リポート

スイゼンジノリ由来超高分子サクランの実用化

北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 環境・エネルギー領域 教授 金子 達雄
グリーンサイエンス・マテリアル株式会社 岡島 麻衣子

北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 環境・エネルギー領域 教授 写真:グリーンサイエンス・マテリアル株式会社 岡島 麻衣子

2021年6月15日

  • Twitterを開く
  • Facebookを開く
  • LINEを開く
  • 印刷ボタン

14 年前に大学にてスイゼンジノリから発見された硫酸化多糖サクランは、分子量1千万以上もの超巨大分子である。その後、様々な困難を乗り越え、サク・レTM をはじめ保湿剤や皮膜形成剤として国内外の数多くの製品に用いられている。

■スイゼンジノリとサクランの背景と概要

2007年に筆者らの発見した新規硫酸化多糖類「サクラン」は、現在保湿剤として多くの製品に使用され一定の商品価値を生み出す特徴ある物質として位置付けられている。その原料は、スイゼンジノリ(学名:Aphanothece sacrum)であり、日本固有種のラン藻(図1左)が生産するものである**1

スイゼンジノリは、九州北部で食用として地下水・湧水で養殖されているラン藻であり、世界で2,000種以上同定されているラン藻の中でも、可食、培養可能、多糖大量生産されるラン藻はこのスイゼンジノリのみである。もともと筆者らのグループは、バイオマス原料からプラスチックを開発する研究を進めており、微生物の一種であるラン藻は持続可能社会で必須となるバイオマスプラスチック**2の原料として利用できると考えた。

数々のラン藻から様々な有用物質を探索する中で、液-液抽出の過程で洗浄水層に大量に「ゲル状物質」が含まれることに気付いた。そこで、これらをアルコール沈殿したところ、セルロースのように硬い繊維質として回収できた(図1右)ことから、多糖であろうと推測し構造解析した。その結果、硫酸化ムラミン酸という新規構成糖が含まれる物質であることが分かり「サクラン」と名付けた。サクランはスイゼンジノリ乾燥重量当たり50~70%もの高収率で抽出可能であるため、サクランが日本固有のバイオマスとして有用であると考えた。一方、新規物質としてのリスクもあり、一般企業が製品として利用するのは難しかった。そこで、ベンチャー企業を立ち上げ、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より、2008(平成20)年度産学共同シーズイノベーション化事業顕在化ステージおよび2018(平成30)年度A-STEP(研究成果最適展開支援プログラム)機能検証フェーズの二度にわたり支援を受け、10年以上かけて構造解析、機能化、実用化を進めた。現在保湿剤などとして、中・南米、欧州、アジアの各国で利用されるに至った。以下にその詳細を述べる。

図1
図1
図1 スイゼンジノリの外観(左)と抽出したサクラン(右)(スケールバー:1cm)

■サクランの構造と機能

種々の元素分析法、分光学的手法およびクロマトグラフィーを用いてサクランの構造解析を行い、以下のことが判明した。

  • ①各糖残基当たりv12mol%程度の硫酸基含有率
  • ②糖残基当たり27mol%程度のカルボン酸含有率
  • ③中性糖、アミノ糖、ウロン酸を含む8種類以上の構成糖
  • ④重量平均分子量が107g/mol以上(多角度静的光散乱法:絶対法)

つまり、サクランは10万個もの糖が連結した超巨大分子であり**3、かつ分子鎖中の負電荷含率は39mol%、つまり、3万個程度もの負電荷が密集したポリアニオンとも言える。サクランの最も特徴的な機能として高保水能力が挙げられる。この保水性の評価方法としてキッチンペーパーなどの目の粗い素材を用いるのが一般であるが、われわれは化学架橋前の試料の保水力を定量するために、8µmの細かい目のろ紙の上にサクラン水溶液を乗せ、ろ紙を通り抜けて落ちる非束縛水の量を測る改良型ティーパック法を確立した。この方法により、ヒアルロン酸は純水に対し自重の1,200倍という保水力を示したが、サクランは6,100倍という5倍程度も高い値となった**3。また生理食塩水を用いたときには2,400倍に低下したが、ヒアルロン酸に対する比は10倍もあった。

また、サクランの人工尿の保持量は2,600倍であり、おしめなどに使用されている高分子吸収体が示す人工尿の保持量が50倍程度であることから、サクランはこれよりも遥かに高かった。サクランが引き付けるのは水だけではなく、ポリアニオンであることからコラーゲンなどのカチオン性高分子および金属イオンなどとの強い相互作用によりゲル形成がなされる。

さらに、らせん構造を形成し**4多層カーボンナノチューブを水分散化させる機能も持つ**5。分子量が高いとその溶液粘性も極めて高くなり、同時にせん断力を与えるとサラサラとなり、静置すると粘性のある状態に戻る可逆なシュードプラスチック性があることも分かった。またサクランのこの高粘性から狭い空間で乾燥させると、空間を隔てる壁の間をブリッジしながら配向膜を形成するユニークな組織化能を有することが判明した。その他サクランの機能として抗炎症効果も確認されている。

われわれとガッツ・ロジャー(Ngatu Roger)准教授(当時、高知県立大学看護学部、現在、香川大学医学部)の医療研究チームは、サクランの優れた保水力・皮膜効果をヒトで試験した結果、顕著な経表皮水分蒸散量(TEWL)の改善効果を認め、優れた保湿作用と抗掻痒(そうよう)作用を有するサクランの塗布により、皮膚表面の角質層を保護し、アトピー性皮膚炎を悪化させる肌の乾燥とかゆみを抑えることができると考えた**6,,,

■新素材としてのサクラン

もともとサクランはスイゼンジノリの細胞体を保護する細胞外マトリックスとして分泌された物質である。つまりサクランはスイゼンジノリの中でゲルとして存在し、細胞分裂の足場となっている。この性質がサクランの役割の本質と発想すればサクランの物性を最大限に生かせるアプリケーションは、細胞培養足場や創傷被覆用のゲル素材と考えられる。サクランに化学架橋を導入すればハイドロゲルは形成できる一方、刺激の強い架橋剤を用いることは生体材料としては望ましくない。

そこで考えた手法が、サクランをキャストフィルムにし、加熱処理を加えることでサクラン分子鎖間に化学的/物理的な架橋構造を作り、ゲル化させる方法であった**10。フィルム状になったサクランに70~140℃の範囲で加熱処理を行うと処理温度に依存して膨潤(ぼうじゅん)度が異なるゲルシートを作製できた(図2)。しかもこのゲルシートは横方向にはほとんど膨潤せず、縦方向にのみ膨潤する異方性を持ったゲルシートであった。このゲルシートは創傷部位の保護剤や美容パックシート剤として活用できる可能性がある。また、モデル細胞であるL929マウス線維芽細胞を用いて細胞培養足場としての機能を評価した結果、サクランの液晶配向に沿って細胞が伸展する現象を見いだした**11。現在われわれの研究室ではサクランと他の多糖類を混合し、透明かつしなやかで強い複合体フィルムの開発も行っている。今後このフィルムを高分子吸収体や創傷被覆材として応用展開を図る予定である。

図2
図2 サクランのゲルシートの写真(スケールバー:1cm)

■サクランとレーヨンの混紡繊維の開発

われわれは企業とともにレーヨン繊維にサクランを練り込んだ新素材サク・レTMの開発も行った。
そして、サクランが以下に挙げる特徴を持つことからレーヨン中に混紡できると考えた。

  • ①グルカンとしての主構造(セルロースに近い)
  • ②pH 14のアルカリ耐性
  • ③110℃程度の耐熱性
  • ④短時間であれば酸分解しにくい

サク・レTMは以下の方法で製造した。セルロースを水酸化ナトリウム処理後、二硫化炭素と混合して放置すると、セルロースキサントゲン酸ナトリウムとなって分子間の水素結合を失い、溶解してコロイド溶液となる。このコロイド溶液とサクランのアルカリ水溶液を混ぜ、セルロース・サクラン溶液を細い穴から希硫酸中に噴出させ湿式紡糸する。するとセルロースキサントゲン酸ナトリウムはセルロースに戻り分子間の水素結合により繊維として再生する。この工程の中でサクランがレーヨン中に混紡されたと考えている。その結果レーヨン繊維の表面構造がサクランの導入により変化し、ナノスケールの凹凸が発生していることが走査型電子顕微鏡により明らかとなった(図3左)。これから、もともとスムーズであったレーヨンの表面にサクランが存在することが確認できる。さらに、このサク・レTMに水を接触させ吸水量を測定したところサクラン添加により28%程度吸水量が向上した(図3右)。実際に、従来のレーヨン繊維の抱水率をはるかに上回る抱水性・保湿性を持つことが分かった。またサクランはレーヨン繊維中に練り込まれているためレーヨン繊維の持つ独特でソフトな風合いは損なわれず、かつサクランの超保水機能によって、従来品よりはるかにしっとりとした感触が付与され、洗濯耐久性も維持されることも分かった。そこで、衣料品製造販売会社の株式会社ロイネ(東京都品川区)が、このサク・レTM30%と綿混紡ベア天竺(てんじく)を混編したところ、その吸放湿性はベア天竺よりも20%高まることを明らかにした。以上の結果を基に肌着をサク・レTMから生産し刺激性を感じやすい高齢者、肌の弱い方、乳幼児をターゲットに製品化したところ、2年以上にわたり継続販売するに至っている。

図1
図1
図3 サク・レTMのSEM 写真(左)と水に膨潤した状態の偏光顕微鏡写真(右)

■まとめと展望

サクランは様々な特徴的な構造と機能を持つユニークな物質であり、高付加価値材料を開発できる新規多糖であることが分かった。かつ日本固有種生物由来であることから、日本オリジナルのバイオマスとも言える。すでにサクランは保湿剤や皮膜形成剤として多くの化粧品の原料として用いられており、国内外の多くの製品で使用されるなど実用化の幅が年々広がっている。

サク・レTMなどのポリマーコンポジットとしても将来が楽しみである。またさらなる材料形態としてフィルム、ゲルなどを想定しており、特に医療材料分野への展開を図っていきたい。そのためには、原料となるスイゼンジノリのコスト減が必須であるが、その植物工場としての実用化に注力した結果、目途が立ってきており、近い将来目標達成できると考えている。これにより絶滅危惧種であるスイゼンジノリの種の保存が可能になると期待している。

参考文献

**1:
Okajima M. K., Ono M., Kabata K., Kaneko T., Pure Appl. Chem., 79, 2039-2346 (2007).
本文に戻る
**2:
Kaneko T, Tran H. T., Shi D. J., Akashi M., Nature Mater. 5, 966-970 (2006) .
本文に戻る
**3:
Okajima M., Kaneko T., et al. Biomacromolecules, 13, 4158-4163 (2012).
本文に戻る
**4:
Budpud K., Okeyoshi K., Okajima M., Kaneko T., Small, 16(29), 2001993 (2020).
本文に戻る
**5:
Okajima M., Kaneko T., et al. Biopolymers, 99(1), 1-9 (2013).
本文に戻る
**6:
Ngatu N. R., Okajima M., et al., Evidence-based Med. Public Health, 2, e1438, 2016
本文に戻る
**7:
Ngatu N., Okajima M., et al., Ann. Phytomed. 4, 49-51 (2015).
本文に戻る
**8:
Ngatu N. R., Okajima M., et al., Ann. Phytomed. 4, 111-113 (2015).
本文に戻る
**9:
Ngatu N. R., Okajima M. et al., Ann. Aller. Asthma. Immunol. 108, 117-122 (2012).
本文に戻る
**10:
M. Okajima, R. Mishima, K. Amornwachirabodee, K. Okeyoshi, T. Kaneko, RSC Adv. 5, 86723-86729 (2015).
本文に戻る
**11:
Sornkamnerd S., Okajima M., Matsumura K., Kaneko T., ACS Omega, 3(6), 6554?6559 (2018).
本文に戻る