特集さよなら障害

全盲だから分かるシーズとニーズ
情報技術で視覚障害のできないことを できるに変える

2021年7月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

人はその当事者にならなければ、ほんとうにその立場を理解できないものだ。想像だけではミスマッチが起こる。静岡県立大学の石川准教授は、授業と研究の傍ら、デジタルで点字翻訳を手掛けるシーズ側でありニーズ側でもある。

■全盲で東大受験

網膜剥離(もうまくはくり)は、眼球の内側にある網膜が剥がれ、視力が低下する病気で、加齢や糖尿病網膜症など別の病気が原因だったり、事故などによる頭部や眼球への打撃が原因で引き起こされることもある。

静岡県立大学国際関係学部の石川准教授は、16歳のとき網膜剥離のため失明し、それ以後は全盲だ。

もともとは理系志望で、盲学校時代に理系で大学受験を目指したが、当時は理系学部の点字受験を認める大学はほとんどなかった。日本で初めて東大受験をと周囲から応援されていたことから、得意な理系を諦め、文系に変えてでも周囲の期待に応えようと東京大学の文学部を受験した。全盲の学生が東京大学に入学したのは史上初めてのことだった。

石川教授は「当時は若かったこともあり、周囲の期待に応えようと一生懸命でした」と振り返る。

そして1981年、卒業と同時に東京大学大学院に進学し、1987年に博士課程を単位取得退学。1984年に1年ほどニューヨーク州立大学ストーニーブルック校に留学した。大学院と米国留学時代には、目が見えないことで苦労を強いられた。研究のため読まなければならない論文や読みたい論文も読めない。当然インターネットも発達していなかった時代だ。

「米国留学時代に、音声合成でしゃべっているパソコンに出会って感激しました。これは目の見えない人に使えると思って、プログラミングを独学で学びました。テキストはカーニハン&リッチーの"The C Programming Language(プログラミング言語C)"でした」と石川教授。大学院卒業後は、静岡県立大の教員として授業や研究の傍らソフト開発にも熱中したという。

全盲の不便さと米国留学が今の静岡県立大学発ベンチャー 有限会社エクストラ(静岡県静岡市)を立ち上げる契機となった。

静岡県立大学 石川教授

■できる範囲が広がっていく

エクストラ設立は、2000年。今年で21年目を迎える。転機となったのは、海外のカンファレンスなどで接点があった会社から、その会社の視覚障害支援ソフトを日本語に移植する仕事をしないかとオファーされたからだ。

そこで、海外ソフトを日本で利用できるようローカライズし、開発から販売まで手がけたいと、ワンルームのオフィスで1人で始めた。

「今では、シーズ・ニーズマッチングの考え方が定着していますが、当時は、目が見えないからできない、そんな制約を取り払い、できることの範囲を広げていくには、自分たちで自分たちの道具を作っていくしかないと思っていました。デジタル文書(テキスト)を、点字プリンターで印刷し、点字にして読めるようにする自動点訳ソフトを開発したり、パソコンの画面を読み上げたりするソフト、読み書きなど、パソコンを操作するためのソフトは一通り作りました」と石川教授。

その言葉の通り、同社ウエブサイトの製品リストには、自動点訳ソフトウェア、画面読み上げソフトウェア、画面拡大ソフトウェア、携帯端末、ウエアラブル端末、マルチプレイヤー、点字プリンター、点字ディスプレイ、拡大読書器、ゲームソフトなど数々の製品がラインアップされている。

■プログラミングは光明を見いだしたか

コンピューターの画面上に表示されたテキストやボタンなどを、マウスを用いてクリックすることで、動作させるグラフィカルユーザインタフェース(GUI、グーイ)を採用した、マイクロソフト ウィンドウズパソコンが一般にも手の届く価格で販売されるようになった。その代表が、windows95だ。さらに98へと進化するのと並行して、2000年にはマイクロソフトが開発・販売していた、パーソナルコンピュータ向けのオペレーティングシステムのエムエスドス(MS-DOS)が終焉を迎えた。

世の中で、低価格のGUIパソコンが汎用化するに伴い、石川教授は挫折していった。

目の見える人にとって、パソコン画面に表示されるボタンをマウスを使って視覚的にクリックする動作は非常に便利だが、目の見えない人にはマウスクリックはできない。MS-DOSは、キーボードだけで操作ができていた。

「私が視覚障害支援ソフトを開発できたのは、MS-DOS時代だからでしたが、GUIは、目の見えないプログラマーが一人でできるレベルを超えてしまい、歯が立たなくなってしまいました」と石川教授は明かす。そこで、世界的に評価が高く多くの人が使用する海外のメーカーと連携し、高機能の既存のソフトを日本語に移植するローカライズにシフトした。

■働き方を柔軟にすれば小さい会社でも、地方でも優秀な人材が集まる

既存ソフトのローカライズは、開発リスクやコストを下げられ、早くに製品化が可能だ。しかしローカライズはメーカーからディーラー価格で仕入れ、販売代理店が介在するので、市場規模の小さい専用支援機器は、どうしても価格が高価になる。高くても手元に入るマージンが少ない。一方で、海外から見ると日本語対応は難しい作業なので、視覚障害の当事者としてフィードバックすることは双方にメリットがある。

今年2月にリリースした最新のウエアラブル端末「エンビジョングラス」は、オランダのエンビジョンテクノロジー社の製品で、Google Glass(グーグルグラス)をデバイスとして使用し、画像認識技術によりさまざまな情報を伝える機器だ。使用方法は、エンビジョングラスを直接WiFi (ワイファイ)などの無線でネットワークに接続すると、文字情報を読んだり物体を認識できたりする。視覚障害者が眼鏡のようなそのグラスをかけると、見えたものを読み取り、読み上げてくれる支援ツールだが40万円以上の価格設定にせざるを得ないという。

エンビジョングラスのカメラで見た「風景」

石川教授は、こう明かす「売れるものも売れないものもたくさん作ってきました。一番売れたのは、自分で作った点訳ソフトです」。手間暇はかかるが、自社開発は、全て自分でハンドリングできて利益率もいい。それが会社の支えになっている。

社員1人からスタートした会社は、今は10人を雇用している。これまでのような働き方に固執し制約が多いと人は集まりにくい。家事や育児の負担が大きいとフルタイムでは働けない。しかし、制約を取り払い柔軟な働き方ができるようにすれば、小さい会社でも地方でも優秀な人材が集まるのだと言う。それを裏付けるように、社員10人のうちの半数が女性で、ほとんどは地元静岡在住だが、1人は東京在住で在宅勤務をしている。

エンビジョングラスのカメラで見た「行政からのお知らせ」

■視覚障害者が外出するときの3択

視覚障害者が外出するときは、白杖(はくじょう)歩行、盲導犬の使用、人による同行支援、この3択しかない。白杖歩行と盲導犬の使用には、GPS機器も役に立つ。それぞれメリットとデメリットはあるが、最も安心できるのは人によるサポートだ。

カーナビやGoogle MAP(グーグルマップ)などは、移動時にGPSを利用し地図や風景を画像で案内してくれる。紙の地図もあるが、最近はほとんどの人が、デジタル地図を利用するようになった。

GPSが誤差を生じることは分かっているから、目が見えていれば、自分で実際の風景やランドマークを確認し自分の位置を修正できる。GPSは、通信環境の不安定なときにもずれが生じる。現在のところGPSは誤差が不可避だが、視覚障害者は、その誤差があると安心して利用しにくい。景色が見えないから自分で位置の微調整ができないからだ。

また、環境や障害物は常に変わっていく。周辺施設道路の状態など脳内地図ができるだけでも生活の質は向上するのだが、実際の環境はずっと複雑で、怖くて普通の人のように、足取り軽く歩くことはできない。だから、初めての場所へ行くのは、至難の業である。

例えば、視覚障害者でも電車の駅の順序は分かる。しかし、二次元的な位置関係は分からない。銀座―日比谷公園―皇居―霞が関。この位置関係が分かるだけでも楽しいと言う。自分がどこにいるのかが分からないから、それが分かると安心できるし楽しい。それが視覚障害者の気持ちだ。

石川教授は「高い所からの鳥観図が描けるのと、ストリートビューのように、路上に立ったときにどんな風景が広がっているのか描けると、生活している実感ができます。講演などで全国へ出掛けますが、記憶に残るのは、人との出会いと食べ物だけです。風景が見えないから、確かにそこへ行ったという実感は得られないからつまらないですよ」と笑った。

エンビジョングラスのカメラによる外での撮影

個人的なことだが筆者は、難病のクローン病で小腸機能障害の障害者だ。障害者と一言で括りがちだが、それぞれの障害によって、できることできないことが異なる。筆者の場合は、食事制限から外食で食べられるものはほとんどない。仕事で全国へ行っても、うどんばかりすすっている。スーパーの食品売り場のほぼ9割以上は食べられないが、外食よりはまだ安心だから、白米と煮魚や煮物など「低脂肪・低刺激・低残渣の3低食」を買って来てホテルで食べる。その土地の食べ物はほとんどが食べられないからつまらない。つまらないから、滞在時間も短く行ってトンボ返りでさみしいものだ。だから風景さえも記憶に残らないことが多い。石川教授とは真逆の「できない」がある。

■SDGsに貢献しているとは自分から言いにくい

石川教授は、テクノロジーの活用と障害者政策への参加の両輪で、「できなくなることを、できるようにしたい」と考えてきた。内閣府障害者政策委員会委員長、国連障害者権利委員会副委員長などを歴任してきたが、政策によって社会環境の整備を進めていくのは大事だが、そう簡単に改革できるものではないとの見立てだ。

社会はSDGsの取り組み強化に動き出している。エクストラは、視覚障害者の「できない」を「できる」に変えることをゴールとして追求してきた会社だ。従って、会社の事業自体丸ごとSDGsに直結するといえる。しかし、シーズ側の視覚障害者がニーズ側の視覚障害者のために開発する製品は、シーズ側の視覚障害者自身のための製品でもある。「SDGsへの取り組みが本格化する以前から当たり前に行ってきた活動を、企業としての自覚的なSDGsへの取り組み、と言うことには抵抗を感じる」と石川教授は自重気味だ。

大学教員の立場から、エクストラでの立ち位置は無給の開発責任者だが、まもなく定年を迎え時間に余裕ができるので、会社の経営にも力を注ぎ、成長を促したいと石川教授。視覚障害者の目となる事業の発展を期待して止まない。