リポート

試作機製作から販路開拓、小規模販売を経て技術移転まで

有限会社山口ティー・エル・オー(山口TLO)技術移転部 チーフコーディネーター 二階堂 正隆

写真:有限会社山口ティー・エル・オー(山口TLO)技術移転部 チーフコーディネーター 二階堂 正隆

2021年6月15日

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山口大学理学部の岩楯好昭准教授が発明した新型エレクトロポレーターの技術移転に際し、特許の紹介だけではなかなか移転先が見つからなかった。そのため、試作機を作成し、その試用を希望するユーザーに試作機を貸し出して、その効果・有用性を確認した。さらに研究成果有体物として提供を行いつつ、専門メーカーに試作機の機能や試用した研究者の反応などを紹介したことで、最終的に特許技術を独占実施許諾した。

■エレクトロポレーター(電気穿孔器)の試作と商品化

山口TLOは、山口大学知的財産センターと強い連携関係を保ち、大学の研究成果の知的財産権化からその活用までを連携して取り組んでいる。山口大学知的財産センターの特長としては、権利化部門とは別に知的財産教育部門を保有することであり、文部科学省からの認定を受けて知的財産教育の拠点事業を推進しており、全国の大学の知財リテラシー向上に貢献している。

さらに高校における創造性教育の支援にも活動を広げているが、工業高校などで生まれた発明について山口TLOは、その試作機製作の支援および企業への商品化提案支援を担ってきた。このような活動の中で、発明など概念を形にして企業などに紹介する方法が徐々に定着してきたため、その延長として今回、山口大学理学部の岩楯准教授が発明したエレクトロポレーター(電気穿孔器)の本格的な試作機製作およびその商品化に取り組んだ。

■概念の見える化(POC)

エレクトロポレーターは、細胞への物質導入(遺伝子や色素などの導入)に用いる装置であり、導入物質を含む試薬の中に標的細胞群を置き、正負の電極で挟み込んで瞬時電流を流して細胞に電気的ショックを与え、短時間だけ細胞膜に隙間が開くことで物質導入がなされるものであるが、通常市販されているエレクトロポレーターは、比較的大量の細胞をキュベットと呼ばれる四角柱状のケースに試薬と共に入れて通電する。そのためには、培養容器から細胞をキュベットに移動し、エレクトロポレーション実施後に再度細胞を培養容器に戻すため、少なくとも2度細胞の移動を行う必要があり、細胞に多大なダメージを与えてしまう。特に細胞が接着性の場合には、細胞の剥離(はくり)も伴うため、これら細胞の移動作業によるダメージの影響は、エレクトロポレーションの成否、およびその後の研究観察に大きな影響を与えることになる。

山口大学で開発されたエレクトロポレーター(愛称はエレポマシン雷神)は、細胞移動を極力無くすため、培養容器(ディッシュあるいはチャンバー容器)の細胞に直接電極を組み込んだオープン型キュベットを被せ、電気穿孔を実施する。さらにキュベットにピペット(スポイトのようなもの)を装着可能とすることで、キュベット内での細胞への試薬滴下を可能とした。このことにより、

  • (1)細胞ダメージが少ない
  • (2)通電エリア容積が小さいので、高価な試薬を節約できる
  • (3)流す電流も少ない(装置の小型化)

などの特徴を備えている。このオープン型キュベットのコンセプトが本発明(図1)のコアの部分であり、知的財産権としての保護は、特許第5896376号、発明の名称「マイクロポレーション装置」が山口大学から出願登録されている。

図1
図1 本発明の概念図

■プロトモデルから商品の形に近づける

発明者の岩楯准教授自身が製作したプロトタイプ装置を図2に、試作機を図3に示す。

図2
図2 プロトタイプ装置
図3
図3 雷神試作1 号機

試作機の開発に当たり、試作機ではあるが展示会でのデモや試用のための貸与、および小規模販売に耐えるものとするため、使いやすさや組み立ての簡単さを意識して設計した。そのため、プロトタイプでは、装置とは別に安定化電源装置やオシロスコープが必要であったが、試作機では電源回路を内蔵し、電気パルスもプロトタイプでは単一パルスであったものを六つのパルス(それぞれ電圧、パルス幅およびパルス間隔が可変)を連続して出力可能とし、電気パルスのパラメーター設定も液晶タッチパネル画面で行え、設定結果を棒グラフ表示で確認することができるようにした。試用の際に貸与先の研究者が準備操作や使い方で困らないように考えて設計した。また、試作機の使用方法などを解説したマニュアルも同時に準備した。

■開発資金の調達

実際の試作に当たり試作資金が必要だが、山口TLOには試作費を賄うための十分な事業予算が無いため、山口県の「やまぐち中小企業活力アップ補助金」に応募して100万円の資金を得た。これを活用して試作機製作費から販路開拓のための出張費用などに充当した。

■開発体制

試作機の製作に当たっては、装置全体の開発要素を電気回路部分とアクリル製のキュベット本体と金属電極に分けて、山口県内の中小企業の中で各開発要素を得意とする企業を公益財団法人やまぐち産業振興財団に紹介していただいた。ただし電極はその形状の最適化が重要であったため、山口大学の「ものづくり創成センター」に製作依頼した。山口TLOのように自らの試作部門を持たない組織においては、このような支援が得られることは大変重要である(図4)。

図4
図4 試作機開発の体制

■販路開拓

完成したエレポマシン雷神を潜在ユーザーに認知してもらうために、試作機をイノベーションジャパン2019および、バイオジャパン2020に出展した。また、エレクトロポレーターの利用者が多く集まると思われる生物物理学会2019(宮崎市シーガイアで開催)を訪れ、雷神のパンフレットを配布しながら細胞研究者と意見交換した。

これらの展示会および学会において、試作機の試用を打診し、使ってみたいと要望される研究者の情報を集めた。

図4
イノベーションジャパンにて
産業振興財団の清木氏(左)と岩楯准教授(右)

■試作機の試用貸与

展示会および学会などで、エレポマシン雷神に興味を持たれて、使ってみたいとの希望のあった研究者の方々に雷神の試作機を貸与して、使い勝手や改良点などについてコメントを頂いた。ただ残念なことに新型コロナの感染蔓延の影響で、大学キャンパスへの入場制限があり、思ったように試行ができなかったとのコメントを多く伺った。図5に、雷神を貸与した機関を紹介する。

試用の結果、購入を希望された研究者の方々には、MTA(研究成果有体物の提供)の形で、有償で装置を提供した。元々この装置を発明された岩楯准教授の意向に従い、低価格での提供を前提としていたので利益はほとんど見込んでいない。

図5 試作機の貸与先
図5

■専門企業への紹介と技術移転

今回作成した試作機の資料と、その取扱い説明書および試用してくださった各大学からのコメントを携えて、エレクトロポレーターの専門メーカーであるネッパジーン株式会社(千葉県市川市)を訪れた。ネッパジーン社はエレクトロポレーターのパイオニアであり、国内トップメーカーである。ネッパジーン社に本装置の有用性、可能性を認めていただくことができ、技術移転が決まった。同社は雷神のコンセプトにわれわれが気付かなかった新たな可能性を見いだされたようである。契約としては特許の独占実施許諾となる。

ネッパジーン社からの商品化に当たって、実際のパーツ製造は、今までの設計資産なども生かせることから、われわれの試作機作成をお願いした山口県内企業が継続して引き受けることになっている。

■今後の展望

特に大学発の研究成果とその商品化との間には、多くの場合下記のような課題が残存している。

  • (1)その価値の市場性を見極めること
  • (2)材料・原料あるいは部品を製造する企業を見つけること
  • (3)それらを商品に仕上げる企業を見つけること
  • (4)商品を販売する企業を見つけること

これらの多くのステークホルダーが参加できる条件を作り上げることこそが技術移転で最も難しい。

試作機を作成してのPOC(概念実証)実践は、かなりの労力と時間および資金を必要とするがその訴求力は大きく、この困難な取りまとめにおいて非常に有効と考えている。

試作機を作成する上では、大学の工房(ものづくり創成センター)その他の部署から多大な協力をいただき、またやまぐち産業振興財団からも試作に必要なパーツ製作を依頼する県内の企業の紹介や仲介、場合によっては交渉までご支援いただいた。これらの総合的な支援が無ければとても試作機作成はできるものではなく、大学に付属する山口TLOの立場のお蔭と思っている。

今後も、試作を通したPOC実践を実施していくが、場合によっては実機製作ではない別のやり方の方が効果的な場合があるかと思うので、試作機実機の製作にこだわるつもりはない。要するにいかにしてステークホルダーに「この指に停まって」いただくか、そのストーリー作りのツールと考えている。