文明価値」の追求に偏重してきたことが挙げられる。

他方で「文化価値」は日本食や伝統工芸、茶道、ゲーム、マンガなどその国固有の文化や風土に根差し、独自性がある。数値で表すことが難しく、人々の感性に訴えかける特殊な価値を指す。海外の人々はそこに日本らしさを見いだし、日本を認識する。「文化価値」の追求には、人文社会系分野や芸術・デザイン・マンガの視点は欠かせず多くの蓄積がある。マンガに目を向けると、もともとマンガの起源は平安時代の絵巻物「鳥獣戯画」までさかのぼることができ、印刷文化が発展した江戸時代には葛飾北斎や歌川国芳、歌川広重の「浮世絵」が人々の間に普及する。さらに「浮世絵」で描かれる色彩や輪郭はクロード・モネやフィンセント・ファン・ゴッホにも影響を与え、世界に普及することとなる。科学技術とは異なる日本の特殊性が世界に受け入れられた一例である。また、「戦後日本のイノベーション100選」**8のTOP10には「ウォークマン」や「新幹線」に並び「マンガ・アニメ」や「家庭用ゲーム機・同ソフト」が含まれている。このことはイノベーションが精度の高い科学技術なくとも文化を起点で創出できることを教えてくれる。さらに現代では「ポケモンGO」、「初音ミク」などに見られるバーチャルとリアルの融合は「Society5.0」の先駆けであり、プラットフォームビジネスの中で、マンガやアニメはアプリという形態でコンテンツを提供し続け存在感を示している。

今年度より「科学技術・イノベーション基本法」へと名称を変更し人文社会系分野も含みイノベーションの創出を推進することとなったが、今後さらにマンガやアニメなどのコンテンツの視座も含むと科学技術にひもづいた文明価値とは異なる価値を発信できるものと考える。

■「実用マンガ」の現在と未来

京都精華大学は1968年に創設され、日本で初めてのアフリカ人学長ウスビ・サコ主導の下、「表現で世界を変える」をキャッチコピーに、約3,300人の学生が芸術学部、デザイン学部、マンガ学部、メディア表現学部、国際文化学部の五つの学部で学んでいる。全国に先駆けマンガ学部を設立するなど独自性を追求し、本学に理系学部はなく科学技術による連携は事例が見当たらないものの、2018年の民間企業からの受託研究は、京都市内で7位に位置付けられ、産官学連携を積極的に推進している。

その中でもマンガに対する産官学連携のニーズは高く、以下事例を紹介する。

マンガ学部の授業に「実用マンガ演習」科目があり、学生に実用マンガの制作・実践に取り組む機会を設けている。実用マンガとは、クライアントの注文に応じて制作する、いわゆるCMマンガ、製品説明、会社紹介など、実用的な情報をストーリーマンガに描くもので、需要は年々増加していることから、興味を持つ学生も増えている。産学官連携事業の窓口でもある事業推進室では、このような実用マンガの制作依頼・相談を数多く受けており(年間50~60件)、卒業生のマンガ家を活用した制作部門としてビジネス化している。

進め方としては、まずクライアントの要望や予算、特にマンガで何を伝えたいのかをヒヤリングし、コンセプトに合った(難易度・画風も含め)卒業生マンガ家に作画を依頼する。当室にて制作進行のディレクション、編集作業を経て納品まで、またマンガの著作権に関わる契約関連業務も一貫して行っている。マンガは印刷物として配布したり、ホームページに掲載したりして活用されている。

医療機関から依頼が増加 専門的な医学情報を分かりやすく伝える

近年、依頼数が増加しているのが、医療関係機関からのマンガ制作である。大学病院からは「インフォームドコンセント用」や「小中学生への未病対策教育用」、医師会や公的機関からは「病気予防・検査の啓発・広報用」、また一般病院からは「当院の特徴や治療方法、ケアサービスの紹介」、医療機器メーカーからは「患者様への治療理解のため」「患者様との接し方マニュアル」など、いずれも病気発症の要因・経緯や治療の方法など、専門的な医学情報をマンガで分かりやすく伝えることが重要となっている。マンガ表現の特徴である「絵と読みやすさで、訴える情報量が多い」ことが役割を果たし、現場の医師からは「マンガの表現で病気や治療方法を短時間で理解できる。写真や映像を見せるより、患者・家族の方の精神的ショックを和らげるメリットもある」と評価をいただき、医療の現場で一助となっている手応えを感じている。

制作した医療関連の実用マンガ

一方、企業からは販促ツールや会社紹介、商品開発ストーリーなどのマンガ化やアニメーション制作の依頼があり、数年前からは、日本語版で制作の後、英語・中国語版などの多国語展開を希望されるケースが多くなった。自社ホームページへデジタルブック化して掲載されるなど、海外展開、あるいは海外の社員へのアピールを視野にしたマンガの活用が浸透している。実際に、製品紹介のマンガをフランス語翻訳版にして活用された企業からは、「ヨーロッパでの見本市ブースでは当社案内パンフレットよりマンガ冊子のほうが人気だった」、社史マンガを英語・中国語版にされた企業からは、「工場の現地社員は、わが社のことが“MANGA”で読めるなんて!と喜んだ」など、まず目にするマンガのインパクトが奏功し反響が大きいと聞いている。マンガ(MANGA)が日本の文化として海外で確立していることを実用マンガ制作を通じて実感する次第である。

実用マンガ制作の受託を始めた当初は、大学としても「卒業生マンガ家を育てる絶好の機会」、「社会経験の場になる」という捉え方だったが、現在では、「“実用マンガ家”の肩書で描いていく」、「自分の好きなことを描くより、リクエストがあり目的のあるマンガを描くほうが得意」というようなマンガ家側の意見も聞こえてきている。実用マンガ領域は、前述したほかにも今後様々なビジネス分野に広がると考えられる。

■分かりにくい技術を可視化し表現する

本論では、従来産官学連携で行ってきた科学技術中心の「文明価値」の追求以外に、マンガなど日本の特殊性を前面に出した「文化価値」の重要性を紹介した。京都精華大学の事例を通じて、産官学連携において技術開発同様コンテンツ発信も重要でありマンガは分かりにくい技術の可視化や表現することに長けており、創造が技術とつながり事物そのものがコンテンツとなり様々な価値を提供することが期待される。

人文社会系分野も、マンガ、デザイン、芸術分野も産官学連携には大きく寄与する可能性が秘められている。知が源泉の現代社会において「文明価値」以外に「文化価値」の追求、両価値の融合が望まれる。

参考文献

**1:
IMD (2018) 「IMD WORLD COMPETITIVENESS ONLINE」
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**2:
総務省(2020)「情報通信白書令和2年度版 9コンテンツ市場の動向」
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**3:
一般社団法人日本電機工業会(2021)「2021年度 電気機器の見通し資料」
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**4:
山口周・水野学(2020)『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』朝日新聞出版.
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**5:
同志社大学リエゾンオフィス(2006)「同志社大学リエゾンオフィスニューズレターVol 23-p7林廣茂」
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**6:
文部科学省(1918)「高等学校令(大正七年十二月六日勅令第三百八十九号)」
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**7:
内閣府(1995)「科学技術基本法」
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**8:
公益財団法人発明協会(2016) 「戦後日本のイノベーション100選」
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