リポート

人類のために科学の力を引き出す産学連携のあり方

沖縄科学技術大学院大学 技術開発イノベーションセンター 副学長 ギル・グラノットマイヤー

写真:沖縄科学技術大学院大学 技術開発イノベーションセンター 副学長 ギル・グラノットマイヤー

2021年7月15日

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毎年発表される何十万もの科学論文の多くは科学的知見の域にとどまっている。新型コロナウイルス対策で開発されたmRNAワクチンや、相対性理論を応用したGPSなど科学技術でわれわれの生活を変える例はごく一部だ。

では、優れた研究を一般社会に普及させるにはどうすればいいのか?

普及のためには研究の内容はもちろんだが、研究者自身がアイデアを発展させたいという情熱に加え、戦略的な知的財産権の位置付けや、プロジェクトを市場に投入する際のリスク管理、実現可能な市場参入の時期への見極め、事業化に適切なパートナー探し、資金調達の市場状況、プロジェクトの見込みに賭けてくれる投資家の存在など、様々な要因が必要とされる。

学術機関における技術移転組織は、科学的発見を製品やサービスに変換し、成功するビジネスに発展させる上で重要な役割を果たしている。ここでは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の取り組みを紹介したい。

OISTは、東シナ海を望む85ヘクタールの亜熱帯の森林の中に位置し、革新的な研究を行い、沖縄と日本の技術革新を促進する知的クラスターの形成を目的として、2011年に日本政府によって設立された、新しい、活気のある大学院大学だ。

日本において真に国際的な大学を運営することを目指し、公用語は英語である。教員、研究者、大学院生の半数以上が海外から来ており、出身は60を超える国と地域にわたっている。日本政府からの補助金をOISTがプロジェクトでなく研究者に対して安定的・長期的な研究費として支給する「ハイトラスト・ファンディング」として運営し、研究者が創造性を発揮できる自由と、未来に向けた画期的な発見をし続けるために必要なリスクを取ることができる柔軟な環境が用意されている。

OISTのイノベーション戦略の起爆剤となっているのが、技術開発イノベーションセンター(Technology Development & Innovation Center, TDIC)である。TDICは、知的財産管理、企業との共同研究やライセンス契約締結、本学の活動から輩出される新しいスタートアップ企業を通じて、人類のために科学の力を引き出すことを使命としている。私はイスラエルのワイツマン科学研究所の技術移転機関であるYedaのCEO職を経て、2021年2月から約20人体制のTDICの指揮を執っている。

TDICでは科学的発見が新しい製品やサービスになるまでの、研究の特許化・商業化を個別の活動ではなく、継続的なプロセスとして捉え、ハンズオンで積極的な支援を行っている(図1)。

技術移転組織の核となる知的財産権の保護やライセンスに加えて、学内でのイノベーション育成のために様々なプログラムを展開しているが、その核となる二つの戦略を本稿では紹介したい。

  • ①プルーフ・オブ・コンセプト・プログラム(Proof of Concept Program, POC)
  • ②スタートアップ・アクセラレーター・プログラム
図1
図1 Technology Transfer Lifecycle

■研究室と市場とのギャップを埋める

「ハイリスク・ハイリターン」の研究プロジェクトに投資してくれる企業やパートナーを探すのは年々困難になっている。民間企業は、大学の研究室での新たな技術はあくまでも研究開発の初期段階にあり、経済的利益を生み出す、将来性のある研究かどうかの判断をしにくいと考えることが多い。そこでOISTでは、研究者が自分たちの発明をリスクの少ない環境で商業用に設計・実証できるPOC(概念実証)プログラムを運営している。このプログラムを通して得られた研究開発の成果を示すことによって、企業からの資金調達のハードルを下げ、技術移転が加速化するプロジェクトを多く生み出すことができる。運営側にとっても、プログラムを通じてOISTの技術の利点と課題をより深く理解する良い機会となる。またこの活動を通じて、学内の研究者は自分たちの技術を実用化に向けて自分で開発できる機会を得ることができる。

一例として、ヤビン・チー教授らが開発した高性能な次世代のペロブスカイト材料を製造するための新しい化学的気相成長(CVD)技術がある。本プログラムを通じて性能面を損なうことなく大量生産工程にも応用できることが証明され、国内大手企業との共同開発に結び付いた。

設立から4年という短い期間で、2件の共同研究契約、1件のライセンス契約、そしてスタートアップ2社の起業へとつながった。今後、10年間で年間研究予算の5%をPOC研究に充てる予定である。

このような成果につながった理由の一つには、プログラムの設計上、採択されたチームに対して企業、ベンチャーキャピタル、起業家など多くの専門家から積極的に助言や支援をいただいたことが挙げられる。これは研究開発のリスクの軽減だけが目的ではなく、市場のニーズや製品開発は企業や専門家が最もよく知っているという理解に基づいている。また企業は大学にとって学生の就職先でもあり、共同研究相手でもある(図2)。

例えばエイミー・シェン教授の研究室ではPOCプログラムを利用して、新しいマイクロ流体デバイスを国内大手研究機器メーカーと共同開発を行った。この協業を通じて研究員が当該企業に就職したり、企業が学内で新たな共同研究の相手を見つけたり、双方にとって契約内にとどまらない利益を享受する関係を築いている。

図2
図2 企業・大学間の多面的に互恵的な関係性

■スタートアップ企業の育成

ピーター・グルース学長は、就任当初のスピーチで 「研究から生まれたアイデアを商業化に結びつけ、将来の雇用の基盤となるようなイノベーション・エコシステムを沖縄で実現する」という目標を掲げた。この目標を達成するために、充実した支援・設備の提供、投資、そしてコミュニティ形成を進めている。

2019年にメインキャンパス内にオープンした「イノベーションスクエア・インキュベーター」は、国内外のスタートアップから大手企業までに共有ラボ・オフィススペースを提供している。これは、世界的に有名な米国ボストンのバイオテック・ハブやイスラエルのベルシェバのサイバー・ハブなどをモデルとして創設された。新しい企業や産業、ハイテク分野の雇用を生み出すことで、沖縄県にさらなる経済効果をもたらすことが期待されている。

また、沖縄県の支援を受けて、2018年にスタートアップ・アクセラレーター・プログラムを開始した。本学は東南アジアの中心に位置する国際的な大学院大学として、同地域への最適なゲートウェイとして位置付けられている。従って、本プログラムは海外から日本に初めて来た企業でも成長できるような、きめ細やかなサポート体制を構築している。毎年世界中から選ばれた起業家たちが、一年間のプログラムに参加し、沖縄で起業するために必要な資金と起業に必要な指導を受けている。

2019年度にプログラムに参加したEF Polymer社は、果物や野菜の有機廃棄物を利用して環境に優しい保水性ポリマーを開発している。プログラム参加以降、沖縄の企業数社と協業し、今年3月には投資家から4,000万円のシード資金の調達に成功した。今年度採択された2チームのうちの1チームは更年期を迎えた女性に向けた製品や包括的なサービスの開発に熱心な女性研究者のチームである。リーダーは本学の元研究者で、TDICが毎年主催している起業家育成プログラムに参加した。本プログラム内で、多くの想定顧客に対してヒアリングを行い、顧客が求めている商品サービスを引き出し、このプロセスによって、事業コンセプトをより深く検証し、さらには新たなチームメンバーに出会うことにつながった。

イノベーションを生み出すもう一つの柱は、起業家精神の育成である。本学は、ベテランの研究者だけではなく、若手研究者にも支援を拡充している。若手研究者や大学院生は、研究室の変革や変化の原動力になることが多い。同時に彼らにはキャリアへのアドバイス、独立した研究テーマ、そして新しいスキルを習得する機会が必要だ。そこで基礎研究分野から商業化を見据えた応用研究開発への移行を希望する研究者を対象に、「テクノロジー・パイオニア・フェローシップ・プログラム」を提供している。採用された若手研究者は一年間、講義やワークショップが盛り込まれたブートキャンプ(教育プログラム)をこなしながら、TDICからのサポートを受けて、技術の商業化に専念することができる。一期生のデイヴィッド・シンプソン博士は、沖縄の泡盛酒造企業の排水をより環境に優しく処理できる技術を開発している。もう一人のポール・サイ博士は機械学習と顕微技術を組み合わせ、細胞分析にかかる時間を大幅に短縮しようとしている。本プログラムは、今年度後半に始まる学内全体での起業活動クラブの基礎となる予定だ。起業へのモチベーションが高い研究者グループを募り、より活発に全体でのイノベーションを盛り上げていきたい。

成長が見込まれるスタートアップ企業が資金調達できる環境を整えるため、本学では独自にベンチャーキャピタル企業と提携している。Beyond Next Ventures社(以下BNV)との連携事業「OIST-BNVイノベーションハブプログラム(OBI-Hub)」では、BNV社が約5万ドル(約5.5億円)を目処に拠出し、採択された企業はBNV社から資金提供を受けながら、本学とBNV社の双方からサポートを受けることができる。将来的には本学が独自でファンドを設立し、投資先企業を本学のリソースと結び付けることで、建設が検討されているメインキャンパスに隣接するイノベーションパークの一つの核となっていくことを期待している。

フランスの劇作家モリエールは、「成長の遅い木には最高の実がなる」と述べている。学際的で多国籍な基礎研究に特化した大学院大学であるOISTの特色と、TDICが実施するオープンかつ大胆な技術移転戦略との組み合わせが実を結び、やがて画期的な技術を生み出すことを本学は確信している。ただ、この取り組みを支援する政府や政策立案者と、技術移転が複雑かつ長期的な事業であるという意識を共有するよう働き掛けなければいけない。まだ明確な用途がなく、市場も存在していないアイデアを商業化することは大きな挑戦である。このような技術に対して産業界や投資家に賛同してもらうことは困難だ。過去の技術移転の成功例の多くは、数十年かけて成熟したものである。大学発の技術を発展させるには、長期的な時間軸を持つことが現実的である。最先端のアカデミック・イノベーションの成果を享受できる社会は、粘り強く、忍耐強くなければならない。